83羽:仮そめの宴
帝都にある豪華な屋敷の暗い地下室
窓もないその一室の小さなテーブルの上に、青白い火の灯りが照らされている
向かい合うように椅子が二脚あり、そこにはそれぞれ豪華な貴族服を着た青年と、赤黒い衣類を着たモノがいた
《計画は予定通り進んでいるわね》
その赤黒いモノは女の声で青年に尋ねる
「はい、計画通り明日の夕方に皇太子が例の屋敷の夕食会に行きます。こちらの掴んだ情報では警護の者を含めて、そこに関係者が全員勢揃いする手はずでございます」
明らかに身分の高そうな青年が、その女の声をしたモノに敬意をもって答える
《それはよかったわ。でも相手にはあの森の民のヤツ等もいるから油断はしないでね。》
女の声のモノは見た目とは違い、包み込むような温かい声でその青年に語り掛ける
「例の結晶の配置もほぼ終わっています。・・・しかし、本当にこれで私に帝位継承権が向いてくるのでしょうか?」
その青年はまだ不安があるのか、迷っているように訪ねる
《ふふふ・・・この計画が遂行されたら次期皇帝はあなたに決まるわ。そして、それはこの大陸の覇者とも同義であるわ。安心して遂行しなさい・・・》
女は妖艶な笑みを浮かべ、座っている青年を後ろから抱きしめる
青年の瞳はその言葉を聞き安心したのか、母親に抱きしめられる子供のように虚ろな瞳になる・・・
☆
ヴェルネア帝国皇帝との謁見と晩餐会も無事に終わり、オレ達は帰国の準備をしていた
準備が終わりしだい帝都にベール王国の文官と騎士数人を事後処理の為に残し、オレ達はこの国ともおさらばとなる
色々あったが、今思うと帰るのも少し寂しいものがある
最初は街や役人の雰囲気があまりよくない印象があった
しかし、実際には食べ物は美味く人々が暮らす街にも活気があった
王宮でもいろんな人間がいたが、実際に向き合ってみると、皆自分たちの国の将来を考える真摯な人物が多かった
(個人的な希望としては今回の休戦協定もずっと続いて欲しいものだな・・・)
オレはそう思いながら荷物をまとめる
☆
準備も順調に進みいよいよ帰国も明日の朝に迫った
そこで今宵は関係者を招いて帝都での最後の夕食会をすることになった
立食形式の夕食会場には、マデレーン王女をはじめ近衛騎士や護衛の兵士、従者や女官などがベール王国の関係者が勢揃いだ
またオレたち森の民も、オレや戦士『岩の矛』、各小隊の仲間、精霊神官ちゃんを始めとする精霊神官たち、研究軍師セリーナと全員が集まっている
(こうして見ると本当に賑やかで楽しい旅だったな・・・・)
今日の夕食会は先日の晩餐会とは違い、気さくでアットホームな感じで行われている
ここまでの旅を通して仲間意識が芽生えているのか、ベール王国の騎士も大森林の戦士たちも皆和気あいあいとした雰囲気で語り合っている
「やあ、マジウス君」
呼ばれてそちらをチラリと見る
そこにはこの会場の雰囲気に、いつの間にか馴染んでいる男いた
その青年は気さくな笑顔を浮かべてオレに挨拶して来る
「ネロ殿下。わざわざ来て頂いてありがとうございます」
前回の晩餐会の時もそうだったが、今回も料理コーナーの前がオレ達の定位置だ
「なに、今日は見ての通りこの屋敷の警護の任のついでにここにいるから。そんな訳で帰りに土産も持たせられなくてすまないな」
そう言いながら警備用の鎧姿のまま、ネロ殿下は大海老の衣揚げを一口で食す
「いえ、土産の方は大丈夫です。何しろあちらの方から十分に頂いたので・・・」
オレは滞在の屋敷に溢れんばかりの調度品や芸術品、装飾品を積んだ荷馬車と共に、先ほどこの夕食会に現れた主の方を見る
その方はマデレーン王女の側で嬉しそうに話をしている
一方王女の方は愛想笑いを浮かべてその対応に困っている
その方はここにいるネロ殿下の一番上の異母兄、
