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異端-吸血鬼事件-  作者: 彩葉 陽文
Chapter4 原因の反転/八日目
13/18

2

 近づいてくるバイクに気づいたハクは、その場でいきなり、背後に体を倒した。

 後転の要領で一回転するハクの顔の真上を、振り回された角材が通り過ぎていく。ハクの想定外の行動でバランスを崩したのだろう。通過しかけたバイクは車体を不安定に揺らす。急ブレーキと共に、バイク後部の荷台に座っていた少年が飛び降り、ついで転倒しかかったバイクから避難するように運転手の少年も飛び降りた。

 飛び降りた少年たちはわずかに戸惑っているようだったが、すぐに目的を思い出したのか、それぞれバットと角材を構え、倒れたハクに向かっていく。ご丁寧に、黒い覆面をかぶっていて、顔はわからない。

「ハクっ!」

 ぼくは叫び、駆け寄った。

 バットを振り上げる少年の懐に、ぼくは飛び込むように入っていって、握った拳を振り上げる。

 空気が裂ける。相手の手を思いっきり殴り上げると、すっぽ抜けたバットが宙を舞う。ぼくは、バットの行方を確認することはせずに、すぐにその場で一八〇度体を回転し、今まさに、ハクの頭上に落下しようとしている角材を右手でつかんだ。

 相手の少年は驚いたように体を痙攣させる。

 ぼくは止まらない。

 角材を握ったまま低い体勢を取り、足を回して、少年を転倒させる。相手の手の力が緩んだ一瞬に、角材を引いて、その反動を利用して角材を体を軸にそのまま回転。

 円運動。

 回転する角材の先は、バットを手に持った少年の後頭部に衝突する。

 それほどダメージにならないことはわかっている。どちらとも。けれども、怯ませることはできた。

 その隙にハクを立たせて背後に庇いながら公園の中まで後退する。

 奪った角材を木刀のように構える。

 木刀代わりにしては、少し長すぎるけれども。

 さらに続く、バイクの音。

 一台、二台…………。

 五人だ。

 ぼくは、息を吐いて、そこで初めて、これが何なのか、何が起きているのかを、考えた。

 ハクを――ハクを狙っている?

 ああ、またか、と思う。

 懐かしい、とも。

 以前はよく、ハクは狙われていた。一年前は。

 ぼくとハクが出会ったころ。

 フジヤの《クレスト》による素土の街の支配が、ほぼ最終段階に来ていたころのことだ。

 フジヤは《クレスト》を結成して街を支配するのに、かなり荒っぽい手段をも使用していたのだという。

 詳しくは知らないし、係わる気もない、けれども。

 フジヤとかつて同じチームで、今も交流がある。それだけでハクが、素土の街の、少しずれた向上心に溢れる異端なる少年少女たちに、様々な意味で狙われるのは当然だった。

 その意味で、この状況は懐かしい。

 誰かが集団でハクを襲いに来て、それをぼくが防ぐ。

 この状況は当時とよく似ている。

 フジヤに赤と青、二人の護衛、そして《クレスト》のメンバーたちがあるのと同じように、ハクにはぼくがいる。なんて。少し自惚れてみたりする。

 フジヤが、《クレスト》が、ぼくを、ハクと同様に扱ったことを、考える。

 シュンには見向きもしなかった、ほとんど無視していた彼らが、ぼくに一目を置いた理由を、考えてみる。

 一年前の結果。

 いや、それに意義を見出すのならば、成果と言うべきか。

 組織を捨てたハクが、『戦力』と呼ばれるものをほとんど持たずに、この街で一定の地位を保ち続けていた理由を。

 例えばフジヤの傍に常に付き従い、片時も離れない護衛、赤と青。

 例えば占い師《楽土》の、過剰なまでの防衛システム。

 この街で力なくして目立ち続けることは、実のところ恐ろしく難しい。

 光花市随一の、高犯罪発生率地域、素土。

 その土地のほとんどが埋め立てと造成による新興のものであるため、七家の支配が及ばなかった、予め見捨てられた土地。

 その知恵は多くの人間から一目を置かれていたものの、ハクにはほとんど戦力がなかった。ハクの存在が過剰なまでに注目を集めるようになったのは、フジヤの活動の発展と連動している。しかしハクは、頑なまでに《クレスト》に参加しようとはしなかった。

