7)
「――そうですか。」
「え?」
意を決した告白に対するニクスさんの返答があまりにもあっさりとしたものだったため、私は思わず頓狂な声を出してしまった。
「どうかしましたか?」
「いえ、あの…信じて頂けるのですか?」
「信じては駄目なのですか?」
「そういうわけではなくて、その…私だったらこんな突拍子もない話をいきなりされても信じられないと思うので。」
「それほど突拍子がないとは思いませんが。つまり、異界から来た、ということですよね?」
―――異界から来た、のか私は…
確かにここは私の知らない場所だ。まるで異世界にいるような気さえする。だが、ニクスさんの言う「異界」という言葉はどこか腑に落ちない。そもそも、今いるこの場所がどこかわからないというのに、ここが「異界」なのかどうか判断することなど出来るはずがないのだ。
返事をせずに固まっている私を見て、ニクスさんは困ったように話し始めた。
「時々あるのですよ、異界から人が来ることが。よくあることではないのですが、あり得ないというほどではありません。」
「そう、ですか…」
「はい。彼らは総じて『気付いた時には』と言うそうです。あなたもそうでしたね。少なくとも私にとっては、階段を使わずとも移動できる箱が存在することの方が、余程突拍子もないことのように感じます。」
そう言うとニクスさんは少し笑って私を見た。いや窺った、と言った方が正しいだろう。私はニクスさんがその存在を知っていたことにひどく驚いたが、すばやく今自分に求められている返事を口にした。
「…エレベーターですか?」
「異界ではそう呼ぶらしいですね。」
ニクスさんは私の答えに安心したようだった。
「ニクスさんは『異界』に詳しいのですね。」
「ええ。いえ、それほど詳しくもないのですが…知り合いに異界の人がいるもので。」
「え?」
私は再び間抜けな声を出した。二人で話をしている筈なのに、私は全く会話に付いていけていなかった。
異界、異界…。ニクスさんは私が異界人だと既に信じているようだ。信じようとしてくれているのかもしれない。それはとても有難いことだが…やはり私にはここが異界だとは思えなかった。というよりも、私には異界という存在を認めることが出来なかったのだ。
「彼女は、その異界の人は、10年程前にこの世界に来ました。今は結婚されて、首都のリーヘンに居られます。」
―――結婚…!
どことなく彼女が怖いような気もしたが、その存在が今の私の希望と言っても過言ではなかった。一気にこの地との距離が縮まったように感じた。
それにしても結婚か。彼女はここをどういう風に思っているのだろうか。「異界」だと思っているのだろうか。この地に本当の意味で根を下ろすことが出来たのだろうか…彼女に訊きたいことが次々に頭に浮かんできた。
「会いたいですか?」
「はい、とても。」
ニクスさんは即答した私に少し驚いたようだった。
「先程も言いましたように、彼女はリーヘンにいます。リーヘンは馬で飛ばしても、ここニッツからは20日かかります。」
そんなに遠いとは思っていなかった。馬を基準とした速さだと正確な距離は全く分からないが、移動に20日もかかるとは予想もしていなかった。さすがに彼女に会うことは無理だと思い、私は一人落胆した。
「近いうちに私は彼女に、正確には彼女の夫である人物に会いに行く予定でした。今すぐにというわけにはいきませんが、あなたを彼女に会わせることをお約束します。」
私は思ってもみなかった展開に驚いた。彼女に会えることは素直に嬉しいが、果たしてニクスさんにそんな約束をさせてしまっても良いのだろうか。私が答えに困っていると彼は私の前で膝を折り、手を取って言った。
「あなたがいなければ、私は存在すら許されない人間です。どうかあなたを守らせると約束させて下さい。」
…私は神妙な顔で頷いた。