つまりこのヴェルネア帝国の帝位第一継承者の皇太子様だ
あの荷馬車に積まれた豪華なプレゼントは、皇太子殿下からマデレーン王女への贈り物だ
どうやら先日の謁見と晩餐会で、初めて見たマデレーン王女に一目惚れをした様子である
もちろん他国の王女という事もあって強引な誘いはないが、その浮かれた様子に周囲も扱いに困っているようだ
「ハッハッハ。皇太子兄上様は武人としては中々だけど、ああ見えて恋愛に関しては純なとことがあるからね。もちろん婚姻問題は今後の国同士の関係にも関わるから調整が必要だけどね」
その様子を蒲萄酒を飲みながら、ネロ殿下はむしろ楽しそうに眺めている
しかし、時おり鋭い視線を周囲に向けて警戒する
よく匂いを嗅ぐと手元の酒もアルコールの入っていない蒲萄ジュースである
それは彼だけではなくこの会場にいる殆どの者の飲み物がそうである
・・・・つまり皇太子殿下を除く、この会場にいる者達は夕食会を楽しんでいる事を演じているのだ
目の前にいるネロ殿下の情報網によると、今宵この屋敷に何者かが襲撃して来るという
いや、正確に言うならば、その襲撃を裏で操る犯人は『第二皇子アグル』だという
『ヴェルネア帝国第一皇太子が、ベール王国の使節団が滞在する屋敷で何者かに惨殺される。その犯人はベール王国の手の者だ
これにより帝国とベール王国の和平協定は破たん
両国間は交戦状態になり、また帝位継承権もアグルが第一位になる』
というシナリオらしい
襲撃といってもそこまで詳細は掴めていなく、一体どんな手段で来るかまだ分からないのが現状だ
そのためこの屋敷の周囲にネロ殿下の指示の元、密かに帝国軍の警備兵が多数潜んでいる
第一皇太子はどちらかと言えば穏健調和派で、武人としての能力は高くないが人望と交渉能力が高く次の皇帝の最有力候補だ
そして、第二皇子アグルは侵略推進派で、武人として能力は高いが人望が少なく、最近ではその立場も危うくなっていたという
つまり帝国内の侵略推進派が第二皇子を担いで、皇太子の暗殺を企てているという内輪揉め話だった
(どこの国でもこういう身内の争いごとは絶えないんだな。そこに今回はオレ達が犯人役として選ばれたという事か・・・)
その情勢を以前から内偵していたネロ殿下が今回の襲撃情報を掴み、兄上である皇太子をエサに不穏分子を罠にはめ一気に掃除しようという作戦だ
そんな事も知らないエサ当人は、まだマデレーン王女と楽しそうにしている
(生粋のお坊ちゃま何だろうな・・・)
こうして見ると悪い人には見えない
この人が皇帝になったなら、少なくとも帝国とベール王国はいい関係を築いていけそうだ
最初の謁見の間の印象では王の器でないように感じたが、王にも色々なタイプの王がいるのだろう
(しかしオレ達に夜襲をかけるといっても、相手はどんな手段で来るのだろうか・・・帝国の警備兵を含めたこの手勢なら、それこそ軍隊でも使わないと暗殺も成功しないだろうし・・・)
オレがそう思っていたその時
宴も盛り上がっていたその時
『それ』は現れた
背筋にぞくりと、鳥肌が立つような感覚が突然する
負の混沌とした感情がオレの中に流れて来る
(何だこれは!?)
それと同時に小さな地響きと耳鳴りで大地が揺れる
(地震か・・・・いやそれだけじゃない!)
オレは悪寒のする方向に視線を向ける
オレ達の夕食会場の屋敷の中庭の丁度真上辺りだ
深い黒い闇の球体がそこに浮かんでいた
そこだけ黒く塗りつぶしたような・・・・
いや、そこだけ何もかも全て切り取られたような空間だ
それは下界では決して見られないはずの『モノ』だった
「魔素がなんでこんな所に・・・・」
オレの小隊の誰かが呟いた
そう、大森林にしか現れない『魔素』が突如帝都のど真ん中に現れたのだ




