89羽:二人の英勇者
雄大な山々と森の中を、整備された石畳の街道が遥か東へと伸びていた
土を掘り起しその上に大小の石を積み上げた立派な街道だ
遥か昔、この大陸を統一していた大皇国の時代に築かれ、今なお大陸各地を横断する商隊や巡礼者などの旅人に利用されている
その中でもこの街道は、人を寄せ付けなかった深い森を切り裂き、難所である山々を切り崩し整備した道だ
この森と山を整備した労力を考えると、当時の大皇国の隆盛の様子が伺える
信じがたい話だが、大皇国は古代魔法王国の遺産技術を使用し、最盛期には海の外の他の大陸まで領土を進出していという話だ
(そんな遺産があったら今の時代はひっくり返ってしまうな)
過去に呼んだ古代書の内容を思い出しながら、退屈しのぎにその街道周りの様子を見ていたオレに、部下が声をかけてくる
「殿下、そんな馬の上ではなく、やはり馬車の中へお戻りください」
イスラマ神聖皇国の正規騎士の鎧を身にまとった女騎士は、主人が乗っておらず空になった馬車を指さ言ってくる
「何度も言うが、オレはあの馬車というのが退屈で嫌いなんだ。こうして馬に揺られて、この歴史ある街道を進むだけでも当時の栄枯の香りを感じるというものだ」
外出の度に毎回同じ注意をしてくる側近だが、生真面目な性格なので今回も決して折れない
「しかし、栄光あるイスラマ神聖皇国の法皇子様ともあろうお方が、我々一般兵士と同じように騎乗されて外交使節団として行かれるなど、大陸中の国々に笑い者になってしまいます」
相変わらず口うるさい側近だが能力は優秀だ
その言葉も間違ってはいない
彼女は指揮、騎乗技、剣技、内政、外交など何をやらせてもソツがない
それでいて、誰に言われたのかオレの教育係りも自称しているのでタチが悪い
「それにしても、今回の本当に遠征はつまらんな。神戦と銘をうっているが、他の軍団の奴らがやっている事は、略奪に放火とその辺にいる野盗と同じだ。法皇陛下は一体何を考えてるんだか・・・」
オレはその側近の女騎士にしか聞こえないように小声でグチる
「殿下!・・・・」
とその女騎士はガミガミとまたオレに向かって説教をしてくる
(やれやれ、それにしてもこんな無謀な外征をして一体どうなるんだ?戦自体は勝つ事は可能だが、その後には何も残らずない。下手したら神聖皇国自体が自滅してしまうぞ・・・)
オレはそんな懸念を感じながら、自分の与えられた役割を果たすために行動する
(オレの担当はこの先のベール王国の国境の地、確かグラニス伯爵領とか言っていたな)
大国イスラマ神聖皇国の第二法皇子マリオ・アリスタは、これから向かう土地の名前を思い出しながら、今回のつまらない任務を遂行しようとしていた
☆
森を出たオレは森の戦士団の本隊と別れ、グラニス伯爵軍との合流場所へ向かっていた
前線の情報では、侵攻して来るイスラマ神聖皇国軍は大きく三つに分かれていた
北からベール王都を目指す本軍
南へヴェルネア帝都を目指す第二軍
真ん中からグラニス伯爵領を目指す第三軍
に軍を分けて進軍して来ているという
既に北の本軍の先発隊は交戦中で、ベール王国軍は戦力差もあり苦戦しているという
本隊同士の戦いは終結に時間がかかるのでもう少し後になるだろう