 理由はわからない。ぼくだって、いまだに知らない。けれども、そのままではいつどこで誰に襲われるかもしれない。

 危惧は高まり、いよいよ現出しようとした、そのころ――ぼくと、ハクは出会ったのだ。

 それは偶然だったのか、必然だったのか、よくわからない。

 ぼくが《紅十字》と――ハクの《斑の賢者》と等価のように語られる、その原因。

 一年に渡って、ハクに襲ってくるどんな集団であろうとも、ほとんど一人で、完璧に退けたという、実績。

 七家の一つ、杜代家の、力。

 そして、杜代家から出て、一人暮らしをするようになる、原因を作った力。

 目の前の少年たちは、一年前からの流れと根を同じくするものなのだろうか?

 ハクを、ただフジヤの友達だという理由で襲おうとする者たちなのだろうか?

 ぼくの背後でハクがつぶやいた。

「しまったな……思ったより行動が早い。チコたちを遠ざける前に来てしまった」

 ……何?

 ちょっと待て、ハク様。今の言葉は聞き捨てならないぞ?

 ぼくはゆっくり振り向いた。

「今、なんか変な言葉を聞いたような気がしたのですが? ハク様」

「ん? 何がだ? すべて予定通りだ。気にするな」

 いやあんた。今、予測が外れたみたいなこと、言いませんでしたか?

「『しまったな』とはどういうことですか?」

「予測が外れた、ということだ」

「何を予測してたんでしょうか?」

「こいつらが『もう少し後に(ヽヽヽヽヽヽ)』襲ってくることをだ」

「予定通りってのは?」

こいつらが襲ってくる(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)という、予定だ」

 あー、つまり――

「全部あんたの差し金かっ!」

 頭の配線がすべて一本につながるような衝撃。

 まさしく電気が走ったような閃き。

「うわっ。なんかわかってきたぞ。うげっ、なんて無茶なことするんだ、この男はっ!」

「大丈夫だ、キョウ。君ならこんなザコの五人や六人、簡単に倒せる。信じてるぞ」

「こ、このやろう。自分に戦闘力がないからって無責任に好き勝手なこと言ってるよ」

「適材適所だ。おれは脳。お前は手足。ほら、手足。脳の命令に従え」

 開き直りやがった。つーか、本性?

 少し腹が立つ。けれども、逆らう気には、なぜかなれない。

 ぼくはため息をついて、改めて角材を両手で握り、構えた。

 角材は木刀代わりにしては少し持ちにくく、長すぎて、バランスも悪かった。

 剣術を習っているのは強くなるためじゃない。ぼくにとってそれは、身の内から溢れる杜代家の力を制御する、一手段としてのもの。

 さて、見せようか?

 素土の街最強と呼ばれたこともある、その力を。

「お、お前ら、何を話してるんだっ!」

 覆面の男の一人が、耐え切れなくなったように言葉を吐き出した。

 ハクの含み笑い。

「くくっ」

「な、何がおかしいっ!」

「いや、なぁに。声を出さなければまだしも誤魔化しが聞いただろうが、声を出してしまってはお仕舞いだな。とことん滑稽すぎて、哀れだな。お前たち」

「なんだとっ!」

「まあ、どっちにしろ、全員捕縛するけどな」

 いや、捕縛するって、するのはぼくだし……ハク様。その笑い、なんだかひどく邪悪っていうか、悪役っぽいです。

「て、てめえらっ、何を話してやがるっ!」

 覆面の男は叫んだ。ぼくには彼らが何者か、わからない。けれども、わかっていることは一つ――いや、二つ。

 ぼくは振り向いて、ため息をついた。

 改めて角材を持ち直し、軽く振ってみるとやっぱりバランスが悪い。

「ああーっ、もう、持ちにくいなぁ。なんだってんだ、このやろっ」

 不機嫌な気分で角材を土の地面に思い切り叩きつける。

 みしっ、と音がして、角材は二つに折れ曲がった。

 折れ曲がっただけだ。完全に折れて二つになったわけではない。ぼくは毒づく。

「ちくしょう。折れるならきっちり完全に折れてくれよなっ。ああーもう、中途半端」

 折れた先を右足で踏み抜いて、強引に二つにねじ切る。

「キョウ。思い通りにならないからといって、八当たりはやめた方がいい」

 その言葉は正しいかもしれないけれども、ハクだけには言われたくないと思う。

「何なんだ! てめぇらっ!」

 覆面は叫ぶ。

 本当に、何なんだろうね?

