87羽:大陸の暗雲 ☆地図有り
後書きに地図があります
街を囲む高く分厚い城壁の前には、数え切れないほどの武装した兵士達が立ち並ぶ
この大陸でも近年見た事もないような膨大な数の軍団だ
現在大陸には大国と呼ばれる国が何カ国かあるが、ここまで一度に兵数を動員したのはなかっただろう
この大陸で各国は互いに何かカ国とも国境戦を接している為に、常に周囲に警戒をしつつ数か所に分けて軍を配置なければならない
極度に突出した国力を持った超大国がない現在、神の見えざる手か、それとも偶然か、それは抑止力となりある程度の平和維持として機能していた
また、兵士達の武器や食料を考えても一度に動員できる兵数は制限がある
戦で使う消耗品である矢や、壊れた槍剣や鎧盾の補給は無限ではないのだ
鉱物を掘り出し、職人が生産し戦とはとにかく金がかかる代物だ
そして、兵士や馬たちは論毎日食べなければ生きてはいけない
各国にはある程度の穀物貯蓄もあるが、天候不順や飢饉などに備えておく必要もある
働き手である農夫たちが一度に多く兵士に駆り出されたなら、生産性は著しい低下し急激な食料不足に陥る
そんな事情もあり、国力を越えて徴兵を行い大軍団で進軍するなら、例えその戦に勝利したとしても、後は本国の運営が数年間は不安定なものになるだろう
食料不足による飢餓に極度の重税、兵士に取られ戦死による農酪工業の衰退
下手をしたら各地で内乱が起こりその国は自滅してしまう
そうした事もあり、近年の戦は大戦というものは起こってはいない
あったとしても各地で小さな侵攻や占領を繰り返し、休戦協定を行い領地配分や慰謝料・身代金による収益の戦が殆どだった
それでも歴史をひも解くと、時には大国のひとつが大軍集結し侵攻しようとする事もあった
しかしその情報が近隣諸国に広がると、各国が連合を組み包囲することにより押し止められ、また休戦協定が結ばれたという結果になっていた
そういった事があり、この目の前の大軍勢が立ち並ぶ光景は、見る者にとっては信じられない出来事であった
城壁の前に並ぶ兵士達の士気は異常な程に高い
大軍団の前方に並ぶ兵士達は、統一された武器や鎧をまとい整然としていた
しかし、殆どの兵士達は支給された槍と盾を持ちながらも、服装は統一されておらず思い思いの装備で並び方もバラバラだった
正規兵と農民兵の差であろう
その中で全員に共通しているのは、その胸元にはみな同じ形をした偶像を下げている事だ
気が早い者はその偶像を手に取り天を仰ぎ、興奮して涙している者もいた
偶像を見ればこの大陸で深く信仰されている、宗教の信者だというのがひと目で分かる
皆の目の色も熱狂的で、どこか自分に酔っているようにも見える
すると大軍団の群衆から、急に歓声があがる
その視線の先である、城壁の上にひと際豪華な鎧を着こんだ男が立っていた
皆その者の名を叫び興奮している
その男が右手を上げると群衆は時が止まったように静まる
この大人数にもよく聞こえる声で叫ぶ
「時は来た。神戦だ!」
その男の声にまた兵士達は大きな声を上げて叫ぶ
兵士達は興奮で顔を赤らめ、涙を流し、空に向かい武器を掲げ、声をあげる
熱気とも狂気とも取れるその熱い叫び声
その熱気はうねりとなり天まで昇る陽炎のようだ
・・・この膨大な兵数でこの士気の高さ
攻め込まれる国の抵抗は無残にも砕け散り、その国土は残す事なく蹂躙されるだろう
(異教徒どもめ見ておれ・・・)
その様子を見て、城壁の上にいた豪華な鎧を着た男は満足そうに笑みを浮かべる