幸いにも、この地を目指す敵軍は森や山を越えて進軍して来ているという事もあり、まだ到着していなかった
偵察部隊の情報では、あと数日でこちらの領内に入り交戦状態になるという
グラニス軍と連携をとる会議の為に今いるのは、オレと小隊の部下、女戦士『黒豹の爪』、研究軍師セリーナ、着いてきた岩の矛イワノフ(仮)やイケメン剣士、牛さん、坊ちゃん、精霊神官たちが一緒だった
鬼軍曹に率いられた森の戦士団の本隊は、別働隊として独自に山林部を目指し進んでいた
☆
グラニス伯爵軍が陣を置く街道沿いの小高い丘に到着した
陣は周囲に見張りを置き警戒した雰囲気だ
兵士達はグラニス伯爵軍を中心に、周囲領地の騎士や徴兵された兵士たち待機しいた
その数を見るにグラニス伯爵家が動員できる最大規模の軍団といっても過言ではない
数ある伯爵家のひとつでしかないグラニス伯爵家だが、ヴェルネア帝国やイスラマ神聖皇国などと国境を接する
そのため王家からの支援もあり騎士団、常備兵、傭兵、農民兵などその規模は大きい
ここ数年は伯爵子息のレオンハルト副伯爵の元、厳しい訓練と実戦を積みベール王国でも有数の兵士団を有していた
お家騒動後は領内の野盗団や盗賊を退治し、更に隣接していた敵対都市国家を平定、つい先日はヴェルネア帝国さえも森の民と協力して撃退していた
しかし、そんな彼らも今回の戦を前に不安の色は隠せない
攻めて来るイスラマ神聖皇国は大国である
国土の広さはもちろんの事、熱狂的な信者で組織された死をも恐れぬ兵士や、血を滲むような訓練を勝ち抜いて結成された神聖騎士団など、その兵力の強さはこれまでの歴史でも証明されていた
それに比べてこちらは小さな伯爵軍・・・
そんな不安と高揚の交差する陣の中をオレは案内に連れられ歩いていた
陣のほぼ中央にある陣幕の中に入る
中には今回のグラニス軍の総大将である青年騎士レオンハルトが待っていた
「魔獣・・マジウス、よく来てくれた!」
下界名でオレの名で言い直し、両手を熱く握って来るのは成長した青年騎士レオンハルトだ
数年前に魔の森に助けを求めに来た時は、まだあどけなく頼りなかった少年騎士だったが、今は体も大きくなり身長もオレを越していた
戦で傷ついたのだろうか、左ホオに刀傷がついていたが、その顔つきも静観な戦士の顔になっている
何でもお家騒動の後は、自領の治安回復や反抗勢力の征伐、父親である伯爵から統治の英才教育を受け、また王都に行き剣技や宮廷作法も忙しく学んでいたという
(オレの方が少し年上だけども、今は男として人間としても一歩先に行かれちゃったな・・・弟に追い抜かれた全国のお兄さんの気持ちが今なら分かります)
そんな事を思いつつオレも握手を返し、お互いの部下や仲間の紹介をする
先方には青年騎士レオンハルト以外には
美しさの中に大人の色香を醸し出し、剣の腕も隙のない様子の女騎士スザンナ
お家騒動の時にこちらが劣勢だったにも関わらず最後まで助けてくれたベテラン騎士
今やベール王国に名を響かせているグラニス傭兵部隊のシブイ傭兵隊長
など頼もしい部下が揃っている
オレの方は前に面識もある者もいたが、女戦士『黒豹の爪』クラウディア(仮)、研究軍師セリーナちゃんと岩の矛イワノフ(仮)やイケメン剣士ゼバスチャン(仮)たちを軽く紹介しておく
ちなみに森の民の下界名はオレが独断で決めていた
