9羽:赤熊
深い森の中を進むその集団は口数も少なく、どこか皆ピリピリしている。
森の民は基本的に前向きで陽気だ。どんなに生活が苦しく、厳しい狩りの道中であっても笑顔を絶やさず上を見て生きている。
だが今回“オレ”の参加した狩組の雰囲気は緊張感に溢れていた。比較的口数が多い大人の狩人から聞いた話では、どうやら今回は大物で危険な獣を狙うようだ。
どうやら近隣の村からのオレ達の住む村へ、救援の要請が来たという。ちょうどこの《流れる風》の狩組が帰郷していた事もあり今回派遣される事となった。
何でもその近隣の村の近くに、凶暴な獣が住みつき貴重な植物や野生動物を根こそぎ喰い荒あらし困っているという。勿論その村からも討伐隊を差し向けたのだが、逆に返り討ちあい撤退したという。
それ以降も貴重な食糧の生命線である狩りや採取にも行けず、その村は困窮して困っている。今のところ村に襲いかかっては来ないが、万が一その獣が村に侵入して来たらそれこそ被害は拡大する。
(信じられないな・・・この民の大人たちでも狩れない獣がいるなんて・・・)
前にも言ったがこの部族は身体能力と戦闘能力に優れている。それこそ巨大な大戦斧を振り回し、幹さえ貫通する剛弓すら軽々引き絞る集団なのだ。
確かにこの森の獣も現世の野生動物に比べて遥かに巨大で獰猛だ。それを差し引いてもたった一匹の獣に一つの村が壊滅の危機にあるとは考えられなかった。恐らくは自分がまだ見た事もない様な凶暴な獣がこの森にはいるのかもしれない。
まだ子供の身体でどこまで役に立つか分からないが、そんな事を考えつつオレも少し気持ちを締めて足を進める。
行動範囲の広い森の民の隣村までの距離は意外とあり、途中休憩を挟みながらの移動となる。
その行程で今回オレが特に注目していたのは長である《流れる風》だ。
村の大人たちの話ではこの男は大森林でも有数の狩人であり、尚且つ“英雄”と敬われている戦士だという話だ。今は休養の為に一戦を退いてはいるが、かつてはこの森の危機を救ったまで謳われている
チラッ
移動休憩中、そして昼食中の至る場所でその男をチラ見する。
ぱっと見は三十代位で不精ひげを生やしボサボサ頭だが、その目つきは鋭くよく見ると結構いい男だ。自然体だがその身のこなしに隙が無く、目線や気配が読めない掴みどころのない感じだ。
だが観察しているととある事に気付く。
(ん?たまに、誰にも悟られないように、同じ狩組の露出の多い女狩人の人の身体を見ている様な・・・まさか、気のせいかだよな・・・・)
亜熱帯な気候なこの森の部族の女性達は肌の露出も結構多い。
今回は凶暴な獣を狩りに行くという事で女狩人も流石に軽装ではないが、休憩中に流れる汗を拭く為に服の隙間から素肌を布で拭いていた。刹那のその瞬間を見逃さず女狩人のチラ見する素肌を見ているようだ。
(見られている本人はおろか、他の腕利きの戦士たちも悟られていない・・・何という技術だ・・・・)
恐らくはコレは、“目”が異様に優れている自分にしか気付かない程の“高等チラ見”なのであろう。この緊張感のある中でこんな技術を自然に使うとはやはり只者ではない、《流れる風》。
(だが、この“チラ見技”は使える・・・)
オレはその技を盗見るように《流れる風》をこっそり観察する。
ゴンッ
気配を消して見つめていると、後ろから突然ゲンコツがオレの頭に落ちてきた。
(うっ・・・頭が割れそうだ・・・いや、割れただろう、これは)
自制心で何とか声を出さずにその場にうずくまる。痛みから回復し後ろを見ると、この狩組の熊のような大男がそこに静かに立っていた。
「集中しろ」
巨躯なその男は終始口数が少ない。その言葉を解釈すると、余所見をしないで任務に集中しろという事らしい。