☆
オレたち森の民の戦士は変装をしつつ、ヴェルネア帝国にベール王国の使者と共に同行した
帝都で魔素や魔獣の群れの襲来もあったが、目的であった和平交渉も無事に完了してひと段落し帰路につく
森の民の領地であるザクソンの宿場街が見えてきた時に、哨戒の騎兵から聞いた報告は驚くべく内容だった
『ベール王国の王都と大森林の王都が何者かに襲撃された』
ひとまずザクソンの街に入りお互いの別れの言葉も交わさないまま、マデレーン王女たちは王都に帰還、オレたち森の民は大村に急ぎ戻る事になった
(激しい戦いの後は、可愛い女子たちと森の温泉で疲れを癒すお約束があったような・・・)
と期待していたオレは驚きと共に悲しみにくれる
この辺はお年頃なので許して欲しい
しかし、一応一人前の小隊長として成長していたオレは、その事を表には出さずに部下を連れて森へ帰る
ザクソンの街で聞いた話では、取り敢えず大村を襲った敵は無事に撃退出来たという事だった
急ぐ必要はあったが、無理はせずに同行していた負傷者は聖なる泉の保養所に残し大村へ戻った
森を通る道は来た時と何も変わってなく、襲撃の報告がまるで誤報だったように静かに時を刻んでいた
道中野営もしつつ、オレの第二の故郷の大村へ着いた
情報では数日前に敵を撃退し戦いは終わったという事だったが、見て分かる程その戦火の爪後は無残にも残っていた
大村を囲む城壁は修復中だが、当日はいたる所が破壊され敵の侵入を許していたのだろう
城壁の中の家々も所々焼け落ち崩壊している
何日も経っているという事だったが、そこで暮らす人々の顔つきも険しい
生まれ持ったものなのか精霊の加護の影響か、森の民の心は強い
だが、親しい者が殺されたのなら、その悲しみが癒える時間も短くはないだろう
さすがに道端に遺体はなかったが、精霊神官の館では今なお亡くなった者を森へ還す儀式が続いていた
その様子を見て、オレと一緒に帰って来た精霊神官ちゃんや研究軍師セリーナの顔も険しいものになる
「精霊の加護が強いこの大村がこんな事になるなんて・・・」
小さい頃からこの村で育ってきた神官ちゃんは独り言のように呟く
それでもなお森の民は過ぎた事を後悔せずにひたすら復旧作業に精を出していた
城の戦士や訓練生、村人が全員協力して作業を行っている
近隣の村や砦からも復旧の援軍が来ているのだろう
大村の雰囲気はいつもの活気ある様子とは違い、厳戒態勢のまませわしく進んでいた
☆
精霊神官たちとは村で分かれ、戦士であるオレ達は報告の為に城に向かう
大村とは違い城の方は比較的軽傷に見えた
城壁や城門の辺りには戦いの跡も見えるが、硬い鉄木で出来た壁や門が破られた形跡はなかった
流石に『大砦』と並ぶ精鋭戦士団が揃う大村の城は易々と抜けなかったのだろう
城は大丈夫だ、と報告は聞いていたがオレはその様子を見て取り敢えず安心した
普段より厳重な警戒する城門を潜り抜け城内に入る
中庭も戦後の対処で騒がしくみな働いている
本城入口の警備兵に自分達の名を告げ中に入り、いつもの応接室に通される
部屋に入るのはオレと軍師セリーナ、戦士『岩の矛』三人で他の部下達は兵舎で休んでもらう
しばらくすると、この城の鬼軍曹こと強面の戦士団長が入って来た
団長の体もいたる所に戦いの傷跡が残っていたが、特に致命傷もなく元気そのものだ
(流石は大森林でも有数の腕と経験を持つ団長だ)
オレはそんな事を思いつつ、下界での任務を簡単に報告し今回の大村襲撃の詳細を聞いた
☆
何日か前の深夜にそれは起こった
