希望
僕は『普通』に囲まれてる。
ごく普通に健康に生まれ、ごく普通に育ち、ごく普通に恋愛をし、そして結婚し子供を儲け、育み慈しんでいる。時折、体が弱い人だって居るし、家庭環境が複雑な人、恋愛が上手くいかない人も、子に恵まれない人も、子育てに悩んでいる人も居るが、それが概ね『普通』の範疇を出ない、そういう人たちで溢れている。
僕は普通ではない。
ごく普通に健康に生まれたが、同性を恋愛対象とし、将来『普通』に子供を儲けることも慈しむ事もないだろう。そういう意味での、『特別』だ。あるいは『少数派』。そういうカテゴリーに属している。
5歳の頃には違和感を感じていた。
将来は男になって、お父さんにみたいになるのだと公言し、周囲を笑わせていた。
7歳の時には、自分が女として生まれたことを認めながらも、男と変わりなく暮らせると信じていた。
11歳の時に体に変化が起こった。自分が男になるのは不可能なのだと知った。
13歳で、自分の恋が社会に認められるものではないのだと理解し、諦めた。
今、大人と呼ばれる年齢になった。余り変わりはない。
自ら伝える努力を放棄し、家族の善意に怯え、日々取り繕って生きている。僕のことを、男っぽい女だと思っていても、悩んでいるとは考えても居ないだろう。
時々、夢想する。将来を幾通りにも想像する。
もしも、カミングアウトしたらどうなるだろう。
きっと親は笑うだろう。お前どうしたんだ、疲れているのかと心配するだろう。
これまで取り繕ってきた、キャラクターが仇をなすだろう。
それでも、これは本当なんだと言ったらどうなるだろう。
きっと親は、治療を勧めるだろう。いや、強引に連れて行かれるかもしれない。そうしたら、僕はきっといつものように取り繕うのだ。これまでもしてきたように、すぐに諦めて。
もう治ったよ、とでも言うのだろうか。
疲れてたんだ。ごめん。きっと二度と言わないと思うよ。なんて馬鹿みたいに笑うのだ。
誰にも何も言わないまま、生きていったら?
僕は、最期まで独りだろう。
周囲の期待を裏切れるほど、僕は強くない。偏見のある人を恨めるほど、厚顔にはなれない。
それでも断ち切ることも出来ず、『普通』と呼ばれる生き方も出来ず、中途半端な歩みを続ける僕は一体何のために生まれたのだろう。
神様、と。
僕が間違いの存在であるなら、なぜ生み出したのですか?
僕が正しい存在であるなら、なぜ苦しんでいるのですか?
僕が開拓者であるなら、なぜ弱いのですか?
そんな風に、自分以外の人たちを詰り続けるんだろう。
きっと、僕らはペリーなんだと思う。
江戸の人たちは、大海原の向こうに別の国があることを想像できても、そこに住んでいる人までは想像できなかった。だから驚き、戸惑い、国を挙げての大騒ぎになった。
ペリーの顔を鬼に描いたりして、人間じゃないって思い込もうとしたんだろう。
その気持ちが僕には分かる気がする。
僕だって、街にアフリカ人がやってきて困っていたとしても、手を差し出せないだろう。
同じ人間で、言葉は違っても心がある。それを理解しても、戸惑ってろくに握手も出来ないだろう。
何年も掛けて、相手の言葉を覚えたりして、相手も日本語を覚えたりして。向こうの文化を教えてもらったりして。そうやって、時間を掛けて僕はその人に歩み寄っていくんだろう。
ペリーは、ちょんまげを馬鹿にした。未開人だと判定した。
僕はそうはなりたくない。
今、偏見がある人を馬鹿にして、踏みにじるような生き方をしたくない。 親に育まれたのは、兄弟に愛されたのは、友と笑いあったのは嘘ではないから。
ペリーに、ハローなんて言える人は誰も居なかった。
でも、160年たった今、ハローなんて子供でも言える。
160年。
気が遠くなりそうな年数だ。
それぐらいの時間があれば、僕も勇気を出せるようになるかもしれない。
それぐらいの時間があれば、皆、笑いあえるかもしれない。
まだ信じれるほど強くはないけれど、そんな日を望むことだけは諦めないように生きていこう。
ハローハロー。
ああ、可愛い彼女だね。
ハローハロー。
そうなんです。可愛いでしょう。
ハローハロー。
のろけんなよ。
そんな日を。