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10羽:赤熊との激闘

「よくもまあ、こんな獣を倒せたもんだ・・・」


 眼下に横たわる赤く巨大な毛皮の塊を眺めながら“オレ”は一人そう呟く。その周りでは大人の狩人たちが解体作業に掛かっている。


「これで今回の“赤熊”退治の任務は完了か・・・」


 もう一度そう呟く様に、結果としてオレたちは近隣の村を蹂躙していた“赤熊”を倒す事に成功した。


 言葉にすると簡単なひと言だが、それこそかなりの激闘であり死闘であった。


 何しろ赤熊はこの巨体だ。


 立ち上がるとちょっとした二階建ての建物より大きい。現代の熊の数倍の大きさで、それに比例した分厚い皮下脂肪と鋭い巨大な爪を持ち合わせていた。


 これを狩る為に大人の狩人たちは色々準備をした。

 

 偵察役が見つけた赤熊の巣穴の出口周囲に罠を仕掛け、いぶり出す為の焚き木も用意した。更には毒虫と毒キノコから調合したしびれ玉を燃やし横穴の中に放り込む。


 暫くすると地鳴りの様な咆哮ほうこうと共に巨大な影が穴から飛び出て来る。その勢いで出口に設置してあった罠は粉砕され、ついでに激突した木は根元から折れその突撃の破壊力をオレたちに見せつける。


まるで巨岩が攻城用の投石機から発射された様な恐ろしい威力だ。


「これは予想以上だな・・・」


「ちっ、少し“混じって”やがる」


 オレの近くにいた大人の狩人たちが愚痴るような呟きが耳に入ってくる。恐らくは想定して赤熊より巨大な個体なのだろう。“混じっている”という言葉の意味はよく分からないが恐らくはいい事では無さそうだ。


「散れ、距離を取り弓で弱らせるぞ」


 この狩組の頭である《流れる風》の指示を出す声が森の中によく響き渡る。その指示に従い大人の狩人たちは赤熊と距離を取り矢を射り始める。


 木に激突し当初は混乱していた赤熊は、突然の敵の襲来に驚きながらも再び雄叫びを上げこちらを威嚇してくる。その叫びを聞いただけでオレは思わず尻餅をつき立てなくなってしまう。


「気を付けろ最初に注意したが、赤熊の叫び声には心弱き者の心の臓を止める力があると言われている。心を強く持て」


 側にいた大人の狩人は立てなくなったオレの手を取り、助けながらそう伝えてくる。


(確かに注意はしていたえど、これ程とはね・・・心臓を直接手で鷲掴みされた様だった)


 深呼吸して心を落ち着かせ状況を確認する。


 見るとオレから少し離れた所では、赤熊が大人の狩人へ突進していた。途中何か所かにこちらが仕掛けた罠は全て粉砕され、まるで意味を成していない。


 大人たちも素早い動きでその突進を躱し再び距離を取り弓矢で攻撃を加える。かなりの数の矢を当ててはいるが赤熊の動きには全く変化は無く、むしろ今まで以上に凶暴に突進している。


(ま、マジかよ・・・)


 その現実にオレは驚愕を覚える。


 聞いた話では赤熊の毛皮は硬く、その下にある皮下脂肪はかなり分厚いという。普通の弓矢は効果が薄く槍や剣の突きですら押し止める程だと。


 だがこの森の戦士の力は凄まじい。


 剣や槍は樹木を貫通し、大斧に至っては岩さえも砕く者もいる。そして一番の主要武器である弓矢も特殊で、大人の狩人が戦力で射ったなら何層もの盾さえも貫くのだ。


 先ほどからこの巨大な赤熊はそれを何矢も喰らっていても何事も無かった様に動いている。矢じりの先端には猛毒も塗ってあったはずだ、つまりは全ての矢は筋肉や内臓に到達していないのだろう。


 その状況に大人の狩人たちも驚きながらも冷静に対処している。時折り無防備な赤熊の目や口中を狙い矢を射っているが、あまりの凶暴さに性格に射止める事は出来ていない。


 更にはこの赤熊は突然変異種で賢いのか、自分の急所を巧みに守り大人たちに攻撃している。


「ちっ、しょうがねぇな・・・接近戦で仕留めるぞ」


 この狩組の班長である《流れる風》から陣形の変更の合図が出る。それまで距離を取り弓を射っていただけの大人達は陣形を変え始める。


(あ、あんな巨大な赤熊と直接戦うのか・・・)


