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ドアの向こうには長い廊下が続いていた。そこには光が差し込み、私に幻想的な雰囲気を感じさせた。私が出たドアの右側にはドアが一つしかなかったが、左側にはいくつか確認できたため、私は左に向かって歩くことにした。
廊下の中間あたりまで来るとそこには階段があったようで、たまたま上ってきた女性にばったりと出くわした。私も驚いたが彼女はそれ以上には驚いたようで、口を大きく開けて完全に動きを止めてしまった。私は何か弁解しないとまずいと思い、慌てて口を開いた。
「すみません。ご迷惑をおか「セイル様!!!」
全て言い終わる前に彼女はそう叫び、私が来た方向に走り出した。呆気にとられて見つめていると、彼女は一番奥のドアを激しくたたき始めた。
「セイル様!!セイル様!!アキ様がお目覚めになられましたよ!!セイルさ…」
ガチャ、という音とともにそのドアが勢いよく開いた。中から出てきたのは背の高い男で、彼はその女性が私の方を指さすと、こちらに向かって走り出した。いきなりのことに後ずさりすることさえできず、その場に固まっていた私の前まで来ると、彼は私の手を取って言った。
「ああ、良かった。目覚めないから、どうしようかと思っていました…!」
「目覚めない…?」
「ええ。あなたはあれから丸一日眠り続けていたのですよ。」
「あれから」とはいつからのことだろう、それにどうして彼は私を知っているのだろうか、と一度に与えられた情報に私はただ混乱した。なぜなら、私にはこの背の高い男と出会った覚えがないのだから。私がこの世界で出会った人物はニクスさんだけのはずだ。血まみれの男、セイル=ニクスだけだ。
そこまで考えてふと思う。先ほどの女性にこの男はセイル様と呼ばれていなかっただろうか。セイル様とは、セイル=ニクスのことかもしれない。私は目の前の男をじっと見た。そう考えるとこの男はニクスさんのような気がする。しかし、血まみれの状態で出会い、二日間着の身着のままで歩き続けたニクスさんしか見ていなかったため、きれいな服に身を包み、きれいな顔で微笑みかけてくるこの男が本当にあのニクスさんなのか私には判断できなかった。何より、私は意識してニクスさんの顔をよく見ようとしたことがなかったのだ。
「セイル様、アキ様が驚いておられますよ。」
立ち尽くしている私を見て、いつの間にか近くに戻って来ていた女性が苦笑しながら彼に言った。再び彼女が「セイル様」と言ったことで、私はこの男がセイル=ニクスであると信じることにした。
「ニクスさん…?」
「はい、そうですよ。本当に目覚められてよかった。すぐに食事を用意させます。食べられそうですか?」
「いえ、あの、ご迷惑をおかけしてしまってすみません。休ませて頂いた上に、食事まで頂くわけにはいきません。」
「そんなこと気になさらないでください。あなたは私の命の恩人なのですから。あなたがいなければ私はこうして生きてはいられなかったのですよ。メリー、直ぐにパンと温かいスープを用意しなさい。」
「畏まりました。アキ様のお部屋にお持ちします。」
そう言うと先ほどの女性―メリーというらしい―は階段を降りて行った。どうやらメリーさんはニクスさんのお手伝いさんらしい。服装からしてメイドというところだろうか。メイドがいるということはニクスさんはお金持ちなのかもしれない。そんなことを考えていると彼に声をかけられた。
「さあ、アキさん。部屋に戻りましょう。体が冷えますよ。」
「えっと、その…申し訳ありません。」
「本当に気になさらないでください。…それにいくつか聞きたいこともありますしね。」
最後の一言は聞き取れるか聞き取れないかくらいの大きさだったので、私は顔を上げてニクスさんを見た。彼は笑顔でこちらを見返してくれたが、私はなぜかその笑顔を怖いと思ったのだった。