72羽:真の魔槍
『ひと』が来ている
沢山のひとだ
ひとはもろい
人は弱い
沢山のひとは手ごわい
ならばこちらも出そう
☆
魔の森に現れた、魔獣を生み出す『真の魔素』を浄化する為にオレたちは戦っている
大森林の戦士達を集結し、今はその『真の魔素』周辺に巣食う魔獣の群れを駆逐している最中だ
魔獣は手強い相手だ
森に住む獣に『魔』が憑依したモノで、その体は規格外に巨大化する
その爪牙は鋭く肥大化し、毛皮や甲殻も異常なまでに硬化し普通の槍や矢を寄せ付けない
そして人間の存在を察すると、異常なまでに凶暴化し襲い掛かってくる恐るべきモノなのである
大森林の中で突発的に出現し村を襲う
以前ならその魔獣の種類によっては、村ひとつを壊滅させられる事もあった
・・・・そう『以前なら』
☆
「戦術と狩術の組合せ」
以前の魔の森での魔獣の狩りと言えば5人から10人程度で1組の狩り組を作り各個に魔獣に対応していた
そうなると戦況は個々の戦士の力量に大きく左右され、また群れなどの突発的な魔獣に対応しきれずに狩り組が全滅する事も多々あった
今回は軍師の指揮の元、戦士団の部隊を中央、右翼、左翼、本陣、後方部隊と五つに分け戦っていた
それ以外にも広範囲に渡り周辺警戒隊を設置し、魔獣や『敵』からの強襲に備える
本陣に移動した軍師『知恵の実』セリーナ・ベルガーの指示の元、激しい訓練を耐え抜いてきた戦士達は柔軟に対応している
事前に指示して作戦通り、各大隊長は罠と毒、陣形を上手く使い魔獣達の数を少しづつではあるが確実に減らしている
木に登れない獣は木の上や高所から矢や槍を射り、身軽な魔獣は大盾隊で防ぎつつ打撃武器で圧殺する
時には足の速い戦士が囮になり魔獣を誘い、要所に囲い込んで殲滅する
「武具の進化と普及」
魔獣には普通の武器が通用し難い
これは魔獣と戦う上で長年森の戦士達を悩ませていた最大の問題だ
特別な鉱石で作った剣や槍などはその硬皮を貫く事が出来たが、如何せん数が少なかった
そこで獅子王の命令の元、鉱山と鍛冶の部族『山穴族』と共同で新しい武器の研究をし、魔獣の素材と金属との合成金属を使用した新しい武具を開発した
魔獣の硬皮すら切り裂く剣槍を生産し、また相手の鋭い爪牙を防げる魔獣皮の鎧も最善を優先的に普及させた
また、新たに開発された複合製の強弓によって、以前なら刺さる事もなかった硬皮に易々と矢が刺さる
いくら強靭な森の民であっても素手では決して魔獣には勝てない
しかし、知恵と経験、武器、そして勇気があれば決して勝てない相手ではないのだ
☆
・・・・こちらにも損害はあるものの、今のところ順調に戦いは進んでいる
前線から深手を負った戦士達が、オレのいる後方部隊に運び込まれ精霊神官や救護係りにより治療を受けている
森の民はこの森の中にいる限り森の精霊の加護を受け、身体能力が上がるだけではなく回復力も普通の人間より優れている
しかし、致命傷や失われた肢体などは回復することは出来ず、今も目の前で致命傷を受けていた戦士が絶命した
『勇敢に戦った森の戦士は森の土に帰り、またこの地に生まれ変わる』
そんな言葉もあり、森の戦士で死に行く者の顔はみな穏やかだ
しかし、同じく釜の飯を食っている仲間が死ぬ姿を見て、オレは何とも言えない心苦しい気持ちになる
みんな村に置いてきた家族を守る為、一緒に戦う仲間を守るため、そして、この大森林の暮らしを守る為に戦い死んでいく
それは遥か昔、この森に生まれた時から宿命として背負わされている『重荷』なのかもしれない・・・
しかし戦う戦士誰一人その表情に迷いはない
異世界からこの森に生まれたオレとしては、最初はその事に少し共感できない時もあった