 二階建て建物程の巨大な赤熊の間の前に、二人の大人の狩人がゆっくりと歩み寄って行く。



 一人は班長である《流れる風》


 軽装の革鎧に身を包み、森の中でも取り回しが効く短槍を手に持ち腰には帯剣をしている。


 もう一人はこの狩組で随一の体躯を持つ巨漢の男《岩の盾》


 全身を頑丈な硬革鎧ハードレザーで固め、左手に甲殻類の甲羅を重ねた巨大な盾、右手に槍と斧を組み合わせた大戟ハルバードを持っている。その姿は狩人というよりは最早重戦士の出で立ちだ。


「ちっ、まさか休養気分で来たこんな辺境で“魔混じり”の赤熊の相手をするとはな」


「これ程の赤熊は“魔の森”でもなかなか居ない。《流れる風》油断するな」


「ああ、分かっている」


 《流れる風》は少し面倒臭そうにそう呟きながら赤熊の直ぐ目の前まで進む。その歩みは隙だらけに見えて、異様な雰囲気を醸し出している。


 赤熊もそれを察したのか《流れる風》の力量を野性の本能で観察している。


「ガァルルゥゥウ!!」


 先ほどのよりも巨大な叫びを上げ、赤熊はその鋭い爪を振り降ろし目の前の矮小な生き物を引き裂こうとする。


「ハッ、遅せぇよ」


 それを難無く掻い潜り、尚且つ赤熊の懐に槍の一撃を食らわす。そしてそのまま一撃離脱で間合いを取る。


「ふん!!」


 赤熊が怯んだ隙に重戦士の《岩の盾》が、重量感溢れる大戟ハルバードを振りかざし強烈な一撃を繰り出す。更に怒りに燃える赤熊の一撃を左手で持った大盾で防ぎ相手の動きを止めた。


「よし今だ!」


 その瞬間を狙い距離を取っていた他の大人たちは、赤熊の急所を狙い弓矢で斉射する。それを受け更に怒り暴れ回る赤熊。《流れる風》と《岩の盾》は再び懐に飛び込み相手に強烈な一撃を繰り出し連携を取る。


(す、凄いな・・・)


 村の他の大人たちと何回か獣の狩りに行った経験はあったが、この狩組の大人たちは格が違う。体術・弓術・槍術とどれをとっても段違いに優れており、その中で別格なのは前衛を務める《流れる風》と《岩の盾》の二人だ。



《流れる風》はその人間離れした速さと体術で赤熊の強烈な爪や突撃を躱し、更には離れ際に赤熊の皮下脂肪の薄い部分を狙い強烈な一撃を食らわしている。


 一方の《岩の盾》の力はもはや人を超えていた。大木すら薙ぎ倒す赤熊の強烈な爪の振り降ろしを大盾で受け止め、尚且つ右手の大戟ハルバードで確実に傷を負わせている。


 何でもあの大盾は甲殻類の“魔獣”の硬甲羅を重ねた特製の盾で、あまりの重量に普通の大人は持ち上げる事も出来ないという。


 そんな人外の怪力で、ここに来る道中に何度もオレの頭にゲンコツを喰らわせたのだから、今思うと本当生きていてオレよかった、だ。


(それにしても赤熊は、恐ろしい程の耐久力タフだな・・・)


 こんな人間離れした戦闘力を持つ二人を有するこの狩り組でも、今のところまだ赤熊に致命傷を負わすことが出来ずにいた。


 赤熊の毛皮と皮下脂肪の防御力が、こちらの攻撃力を僅かに上回っているのだろう。賢いこの赤熊は自分の身体の特性をよく理解し、致命傷を避けながら深追いせずにこちらを攻撃している。


「ちっ、刃が悪くなって来やがった。こんな事なら“自前の剣”を持って来りゃよかったぜ」


「あれはまだ許しが出ていない、諦めろ」


 一撃離脱で何度も距離を取り直す《流れる風》は相方の《岩の盾》にそう愚痴りながら、切れ味が悪くなってきた手元の剣を確認する。赤熊の毛皮の下にある分厚い皮下脂肪は、こちらの刃物の切れ味を段々と悪化させるのだ。


 本来ならそうなる前に接近戦で仕留めたかったのだろうが、状況は悪くなる一方だ。この部族の大人は体力も人間離れしているが、それでも野生の獣の体力はそれを上回る。


 こちらの攻撃は致命傷を与えられず、反対に赤熊の攻撃を運悪く一発でも受けたら人は即死だろう。


「くそっ!」


 まだ幼いオレもただ見物していた訳ではない。


身を隠し距離を取りながら自分の短弓で援護射撃をしていた。だが大人の狩人たちの弓ですら、効果的な傷を負わせられないのだ。自分のこの短弓では赤熊にとっては蚊に刺されたにも等しいだろう。


(このままではマズイな・・・)


 この場の全体の状況を客観的に分析し、オレはそう心の中で呟く。


 事前の作戦では最悪の場合“退却”も有り得ると言っていた。


だがこの手負いの赤熊を放置しておけば、その怒りは近くの村に向けられるだろう。そうなれば非戦闘員である子供や老人を抱える村の被害は甚大になるだろう。


 それ程までにこの赤熊はこの大森林においても規格外の獣であった。


(よし!)