帝都と同じく、大村のど真ん中に『魔素』が突然現れ『魔獣の群れ』と『敵』が出現したのだ
日にちを聞くとオレ達が帝都で襲われた日と同じ夜だったらしい
とにかく突然現れたその襲撃者に当初は大村も混乱した
帝都と同じく外から侵入したのではなく、いきなり村のど真ん中に魔獣が現れたのでからその反応も当然だろう
しかし、そこは村人全員が勇敢な狩人でもあり戦士でもある森の民たち
直ぐに持ち直し、自前の弓や槍剣を持ち出し果敢にも魔獣の群れに対応する
村人が持ちこたえる間に、すぐさま大村と隣接する城から完全武装の戦士団が到着し、魔獣と戦い始める
非力な女子供や老人と負傷者は、敵の侵入をまだ許していない城に逃がし、精鋭揃いの戦士団は魔獣を各個に駆逐していく
大隊長の元、避難が済んだ家屋を利用し、罠や毒を使い魔獣を追いつめていく
順著に反撃も進み勝利は目前だった
そんな中『敵』が現れた
なんと『敵』は数か月前に魔の森に現れた、恐怖の槍使い『蒼龍王』だ
蒼龍王は前の時と同じく、幻術と巧みな槍術を使い精鋭揃いの戦士団を一方的に虐殺し始めた
この戦士団長を始め腕利きの大隊長たちが囲い込み対応したが、それでも防戦一方で幻術により相手にこちらの刃が通らなかったという
(それでもあの槍使いと対峙して命があったんだ・・・流石は戦士団長だ)
オレは心の中でそう思い、戦いの話の続きを聞いていた
残った魔獣に対応しつつ、大村の広場で暴れ回る槍使い蒼龍王に防戦一方の戦士団長たち
このままではこちらの被害も大きくなる一方だ・・・・
そんな中、『あの方』が現れた
いるだけで無言のプレッシャーと獰猛な覇気を感じさせる戦士
この大森林の全ての村と勇敢な戦士たちを総べる大族長『獅子王』様だ
王は若い頃に自らが狩ったと言われる大魔獣の鎧を着こみ、その両手には二刀で一対の黒光する業物刀を構えていた
大森林最強とも言われている獅子王の登場に、その場の空気は張り詰める
自然とその場にいた戦士達は、獅子王と槍使い蒼龍王の二人を中心に遠く離れる
生ける伝説の戦士と言われる獅子王様だが、実際に彼が剣を振るったのを見た者は今では数少ない
(噂では強いと聞いていたが実際にはどうなのか・・・)
しかし、獅子王の勇ましい姿と闘気剥き出しの雰囲気を見て、そんな事を疑う戦士は一人もいなかった
《ほほう。王自ら出陣とは思い切ったことをするの》
槍使い蒼龍王は王のその姿を見て不敵な笑みを浮かべる
「お前達もこのような策を弄して変わったな」
獅子王も言葉を返し、それが戦いの合図となる
まさに凄まじい打ち合いだった
目にも留まらぬ体捌きと斬撃で獅子王は槍使いに切り込む
しかし、悪鬼の槍使いも槍術を駆使し防御し反撃する
その攻防を目で追える者はその場では少ないかった
一見すると剣舞のように美しく流れる斬撃の応酬だったが、その一撃一撃は間違いなく一瞬で命を刈り取る必殺の刃だ
見た目では斬撃の応酬は獅子王が優勢だった
獅子王様は時間を気にして焦っている訳ではないが最初から全力で飛ばしていた
だが、槍使いはあの幻術を使う為に、王の攻撃が当たったようで当たらないのだ
「やはり東を司る幻影の使い手か・・・」
手応えを確認し獅子王は呟く
更に王は戦いながら呪文のような言葉を紡ぐ
その呪文の効果なのか、獅子王の持つ刀が白く輝く
渾身の連撃を槍使いに繰り出す
その後は幻術に惑わされ事もなく槍使いにダメージを与え圧倒したという
防戦一方の槍使いは
《王の力を出させるワタシの役割は果たした》