十数年間この森で暮らし、オレもいつの間にかその志しが生まれていたのかもしれない
そんな仲間達の安らかな死に顔を見ながら、これからの作戦を遂行する為にオレは集中していた
☆
担当する後方部隊を優秀な副官に任せて、オレは周辺を警戒しながら移動していた
目的地は総大将である『白猫姫』がいる本陣のやや後方だ
今は強襲を警戒して、白姫ちゃんの周囲には警護の近衛戦士達が警戒しながら陣形を組んでいる
しかし、その陣形にもよく見れば1か所だけ隙がある
『左後方』
その部分だけがやけに手薄に見える
そして、その場所をオレは自分の小隊の部下と共に潜み、待ち構えている
『敵』はどういうヤツか分からないが、狙うとしたらこの場所からだ
・・・・逆にそこで待ち伏せし、『敵』を返り討ちにする
これが今回オレに与えられた任務だった
耳を澄ますと、オレ達のいる反対側の後方が騒がしい
規則的な獣足音が地鳴りのように響き、白姫ちゃんのいる本陣に向かっている
それは魔獣の群れだった
木や建物があろうがお構いなく、一度走り出したら全てを壊すまで突き進む猪魔獣だ
普通なら魔獣が湧く魔素とは反対から、何故か出て来た
しかも前衛部隊が順調に魔獣を倒し前進し、本隊と後衛と少し離れて孤立したこのタイミングだ
(何かが来る)
嫌な事だけはよく当たる、オレの勘が危険信号を発し始める
☆
猪魔獣の集団に突撃を喰らった本陣だが、今は左右に分かれ対応していた
猪魔獣は直線的な突進力こそ凄まじいが、左右や上への対応が鈍いため、事前に動きを察知さえしていれば対応はしやすい
今回も本陣周辺に広く散開させていた見張りからの連絡で、すぐに陣形を変えて対応していた
お蔭で白猫姫様を中心に防御の陣形を組んでいたのが崩れてしまった
その総大将である姫様、今はその猪魔獣を直接狩る先頭にいた
小賢しくも散らばって逃げた人間達を方向転換して圧殺しようとする猪魔獣
その近くに一人の女戦士が立っている
勢いをつけて加速をしようとした瞬間、その女戦士は魔獣のすぐ側まで跳躍し身の丈と同じ位の大戦斧を振りかざす
ドスン
頭と胴体が離れ離れになったその魔獣は、暫くの間自分が死んだ事も気付かないまま数歩進み息絶える
それを見たその女戦士は満足そうに、そして面倒臭そうにまた次の獲物を見つけて駆け出して行く
(普通、魔獣は数人一組で囲み牽制しながら徐々に倒していくもんだけど・・・・相変わらず姫様はデタラメな戦闘力だ)
白猫姫の戦闘力はそれ一人で魔獣すら超越している
それを木の上で見ていた男は苦笑いを浮かべながら突っ込みを入れていた
(それにしても、このタイミングでこの魔獣の群れの突撃・・・これは何かあるな・・・・)
そう思いながらその視界には猪魔獣を蹂躙している白猫姫を入れ、周囲を注意深く警戒していた
その男、弓の名手『白狼の尾』の目は全てを見通す目だ
☆
『ソレ』は突然いた
数体目の猪魔獣を狩った白猫姫の背後にソレはいた
移動してそこに現れたのではなく、突然いたのである
この『白狼の尾』の目を持ってしても気付かなかった
その気配に瞬時に気付き武器を構え振り向く白猫姫
《我に気付いたか。流石はいまいましい森の王の娘よ。》
ソレは低く重い声で語り掛けくる
「・・・お前が私の大事な部下を殺してくれたヤツか。面倒臭いけど相手をしてやるよ」
相手に向き合いそう言い放つ白猫姫
しかし、そう言いながらも左手を上げ誰かに合図を送る
その合図と共に周囲の森の中から、凄まじい勢いで矢の群れが襲い掛かる
ボトッ、ボトッ、ボトッ
全身ハリネズミのように突き刺さったと思われた矢は、なんと全て薙ぎ払われソレの周囲に落ちていた
