prologue
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「颯夏! 囲まれてるよ!」
さっきからずっと周りに目を光らせていた春菊がそう叫ぶ。
咄嗟に反応した冬恣がぎょっとして振り返った。その瞬間舌打ちしてオレ達に背を向けたから、結構な数がそこにいるんだろう。
「冬恣、お前は前を向け! 時雨と紅葉と葉月で後ろを片付けろ!」
慌てて指示を飛ばす。
脱走を始めてまだ一時間程だが、既にここには人が集まりつつあった。
「春菊、向こうは何人来てる?」
「えっと──に、二十五人」
「にじゅーごって…………多すぎねーかおい。こっちは七人だぞ」
「そんだけビビってるって事だろ。あいつらは才能無かった奴等だからな」
せせら笑って返してやる。隣は伺えないが、確かに、と冬恣が笑ったのが聞こえた。
(視認できてるのは十人ちょい。…………ってことは、半分以上が後ろか見えないとこにいるって事か)
思わず舌打ちしたくなる。
子供の、しかも少数の集団によくもここまで人数を集めたものだ。そんなに暇ならこの壁の中にいる奴等の環境を改善してほしい。家畜だ人外と罵って労力に強いるが、見た目も中身もおんなじだとなぜ気付かない? おんなじ人だとなぜ気付かない?
ここに集まっている大人たちはみんなそうだ。
自分の子供に向ける目とは明らかに違う目でオレたちを見ている。
そんなに嫌ならいいさ。オレたちを単なるゴミとしてしか見られないのなら、見ていることですら吐き気を覚えるのなら、お前たちの前から消えてやる。
そう思って行動してやっているというのに、お前らはまた邪魔をする。いいじゃないか。餌代が減るんだろう? どうせ死んだらミキサーにかけて仲間たちに食わせるんだろう? 薬は勿論、休憩すら与えようとしないじゃないか。風邪で死ぬような環境は、お前たちが作ったんだろう?
オレたちは人じゃないんだろう?
人じゃないと豪語する奴らは、人じゃないと断言された俺らに躊躇なく銃口を向ける。淡々たる粛清。いや、最早意味のある行為だともとらない。ただの掃除を遂行しようとするんだ。
だからオレたちも構える。対抗する。殺されないための努力をする。生きながらえるために考える。
そうしてココを出ていく。
あの高い壁の上で、ココにいるやつらを見下してやりたいのだ。
「で? どーすんだ? 颯夏」
「このままじゃ、端から捕まっちゃうよ」
「また独房かぁ」
「逆さ吊りだけで勘弁してほしいわ」
方々から仲間の声が上がる。
捕まった後のことを考えた消極的な意見とは裏腹に、それぞれの声色に諦めの色は無かった。
今度こそ成功させる。
目の前の壁を抜けて、その先の森に入ってさえしまえば後はこっちのものだ。この暗い真夜中でオレ達を相手取る程、あいつらも馬鹿じゃない。
それが自殺行為だということくらい、あいつらにだってわかる。
だから、みんなのやる気だけはまだまだそこをついてはいなかった。
「──冬恣。みんなにだけ膜を張れるか?」
「んあ? できるけど、何すんだ?」
冬恣が呆れ顔で聞いてくる。
冬恣の張れる膜はその性質上薄く、弾丸はギリギリ防げるかどうかのモノ。雨あられと鉛玉が降ってくるこの状況で、そんなものは対して役に立たないだろうと、そう思ったのだろう。
「一回だけ防げればそれでいいんだよ。時雨」
「おう?」
微妙にカッコつけて冬恣に言ってやる。うまく飲み込めていない表情の冬恣を置いて、後ろを向いて追っ手の奴等と対戦している時雨に声をかけた。
パチパチと不穏に鳴る雷の玉を片手に、時雨は丁度ナイフを投擲したところだった。
「五秒間、あいつらの気を引いてくれ。出来るよな?」
「できるけど……なにするんだよ」
「それはお楽しみ」
軽口を叩いて雰囲気を軽くする。
冬恣がみんなをそれとなく一箇所に集めているのを感じながら、オレは既に両手に力を込めていた。時雨はそんなオレを見ながら、ため息をついて雷の玉を作る。さっきまでより少し大きめの、激しい雷。
「あんま無理すんなよ?」
「おう。努力する」
そう言われ、そう返す。
笑顔で言ったオレに時雨は苦笑し、その瞬間手の中の雷は真上にうち上がった。
花火のような勢いで、それは上空で大きく輝いてあいつらの視界を埋め尽くす。それと同時に冬恣は防護壁を張り、刹那のあとにオレは両手の炎を開放した。
酸素のない狭い空間で辛うじて燃えていた光。
それが突如として酸素を得たらどうなるか。
土壇場で命を乞うあいつらの表情を見た気がした。
一瞬の轟の文字の後、あたりは焼け野原と化していた。
「────西門と東門から出た奴等、大丈夫かなぁ」
誰ともなく問う。
そして、誰ともなく応えられなかった。
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