85羽:真の魔弓
この大陸有数の大国であるヴェルネア帝国
その政治経済の中心で近代的で華やか帝都が、今は大混乱に陥っていた
・・・突然起きた小さな地震と耳鳴りの後に現れた、『魔獣』の群れによって
森に入る狩人なら、その噂も聞いたことがあるだろう
『大森林』と呼ばれる魔の森に住む、獣の形をした魔物
交戦的で凶暴、人肉を好んで喰らい、人に害をなす存在
普通の人間はもちろん、訓練された兵士でもその鋭い爪牙には敵わないという
幸いにも魔獣は大森林の中にしか生息しておらず、下界に出てくる事はほとんどないと言われていた
多くの者にとっては魔獣とは、『魔の森に迂闊に入るな』という戒めの程度の昔ばなしでしかないと思っていた
しかし、その魔獣が突然帝都に現れ人々を蹂躙している
まさに信じられない悪夢のような出来事であった
一方、大陸でも屈指の軍事力を有する帝国軍も黙ってはいなかった
魔獣が出現した当初は指揮系統も乱れ混乱していたが、直ぐに帝都を守る中央軍近衛師団が出動して鎮圧に向かった
幸いにも帝都の城の敷地内には魔獣は発生しておらず、指揮官に率いられた兵士達は数の利を持って魔獣と対峙する
確かに魔獣の硬皮には通常の刃は通りにくいが、それでも打撃武器や大型弩などでジワジワとその獣の数を減らしていく
魔獣の数が少ない事と、帝都各地に分散し独自に暴れていたこともあり、時間をかけて各個撃破をして魔獣を狩っていった
そんな事もあり近衛師団は街中に分散している
本来なら一番警護が厳しい、城へ続くこの城門前は手薄になっていた
いや、何故か完全武装で待機していた第二皇子アグル殿下の直属の兵団が、城門前を堅牢に守りきり城の者達を安心させていた
「流石は武勇に優れたアグル殿下だ。突然現れた謎の獣に対して、一歩も退かずに蹴散らしている」
城内からはそう見えていただろう
☆
そんな帝都の情勢の中で、オレ達はその第二皇子アグルの私兵により取り囲まれていた
相手は完全武装の上に数も多い
相手の口調から、今回の全ての騒ぎの責任を押し付けて、オレ達をここで皆殺しにするつもりなのだろう
こちらにいる皇太子殿下がそのアグルに何事かと問いただしている間に、オレは隣にいたネロ殿下に小声で聞く
「ネロ殿下、ここは強行突破しかありません。いいですか?」
ネロは一瞬目をつぶり考え・・・うなずく
今なら相手の大将は兵士の前に出てきており遮蔽物もない
命までは取らないにしろ、ここからなら一矢で戦闘不能に出来る
その後は相手の混乱に乗じてここを逃げ切る
オレは標的である第二皇子アグルに意識を集中しながら無心で矢を射る
『居合い射』だ
予備動作も無く、突然矢を射る必殺の技だ
シュ
カン
しかし、その矢は標的であるアグルに届く前に地面に撃ち落された
(なっ・・・)
オレの放った必殺の矢は、アグルがいつの間にか抜いていた剣によりはじき返されていたのだ
自負する訳ではないが、オレの必殺の矢が目の前の皇子に、いとも簡単に撃ち落された事が信じられない
オレはこう見えても剣の腕はいまいちだが、弓技にはそこそこ自信がある
それこそ魔獣と対等に戦える『岩の矛』や近衛騎士ヘルマン、『赤髪』程の腕をもった戦士に弾かれたのならまだ分かる
しかし、どう見ても戦士として力量がそれほど高くなさそうな、皇子アグルがそれをやってのけた事に驚く
驚いているのはオレだけではなく、アグルの力量をよく知る異母弟のネロ殿下や、以前オレのこの技を避けきれなかった『弓公子』アベルでさえ、その光景に驚いていた
《ふっふっふ、何をそんなに驚いているのだ?余がうるさいハエを叩き落としただけであろう》
いつの間にか声のトーンが変わり、口元に邪悪な笑みを浮かべているアグルが言い放つ
彼を被っていた負のオーラが突然強くなる
「彼はもしかしたら、魔の力に飲み込まれているかもしれません」
オレは隣でその変貌に驚いているネロ殿下に説明をする
最近勘が良くなったオレ以外の者から見ても、もはやアグルは人外の雰囲気を出している
しかし、彼に従っている帝国兵士たちは、それを不審に思う事もなくオレ達にまだ槍先を向けている
オレは彼らに意識を向ける・・・・
どこから彼ら兵士にも負の力が流れ込んでいる
(どこからだ・・・)
更に意識を広げ周囲を索敵する
その負の線は彼らから上に伸びでいる
(・・・いた!上か、あそこに何かがいる!?)