全てが対魔獣用の剛弓から射られた硬矢だったにも関わらずだ
《相変わらず人間というものは小賢しい真似をする》
まるで肩に積もった埃を払う程度の動作で、ソレは矢を薙ぎ払いを難無く歩いている
「やはりこれ位では殺れんのかね。本当に面倒臭い奴らだ」
弓矢での奇襲を諦めたのか、白猫姫は右手の大戦斧を持ち直し相手との間合いを詰めその胴体を薙ぎ払う
その凄まじい速度と大斧の重さを利用した一撃必殺の技である
ガギン
・・・・私は信じられない光景を見た
ソレは姫の大戦斧をその槍を使い片手で受け止めたのだ
獅子姫の力、特にその大戦斧を振り回す剛腕は大砦の戦士の中でも群を抜いて強い
いや、自分の見てきた限りではこの大森林の戦士の中で1、2を争う程の力だ
普段はその面倒臭がりの性格が災いし、あまり前線に出て来ないが、一度狩場に出たなら先ほどの猪魔獣を仕留めた時のように一撃でその硬皮を切り裂き叩き潰す
生まれ持っての才能なのかもしれないが、密かに日々鍛錬を重ねている事を私は知っている
また剛腕だけでなく、その戦闘センスや身体能力も全体的に非常に高く、正面から彼女と打ち合い勝てるものなどそうはいないだろう
それこそ、彼女の父親である大族長『獅子王』様、大森林の英雄『流れる風』殿、森の賢者『地槍』の三人ならなんとかなるかもしれない
もしかしたら、あと数年もしたら妹である『獅子姫』様や、あの小僧もいい勝負をするかもしれない
それも、彼らの戦いも接戦という位の実力差である
姫様は初撃を受け止められても尚諦めてず、凄まじい勢いで戦斧をソレに打ち付ける
しかし、その攻撃さえもその槍で易々と受け流している
圧倒的な力の差が見える
(しかし、それでも!)
相手の槍が戦斧により動きが止まった瞬間を狙い、私は弓で矢を射る
相手の死角からの連射だ
1本目の矢の影に2本目の矢を隠す秘技『影矢』
動体視力や反射神経がいい敵ほど、この2本目の矢は見えない必殺の弓技だ
《・・・・・壁槍》
カンカン
その必殺の矢も相手の槍にはじかれた
まるで見えない壁に矢が弾かれているようだ
「ぐふっ」
そのまま戦斧を槍ではじかれた姫様は斧ごと吹き飛ばされている
とっさに受け身をとっていたので大きなダメージはなさそうだが、槍により腹部に傷を負っている
しかも、剛腕な彼女が戦う相手に、純粋な力のみで吹き飛ばされた体験は初めてだろう
その顔には珍しく戸惑いの色が見えていた
その光景を見た近衛の戦士たちがソレに向かい一斉に斬りかかる
四方からの同時攻撃だ
《・・・山嵐槍》
一度に四突き、今度は相手に防御させる事もなく心の臓をそれぞれ貫き絶命させる
(何という腕力だ。いやそれ以上に槍使いとしてその技が異常だ・・・)
この大森林では見た事のない槍技を次々と繰り出し殺戮している
ソレは再び周囲から放たれた矢を薙ぎ払いながら、襲い掛かってくる重量級の戦士達を刺し殺しながら、動きを止めている姫様の近くにゆっくり近づいて行く
(マズイ、このままでは姫様が殺られてしまう)
姫を警護する近衛戦士団は大盾と長槍を構え、ソレの前身を止めようとする
《・・・蛇槍》
蛇のようにその槍が動き大盾の隙間から戦士達の命を刈る
白猫姫様をはじめ歴戦の近衛戦士団が束になっても敵わない・・・
その光景を見て周りの戦士達の足が止まる
そして、相手の槍の間合いに入り一歩も動けなくなる白猫姫
しかし、その目はまだ諦めてない
(クソッ!何か打開策がないか・・・・)
その時、弓矢を構えながら諦めてかけていた私の視界に一人の青年の姿が入る
この一方的な殺戮を前にし、驚きながらもその目には強い光が宿っていた
・・・・・『魔獣喰い』が現れたのである