哨戒も終わり、今後の対イスラマ神聖皇国の対策を軍議で決めていく
前線や各地にいる偵察部隊による情報をまとめ、この周囲の地形や状況を地図の上に書き出す
敵の兵力数と兵科に士気補給状況の情報を元に何通りもの作戦をあげていく
寡兵のこちらは奇襲に夜襲、計略を使い大軍である相手を翻弄し迎撃する
軍略に長けた幼い研究軍師セリーナの策にグラニス軍の騎士達は驚き、領地内の事を知り尽くしたベテラン騎士の言葉に策を組み替える
(流石は精鋭集まる会議だ・・・勉強になる)
オレはその様子を感心しながら黙って見ていた
「班長、もしかして相変わらずこういう会議は苦手なのか?」
オレの隣にいたイケメン剣士ゼバスチャン(仮)が小声で聞いてくる
「ば、ばか言うな。オレは仲間を信じてこうして寡黙に大勢を見ているんだ」
オレも小声で強がりを言いつつ、目立たないように会議の隅の方に移動する
何度も言うがこういう難しい話は苦手なのだ。バカではない・・・・はず
ようやく大まかな作戦も決まり皆ひと息入れる
今回もグラニス軍と森の戦士団の連携が肝になる
後は数日後に相まみえる敵との戦いに準備をしていく
そんな中、この陣の周囲を警戒していた哨戒兵が陣幕の中に大慌てで伝令しに来る
「軍議中失礼します。その・・・・、イスラマ神聖皇国の使者がこちらの陣に近づいてきます」
その報告を聞き、ひと息入れていた陣幕内はこれまで以上に騒がしくなった
☆
「へえ、結構まともな陣を敷いているな」
臨戦国であるグラニス軍の本陣を訪れたオレはそう呟く
今回の戦の相手は、行儀正しいベール王国の辺境弱小伯爵軍と聞いていた
しかし、その洗練された陣構えを見てオレは少し嬉しくなる
陣の周りや中にいる騎士兵士たちの顔つきを見ただけでも、飾りではないその剣の腕前や秘めた闘争本能が感じられる
(騎士や兵士、農民兵の他に傭兵も結構いるな。こちらに怯えている様子もなく、無謀な勇み足を踏む様子もないな。補給線や哨戒兵もしっかりしてそうだし、こりゃ歯ごたえのある任務になるかもな)
そんな事も思い笑みを浮かべながら、イスラマ神聖皇国第二法皇子マリオは陣の中を先導され奥に進む
敵兵のど真ん中を悠然と歩き、陣のほぼ中央にある陣幕の中に通される
軍議を行っていた最中であろうか、熱気と戦前の高揚した香ばしい匂いが鼻につく
中には質素だが一番豪華な鎧を着た青年騎士を中心に両側に側近が並んでいた
この青年騎士がグラニス軍の総大将なのだろ
(結構若いな・・・・)
自分より少し年下に見えるが、その両目に宿る意志の強い瞳や、立ち振る舞いから見てかなりの腕を持つ青年だという事が垣間見え
側近たちもベテラン風な騎士や歴戦の傭兵長など風格がある
(おや、これは素敵な花が)
その中にグラニス軍の正規騎士の鎧を着た美しい女騎士がいた
長い金髪の髪を束ね控えめにしているが、整った顔立ちと潜めている勇猛さが美しさを引き立たせていた
鎧の下に隠されてはいるが長身で胸や腰つきも丸く素晴らしい
しかし、立ち振る舞いやその雰囲気からこの女騎士も腕利きであることは推測できる
更に奥の方にもう一人
不思議な装飾と形をした革鎧を着た大柄の女戦士だ
傭兵か?その手には剥き出しの大剣が添えられている
こんな重そうな大剣が実際に使いこなせるのか?