先に口で注意してくれてもいいのに皆直ぐに手を出してくる。これだから森の荒くれ者どもは困る。
だがオレはまだ七歳の純真無垢な子どもだ。素直に謝りまた周囲の森の見張りに集中する。
(“チラ見”の習得は徐々にしていこう。それにしてもさっきは気配を全く感じずに後ろに立たれたな・・・)
一応警戒はしていたつもりなのに、無防備な背後に立たれたのが子供ながらに悔しい。流石はこの地域でも腕利きが揃った狩組の大人たち。
森の中の歩き方や周囲の気配の配り方、休憩や見張りの仕方などもとても勉強になる。
『目で盗め』
村にそんな格言があったような気がする。どっかの職人の言葉のようだが口うるさい職人気質は異世界でも変わらないのだろ。
・・・・・・
そうしている内に救援要請のあった隣村に近づく足を一度止める。偵察の斥候を出し状況を確認するのだ。
オレ以上に地味な偵察役の小男が霞のように森に消えていく。目の前にいたのに視線の隙を狙い消えていくようだった。
(これは凄い・・・成る程)
オレはその消え方も目に焼き付けおく。何しろ地味分野では自分の将来性も負けてはいない。
しばらくして偵察の小男が帰ってきた。
全員で集まりその内容に耳を澄ます。何でもこの先の洞穴に大きな“赤熊”が居ついているという。そして今回の狩る目的はその獣で間違いないという事だ。
“赤熊”
村の大人たちの話ではこの大森林に生息する熊の中で最大級の巨躯を持ち、知恵も働き性格は凶暴で底なしの雑食で、一度現れたなら周囲の木の実や動物を貪欲に食べつくしてしまうという。
巨大な身体の割に移動速度も早く、全身を固い毛皮と分厚い皮下脂肪に守られ刃や矢も通り難く、腕利きの狩人でも仕留めるのにはかなり苦労する大型獣だという。
「くそっ、やっぱり“赤熊”か・・・」
「一撃でも喰らったら終わりだな・・・」
“赤熊”と聞いて何人かの大人たちが顔をしかめる。これ程の歴戦の狩人が揃ってもやはり“赤熊”は手強いのだろう。
そんな危険な獣が相手では七歳児のオレは何も出来ないような気がする。何しろまだ身体の筋力が十分に出来ていないので単純な力は弱い。
日頃の鍛錬の成果で的に弓矢当てるのは得意だが、そんな分厚い大型獣に致命傷を与えられるとは自分でも思えない。
(ここは大人たちに任せて、頑張るふりをして静観してようかな・・・・)
そんな呑気な事を考えていると、また大男のゲンコツが背後から頭に落ちてくる。本日二度目。
「うぐぅ・・・」
声にならない声が漏れる。
ズルはいけない、真面目に集中しろということか。
流石に森の男はカンが鋭い。超能力者並だ。
傍観作戦が通じないと分かり、オレは気持ちを入れ替え真面目に《流れる風》が立案する作戦を聞く。
作戦の流れは意外と簡単だった。
赤熊の巣穴の近くに罠を設置し、そこに追い込み毒矢と毒槍で仕留める。
(珍しいな・・・毒を使うのか)
オレがそう思う様に普段の狩では滅多に毒は使わない。何故なら“食べる”獣しか基本的この森の民は狩る事はしない。
だが村の者たちは薬草だけではなく毒の精製にも通じている。それは今回の様に手におえない凶暴な獣に対しては躊躇なく毒を使い退治する為だいう。
(毒で仕留めた赤熊肉は食べられるのだろうか・・・・オレは毒キノコも何故か食べられたからイケそうな気もするが・・・)
まだまだ成長期
まだ見ぬ赤熊の肉に心が躍る。
「さあ、行くぞ」
リーダーである《流れる風》の掛け声と共に、いよいよ危険な“赤熊”狩りに七歳児のオレも向かう。
【登場人物&用語 紹介】
"オレ"
現代から異世界に転生した。現在の年齢は7歳(男)。特技:弓が少し得意
部族の風習で名はまだ無い。剣に憧れる。
初狩りで驚異の結果を出し、狩人満喫中。
その後も結果を出し思わぬ狩組に入れられる。