 意を決したオレはダメもとで赤熊の“頭部”を狙うことにする。


 先程までも赤熊の頭部に狙いをつけてはいたが、何しろこの戦いの中で荒れ狂い激しく動く頭部を狙うのは至難の技だった。


 だがこの赤熊に致命傷を与えるには、今や頭の急所を狙うしか術が無かった。


(どうせ子供のオレは今回の戦力には全く入ってはいなのだろう・・・それならダメ元だ!)


 これまで以上に集中し矢を射る。


 一本目の矢は外れ森の奥へ消えて行く。


(これじゃダメだ・・・相手の動きを予測してその先に当てないと・・・)


 だが二本目も外してしまう。やはりかなり難しい。


 だが意を決したからか、段々と自分の感覚が冴えてきたのが分かる。


『矢は腕で射るのではない、全身で射るのだ』


『獣を殺そうとすれば射る事は出来ない、その逆なのだ』


『周りの雑念は消すと音も色も無い世界に辿り着く・・・それが究極の狩人だ』


 これまで教えられた事を思い出し頭の中で復唱する。赤熊との戦いで高揚していた心を静め周りの風景や雑念を消し無心になる。命懸けで相手の命を頂戴し生きる。


 いつの間にか自分の三本目の矢は放たれていた。


 何も考えずただ無心で射った。


「ギャルゥウウウ!!」


 赤熊の悲痛な叫びが森の中に響き渡る。


 見るとオレの三回目に放った矢が、赤熊の豆粒ほどの小さな左目に突き刺さっていたのだ。


 赤熊は突然襲い掛かった激痛に苦しみ、僅かに動きが止まる。


「ん!?よし今だ!」


 一瞬何が起きたか理解出来なかった《流れる風》だが、その好機を見逃さない。


 前かがみになった赤熊の頭の急所に、気合の声と共に奥深く突き刺し致命傷を与える。更には重戦士の《岩の盾》がその大盾を赤熊の脳天にブチかまし抑え込み、二人がかりでその首を切断する。


 終わってみると最後は一瞬であっけないものだった。


あれ程凶暴で不死身だと思われていた赤熊も、頭を切断されあっ気なく息絶えたのであった。



・・・・・・



 無事に“赤熊”を仕留めたオレ達は、被害に合っていた村に報告に行く。


 その村の大人の援軍の共に、解体した赤熊を数台の荷台に乗せ村に運ぶ。


 仕留めた赤熊は毒で動きを鈍らせていた為に、内臓や肉類は食料としてはやはり食べることは出来なかった。


 だが赤熊の毛皮や骨・牙や爪は貴重な生活道具になる。


 本来なら獣を仕留めたオレ達に貰う権利はあるのだが、責任者である《流れる風》のオジサンが被害にあったこの村に寄付すると決めたのだ。


 この赤熊のお蔭で生活も困窮していたので、彼らには貴重な生活収入源となるだろう。


 オレ達はその晩は村で一泊し大歓迎を受けることになった。ささやかではあるが森の幸をふんだんに使ったご馳走と地酒までを頂く。


 村人たちは《流れる風》のオジサンをはじめ大人の狩人たちの偉業を称え、村の女たちは熱っぽい視線を向けながら酒を注いでいる。


(今日くらいは楽しまないとね)


 そんな事を思いつつオレも宴を満喫する。


 と言っても七歳のオレはまだまだ酒は飲めないので、ひたすら喰う専門だが。


 酒や色気より食い気な年頃なのだ。


 宴は遅くまで続きそうだが幼いオレ一足先に席を立つ。身体がまだ幼いので眠くなるのが早い。


「おい、ガキ」


「ん?」


 席を立ったオレに《流れる風》のオジサンが声を掛けてくる。


「・・・いや、何でもねぇ。明日も朝は早いからな」



 良く分からないがそんな事を言われオレは床に着く。



 (それにしても今日は本当に疲れたな・・・)


 今日一日の事を思い出しならが、いつの間にかオレは夢の中に落ちていく。






------七歳の日 終------








【登場人物&用語 紹介】


"オレ"

現代から異世界に転生した。現在の年齢は7歳(男)。特技:弓が少し得意

部族の風習で名はまだ無い。剣に憧れる。

初狩りで驚異の結果を出し、狩人満喫中。

その後も結果を出し思わぬ狩組に入れられる。

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