 ぼくにもよくわからないや。

 やや短くしすぎたような感じもするが、長すぎるよりはずっと使いやすくなった角材を構え、ぼくは笑った。

「まだわからない? そうだね、ぼくにもわからないかも……けれども、これだけは言える」

 初めて、まともにかけた声に、覆面たちはやや戸惑ったように小さくざわめき合う。

「君たちはぼくに勝てないことと、君たちはハクの策略に乗せられて、出てきてしまった、ってことだ」

 言い捨てて、ぼくは走る。

 一気に間合いを詰めて、驚愕の声の漏れる覆面集団の真ん中で、角材を一振りした。

 咄嗟に仰け反る覆面連中に一瞥を向けて、ぼくは、戦闘の始めには必ずすると決めている行為を、決行した。

 すなわち、大地に、垂直に、叩きつけるように、角材を突く。

 ダンッ

 軽やかとも言える衝撃音を大地から空気中に拡散させて、棒高跳びの要領でぼくの体は宙に浮く。――ただし、棒は手放さず。

 その高さ、軽く3メートル。

 突然の人間離れした跳躍力に、戸惑わないものはほとんどいない。

 彼らの頭上を飛び越え、背後に降り立つ。目の前の背中に肘を思い切り叩きつける。それでまず一人。角材を振るい、振り向きかけた一人を、構えた金属バットの上から殴り飛ばす。それで二人目。二人目を殴り飛ばしながら体を沈め、隣に突っ立っている覆面に軽く足払いをかけたところを急激に体を起こして突き倒す。三人目。角材を少し離れた位置に立っている覆面に放り投げ、よけるためバランスを崩したところを一気に間合いを詰め、タックル。四人目。最後に一人残った、最初に叫んだ覆面を、余裕を持って殴り飛ばし五人目。

 五人の覆面たちは、一様に地面に倒れたり、しりもちをついたりしている。

 それを確認してぼくは、ふぅっと息を吐いた。

 ほとんどそれは、一瞬の出来事。

 彼らにダメージはほとんどないだろう。ぼくは攻撃に力を入れてはいないし、相手の力もそれほど大きくはなかったので、反動は少ないはず。ただ、認識できる最小単位に極めて近い瞬間で倒され、彼らは呆気にとられている。

 ぼくは笑った。

 構えは解かず、警戒は緩めなかったが。

 ぼくの隣にハクが歩を進めてきた。

「はははっ。だから言っただろう。お前たちは勝てないと」

 ……いや、ハク様。何であなたが勝ち誇るのですか?

 戦ったのはぼくだ。

 それも、相手にダメージはなく、これ以降も戦闘が続行されると仮定すれば、第一段階に過ぎない今の状況で勝ち誇るのは間違っている。

 間違っているといえばああ、そうだ。チコが大人しい。シュンが大人しいのはいつものことだけれども。

 これほどハクが偉そうに喋っているのだ。いつもだったらチコの賛辞や意味不明の爆笑が入るところだ。

 どうしたのだろう? とちらりと背後に視線を向けて、ぼくは首を傾げた。

 ぼくとハクの背後にいるのはシュンだけで、チコの姿はない。どこへ消えたのかと視線を巡らせた瞬間だった。

「きゃぁぁっ」

 公園の別の出口付近。チコが覆面の男三名に追いかけられていた。

 考えるより早く、ぼくは駆け出していた。駆け出しながら考え始める。

 どうしてこんな状況に? チコは別出口から逃げようとしたのか? ハクがいるのに? いや、そうではなくて。邪魔にならないように離れようとしたところを見付かって追いかけられているのだろう。お世辞にもチコの足は速いとはいえない。追いつかれるのは時間の問題に思えた。

「助けてーハクぅ!」

 チコの悲鳴でぼくは力が抜けそうになった。

 いや、チコがハクに助けを求めるのは当然過ぎる行為だけれども。助けに行くのはどうせぼくなんだから、少しは気にしてほしかった。

 ――けれども、わずかに力が抜けそうになったせいで、ほんの少し追いつくのが遅れることとなり。

 さらに間の悪いことに、自分自身の叫び声に引きずられるように、チコは前のめりになり、こけた。

「きゃぅんっ」

 かわいらしい悲鳴だけれども、ぼくは自分の全身から血の気が引いていくのを感じた。

「チコっ!」

 さすがに声を張り上げるハク。その余裕のなさが、より危機性を強調しているように感じられ、焦燥の影が、ぼくの心にも忍び寄ってくる。

 一気に距離を詰めてくる覆面男。

 間に合うか――?