と意味深な言葉を残し、前回と同じように姿を闇に消して消えた
その後は周囲を警戒しつつ、残った魔獣を駆逐し何とか大村も落ち着いたという
被害としては大村の城壁や家屋に被害が出ていたが、思いのほか森の民の死傷者は少なかったようだ
これは森の民がみな優れた狩人であり、勝てない相手にはけん制しながら退却をするという処世術が身についていたのが大きいのだろう
逆に武装した戦士団が槍使い蒼龍王に射殺すされた者の方の被害の方が大きかった
それでも、前回の魔の森での戦いを参考にしていたので、城の戦士団も十分に距離をとり被害を最小限に止め時間を稼いでいたのがよかった
とにかく、復旧作業を進めつつ周囲を警戒しているのが現在の大村の置かれている状況であった
その方向を聞きながらオレは取り敢えずひと安心していた
被害は確かにあったが、やはり森の民はみな逞しいかった
帝都の時のように街が蹂躙され、魔獣の人的被害が甚大でなかったのは流石は戦闘能力に特化した種族であろう
味方ながら、森の民を正面から武力で屈服させるのは本当に骨が折れる事だろう
ただ、あの時の槍使いまた現れたのには正直驚いた
まさかこちらの本拠地であり、精鋭戦力の集まる大村のど真ん中に乗り込んで来るとは思いもしなかった
聞いた話では今は精霊神官たちが総出で、大村の周りの結界を強化しているという事で、今後は突然魔素が大村の中に現れることはないだろうという事だ
そして、戦士団長からもう一つ報告があった
下界からの連絡鳥によると、それは同時期にベール王国にも同じように魔素と魔獣の群れ、更に『敵』が現れ王都が襲われたという事だ
こちらもオレたちのいた帝都の時と同じように、市街地に魔獣の群れが現れ街を破壊し人々に襲い掛かったという
魔獣も数が少ないこともあり、出動したベール軍と騎士団が何とか魔獣も撃破
そしてベール王都に現れたのは長剣を持った『敵』だったという
圧倒的な剣力を持って騎士や兵士団に襲い掛かる長剣使いの敵
そいつは何と、獅子姫と剣術指南ヴァルター・クロンベルクが相手をして無事に退けたという
(そういえば、獅子姫ちゃんはまだ王都にいて、あの剣匠のジイさんの元で修業をしていたんだったな。二人がかりとはいえ、あの『敵』の相手を出来るなんてだいぶ腕を上げたのかもしれない)
オレはその話を聞きながら、自分の事のように誇らしく思い嬉しくなる
ベール王都も近隣諸侯の援助を受け、ただ今復旧作業の真っ最中という事だった
「ヴェルネア帝都、ベール王都、そしてこの大村。三か所同時に魔素と魔獣に襲われたのは最早偶然ではないのだ。何者かが明確な目的があって引き起こした騒ぎに違いないのだ。これで終わりとは思えない。まだまだ警戒と情報収集は怠れないのだ」
話の内容を聞き、研究軍師セリーナちゃんはそう推測する
(確かにそうだな・・・帝都に現れた女弓士も、撃退されたのにも関わらず目的を果たしたみたいな事を言っていたし。この大森林・・・いや下界を含めた大陸全土に何か起ころうとしているのかもしれない・・・)
オレも心の中でそう思う
大村のみんなや下界の獅子姫たちの無事を喜ぶ反面、オレはまだ見ぬ不安に心が押しつぶされるそうになる
(まだ何にか・・・ 何が起きるんだ!?)
大村に残り警戒するオレたちあった
そして、しばらくして下界から届いた連絡鳥の文でその不安は現実のものとなった
この大陸最大の国、『イスラマ神聖皇国』が、かつてない程の大軍団をもってベール王国とヴェルネア帝国に侵攻してきだった