その負の力はオレ達の目の前の城壁の上の方から発してあった
《それでは帝都の平和を乱す謀反人はここで処分しよう》
低い不気味な声でアグルはそう言い放ち、オレ達を囲む帝国兵に指示を出す
完全武装の兵士の数はオレ達の数倍
まさに絶対絶命だ
「みんなは皇太子殿下と姫様を中心に守りを!彼らは操られています。オレはそいつを殺ります!」
オレは皆に指示を出し、弓を構える
その声と共に敵兵も槍を水平に突撃して来る
円陣を組みそれに対応するこちらの戦士たち
敵味方が交わりまさに乱戦状態になる
「マジウス殿、手伝うぞ」
オレの真意を察したのか、帝国軍の弓の達人アベルがオレの隣に来て弓を構える
「あの、城壁の上に何かがいます」
オレは『弓公子』に先ほど感じた場所を教え、弓を引き絞る
上空に向けて距離もあるが、オレと彼の腕前があれば問題はないだろう
シュッ、シュッ
2対の矢が同時に放たれ、最短距離でそのモノに突き刺さる
(やったか!?)
手ごたえは感じたが反応がない
《ほお、よく妾の居場所が分かったわね》
城壁の上にいたモノは隠れ身と解き、その姿を現す
細身で身の丈は高く、全身に赤黒い衣類をまとっている
右手には見た事もないような大きな長弓を持ち、矢筒も携帯している
赤く長い髪を束ね、衣類の隙間から見える細腕や胸元の肌は、怖いくらい青白く美しい
そして、その顔は妖艶ながらも怪しい笑みを浮かべ、世にも美しい顔立ちをしていた
その甘ったるい声と容姿から、一応女性だという事がわかる
しかし、その美しい見た目に反し、発せられる負のオーラは・・・
数か月前に魔の森に現れた恐るべき槍使い『蒼竜王』と同じ感じだ
(アレは前の槍使いと同じ仲間なのか・・・・)
オレの背中に冷たい汗が流れ落ちる
前回は屈強な森の戦士の中に、あの槍使いが一人で乗り込んで来た
皆で協力して囲んで戦いった
それでも、多くの戦士達がその槍先に倒れた・・・
そして、今回は敵の帝国兵に囲まれているのはオレ達の方で、仲間に下界の腕利き戦士がいるとしても状況は悪い
(前回は槍使いで・・・・あの装備からして彼女は弓を使うのだろうか・・・)
オレはそう観察する
「まさか・・・あの長弓は・・・・いや、まさかそんなハズは・・・」
オレの隣にいる、普段冷静な『弓公子』アベルが城壁の上に立っている、その妖艶な女を見て驚愕の顔を浮かべる
「アベル殿、あの女はヤバいです・・・・説明出来ませんが、魔の生き物の一種です」
その姿を見て体が固まっていたオレ達であったが、気を持ち直して再び矢を射ろうとする
(次は『剛弓』、威力重視の技で射り抜く)
そう思い強く弓を引く
(ん!?・・・・なんだ、マズイぞこれ!)
嫌な気配を感じたオレは、矢を射るのを止め回避に入る
(くそっ、アベルさんは気付いてないのか!)