そう思えたがその闘気剥き出しのオーラはかなりの腕を持つ戦士であろう
更に日焼けした小麦色の肌と共に大きな胸の谷間も剥き出しだ
これも素晴らしい
(これは今回の戦は楽しみになってきたな。陣内に女騎士や女戦士を置いておくとは趣味かよほどの腹心か。でも、こちらの連れも似たようなものだから人の事は言えないか)
向こう側にいるグラニス軍の士官たちも、こちらにいる側近を見て驚きと複雑な顔をしている
オレの隣にいるのは側近である女官騎士エマ・アブリブと『聖女エレナ様』だ
『聖女』
イスラマ神聖皇国に危機が訪れた時に神の声聞き突如現れ、人々を救いの道に導くと言われている存在だ
これまでの聖皇国の長い歴史の中でも100年に一度現れていたと言われていた
ここにいる聖女エレナは先日に皇都に魔獣の群れが現れ暴れ回った時、突如として神の声を聞き魔獣の群れに果敢に立ち向かった少女だった
自分としては聖女伝説をまともに信じていた訳ではない
だが彼女を讃える市民の声があまりにも大きく、皇室としても無視できないものだったので今回自分の陣営に連れてきた次第だ
(結局オレもオレの軍団も神聖皇国の中では爪弾き者のたまり場なのかもな。それでもこの聖女様の名声は最大限に利用させてもらわないと)
そんな事を思いながら、自分と神を信じてやまない聖女をひと目見る
「か、カワイイ・・・こんな可愛い聖女様と秘書騎士がこの世界にいたなんて・・・・」
そんな小さな声が聞こえてくる
見るとグラニス軍側に、さっきまで気づかなかったが影の薄い男がいて呟いていたのだった
見た事のないデザインの革鎧に地味な衣類を着ている
腰には無骨ながらも見事な細工の剣の柄が見え、手斧も下げてある
(傭兵か・・・それにしても戦意が感じられないな。それにエマと聖女を見る目が異常だ・・・まさかこいつは!?)
同類の波長だろうか
それとも運命だろうか
イスラマ神聖皇国第二法皇子マリオは、森の民魔獣喰いマジウス(仮)を見て直感的に理解した
この章は登場人物がいつもより多いので簡単な人物紹介も行います
【森の戦士団】
魔獣喰い:主人公?17歳で森林弓兵の小隊長。知略が低いが毎回重要な会議に強制同席。女の子を見るといやらしい目つきでぶつぶつ独り言をいう
研究軍師セリーナ:下界人であり幼女であり森に住む天才軍師。下界では訳あり
イケメン剣士:魔獣喰いのかつての仲間。結構な剣の腕前で指揮能力もあり万能選手。器用貧乏にならないように育成したい
牛さん:魔獣喰いのかつての仲間。無口な重量戦士。無口なので軍議は不参加。
坊ちゃん:魔獣喰いのかつての仲間。金の計算は得意だが軍略は苦手なので軍議は不参加。
黒豹の爪:大砦の大剣女剣士で大隊長。統率力、個人戦闘力が高く堅実な策を好む。日焼け野獣系巨乳なので下界の騎士も目のやり場に困る。
鬼軍曹:大村の城の戦斧筋肉戦士団長。今回は別行動で軍議には不参加
【グラニス軍】
青年騎士レオンハルト副伯爵:たくましく大きくなった成長率No1の騎士。元々イケメンだったので左ホオに傷跡が残っても絵になる。下界と森のハーフ。
女騎士スザンナ:レオンハルトの護衛騎士で今はグラニス軍の近衛騎士を率いる。剣の腕間の他に統率力や内政力などの各種能力が成長。プライベートは真面目なドジっ子。
ベテラン騎士:昔からグラニス家に仕える騎士。耐える守備力に定評がある
傭兵隊長:元々数年前にお家騒動では敵方にいた私兵の傭兵隊長。今は改心してお抱え傭兵隊を率いる。才能よりも経験値が物を言う歴戦の戦士。
【イスラマ神聖皇国 第三軍】
第二法皇子マリオ:神聖皇国の厄介者な皇子で辺境に飛ばされる。女の子好き。お兄ちゃん。
女官騎士エマ:マリオ殿下の自称教育係りの女騎士。能力に弱点がない騎士で体型も無駄がないスレンダー型。通称『秘書騎士』
聖女エレナ様:身長はそんなに大きくない童顔の少女。天の声を聞き勇気を出し前線に出る。マスコット人形。