「いたたたたっ」と、頭を抑えながらチコが起き上がり、目の前に迫った男たちに気づき、表情が青褪めた瞬間だった。

 どこからか、石が放物線を描いて降ってきた。

 ひょんっ、どすん、と。

 直径30㎝を超える巨大な石が、まるで小石でも放り投げたような気軽さで宙を飛び、覆面男たちの脇に落ち、激しい地響きを立てる。

 覆面たちの足が止まる。ぼくは一気に近づき、三人を、今度はやや力を込めて、叩きのめした。

 ――過程を言葉にするまでもない。

 突いた。

 殴った。

 掃った。

 倒れた。

 ぼくは呼吸をゆっくりと整える。

「ユウナ……!」

 チコの声に、ぼくも驚いて顔を上げた。石が飛んできた方角。公園の表口で、ユウナが肩で息をしていた。その周囲にはユウナ以外は誰もいない。

 うわ。まさか、あの石、ユウナが投げたのか? 軽く三〇㎏くらいはあるだろう? あるんじゃないのか? それをああも綺麗な放物線を描くように投げられるか? うわぁ。前から馬鹿力だと思っていたけれども、そこまで人間離れしているとは思わなかった。腕も細いし、体にもほとんど筋肉がついているようには見えないっていうのに。どうしてそんなことができるんだ? 人間か?

 ――なんて、ちょっと自分のことを棚に上げて思ってみたりする。

「ユウナ? 帰ったんじゃなかったのか?」

 ハクが近づいていって、尋ねていた。別段、その様子に不自然さは感じられない。ユウナの馬鹿力を気にしている様子さえ、まったく見られなかった。

「えっと……怪しげな覆面スクーターとすれ違ったから、気になって戻ってきたの……でも、これ、どういうことよ?」

 いって、ユウナは駆け寄ってきた。ぼくが殴り倒した覆面の一人の腹を踏み付けて、チコを助け起こす。

 ぼくは周囲を見回した。

 折れた角材。転がった金属バット。グランドの真ん中の不自然な石。昏倒する覆面男三人。呆然と座り込む、覆面五人。

「あー……これは……」

 ぼくがさて、何からどう説明しようかと、考えていたその時だった。

 さらに事態は変化した。

「どういうことだ? これは?」

 公園に入ってきた二人組は、服装は共にスーツで、性別が異なっていた。

 見覚えのある顔に、ぼくは首をかしげた。

 はて、誰だったっけ?

 ぼくはわからなかったが、向こうはぼくたちに気づいたようだった。

「ええと、少し説明してくれないかね?」

 ぼくだけに尋ねた言葉ではなかったのだろうが、ぼくはどう説明しようか、説明すべきなのか、ハク並みの偉そうな口調だなと、しばし考え込んでしまった。しかし、そんな時間も、ハクのあっさりとした挨拶で、崩れることとなる。

「やぁ、久しぶりです。刑事さんたち」

 ああ、思い出した。

 以前、ぼくのアパートまでわざわざ事情聴取に来た刑事さんたちだ。確か名前は男の方が「お兄さん」で、女の方が「アニメ声」の人だ。

 ……そんなわけ、あるか。

 自分で自分に力ない、弱々しいツッコミを入れる。

 むなしい。

 ま、名前なんて、どうでもいいか。

 しかし、思い出したんだけど、アニメ声のお姉さん。相変わらずクールでカッコイイんだけれども、今回の服装はまともだ。前回はマタニティ・ドレスだったし。あれはやはり何かのギャグか、罰ゲームだったのだろうか? それとも、ほんの一日(よく考えたらつい昨日の話なのだ)で出産をこなし、職場復帰したとでも言うのだろうか?

「説明は、おれがしよう」

 ハクは相変わらず偉そうに言った。

 いよいよ事件の解答編に入るのだろうか?

 ぼくはぼんやりと、他人事のように考えた。

 本当に他人事だけど。


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