オレは上空から飛来する何かに気付いていない、帝国騎士アベルに思いっ切り蹴りを入れて吹き飛ばす
そして、その反動を利用して自分自身もその場を退避する
ドカン
その瞬間、オレ達二人がいた場所に一本の矢が突き刺さり、凄まじい衝撃波が伝わってくる
矢が刺さった場所は地面がえぐられ、まるで大砲の弾が落ちたような跡地に変わり果てていた
《おお、今のをよくぞ躱したわね。これは楽しめそうね》
その女弓士は余裕の笑みを浮かべ、こちらを見下している
その異常な攻撃にオレ達はもちろん、周りにいた仲間達も驚愕の色を浮かべる
しかし、その異様な事が起きても、敵の兵士達は変わらずに虚ろな目をしてこちらに襲い掛かっている
屈強な戦士である『岩の矛』、近衛騎士ヘルマン、『赤髪』ガエル、ネロ殿下の四人を中心に敵の兵士の攻撃に耐えていたが、ここまで来る激闘の疲労もあり旗色は悪い
(さっきのは弓矢の攻撃だったのか?まるで現代の大砲のような威力だ。あんなのを連射されたらこっちは一瞬で全滅じゃないか・・・
いや、まてよ。あの女は何故連続で撃ち込んでこないんだ・・・何か理由があるのか・・・)
オレは周囲の気配を感じるように目を閉じる
(目の前の事に囚われてはダメだ。本質を見抜かないと・・・)
敵の兵士たちから、あの女へと見えない負の線が繋がっている
敵兵は恐らくあの女に操られているのだろう
いつの間にかオレがいる城門近くの上空に、『魔素』が移動して来ていた
その女弓士に見えない負の線が繋がれている
魔素からホースを使いガソリンを給油しているように、エネルギーが女に流れて行く
(という事は・・・)
「神官ちゃん、あの魔素の浄化を先にお願いします!みんなはその援護を!」
オレは仮説を立証するために皆に指示をだす
オレの指示を瞬時に理解したのか、神官ちゃんを中心に精霊神官達は精神を集中し『浄化』の作業に入る
周りの戦士と味方の兵士たちは、敵兵から彼女たちを守る為に最後の力を振り絞り奮闘する
《小賢しい人間ども、させるか!》
城壁の上の女は弓を構え神官ちゃんたちに狙いを絞る
「『魔獣喰い』、あいつが前の槍使いと同じ仲間なら、例のアレを使うだの!」
マデレーン王女の側で、その様子を観察していた森の軍師セリーナがオレに声をかけて来る
(そうか、あの秘密兵器か)
オレは矢筒に入れておいた特製の矢を取り出し射る
しかし、敵の女弓士の矢の方が一瞬早く、浄化のために精神を集中している神官たちに襲い掛かった
ガギン
その大砲並に強力な一撃を、森の戦士『岩の矛』の大型甲羅盾が何とか防ぐ
《何と!妾の矢を人間如きが防ぐとはな》
自分の自慢の矢を防がれ動揺する敵にオレは特製の矢を放つ
シャーン
その矢は最初に射った矢と同じく防がれてしまった
しかし、矢先に組み込まれた結晶の破片がその女に包み襲い掛かる
《うぐ、何だこれは・・・》
効果はあったようで、城壁の上にいるその女は苦しそうに悶える
「どんなもんなのだ!このセリーナちゃん特製の『精霊石爆矢』の威力は!」
その効果を見て嬉しそうに小さな胸を張る軍師セリーナ
この矢は前回の槍使いとの苦戦を糧に、研究軍師であるセリーナが密かに開発した秘密兵器だ
大森林の魔素を浄化した後に残る結晶『精霊石』
これには森の聖なる精霊力が秘められており、魔の者に対して効果があると言われる
実際に魔の森の魔獣に実験攻撃をしてその効果は立証されてはいたが、敵の槍使いの仲間に使うのは勿論初めてであった
効果てき面、精霊石は希少品なので乱用は出来ないのが難点だが
シュー
オレ達が敵を足止めしている間に、神官たちの浄化が始まる
その途端、明らかに苦しそうにする、城壁の上の女弓士
どうやらオレ達と同じで、大森林や魔素から離れて長くは活動出来ないのだろう
強い力を使う為には魔素のすぐ側にいて、常にエネルギーを補給し続けなければいけないのかもしれない
その女に操られていたと思われた、こちらを囲んでいた帝国兵も苦しそうに倒れていく
《くっ、折角いいところだったのに・・・・まあ、自分の分の目的は達成出来たからいいかしら。そうそう、妾の名前は紅鳳王。坊やたち、また今度ゆっくり遊んであげるわ》
名乗ると、その妖艶な女は城壁の向こうの闇に消えていった
(ふう、また何とかなったか・・・)
オレは一息つき周りを確認する
ヴェルネア帝国皇太子やベール王国のマデレーン王女、槍使いネロ殿下や赤髪、岩の矛などはみんな無事だった
しかし、仲間の帝国兵や森の戦士達の中には、オレ達を守る為に果敢にも命を散らして倒れている者も多くいた
不思議なことに帝都の魔獣の気配も消えていた
操られオレ達を囲んでいた帝国兵は皆意識を失い、地面に倒れていた
いや、今回の首謀者である第二皇子アグルだけは意識を保ったまま怯えた目でこちらを見ていた
「あ、兄上・・・ち、違うのだ。さっきのあの女に余はたぶらかされただけなのだ・・・」
残ったオレ達に囲まれたアグルが、皇太子に弁明し命乞いをしてくる
こうして闇夜の中、帝都での大騒動はひとまず鎮火したのであった




