3)
そして同じように時間は過ぎていき、3回目の夜が来た。昼間は初夏のように過ごしやすい気温だが、日が落ちると途端に寒くなる。これまでの二晩は洞窟などでどうにかやり過ごしてきたが、今晩もそう上手くいくだろうか。しかし、なぜか今日は日が落ちてもニクスさんの歩調は緩まない。もしかして夜通し歩くのだろうか。ニクスさんの体調次第だが、寒さを考えると歩き続ける方が正解なのかもしれない。
ここで、ニクスさんが昼間歩き、夜間に休むというサイクルをただ繰り返していたわけではないことに気付き、彼に目的地があることをようやく理解した。目的もなく歩き回っていたのは私だけだったのである。そう考えると、私が勝手にニクスさんに求めていた支えが少し傾いてしまったように思えた。
私は斜め前を歩くニクスさんの背中を見た。少し離れてしまっただろうか。歩きを速めて元の距離に戻そうかを考えていると、ニクスさんが急に立ち止まった。私は驚き、彼に続いて止まった。彼は私を振り返って言った。
「見てください。着きましたよ。」
彼に促されて隣に並ぶと、目の前の崖の下にはたくさんの町明かりが見えた。私はニクスさんの目的地を見て、それから彼の横顔を見た。暗いながらも彼の顔にはうっすらと笑みが見て取れたが、それが達成感によるものなのか、安堵によるものなのか、また他の何かなのか、私には全くわからなかった。
獣道とも言えないような急斜面の細い道に沿って崖を降り、町に近づいて歩いた。町が近づくにつれて、私には逆に不安が押し寄せてきた。森の中を彷徨っている時には考えずにいることの出来た現実が、目の前に迫ってきているような気がしたのだ。私は足元を見て、転ばないことだけに注意を払うことにした。
そんな私の努力も、目の前に現れた大きな門によって掻き消されてしまった。今までにこんな大きな門は見たことがない。何を守っているのかなど聞くまでもなく、これは町へ入るための門だと思われた。ここに来てやっと、私の知らない世界に自分がいるということを認めることになったのだった。
自分の置かれている状況を理解した時に私がとった行動は、恥ずかしいことに、腰を抜かすということだった。当然のことだが、ニクスさんは突然後ろで座り込んだ私にひどく驚いていた。結果、怪我をしているニクスさんに抱えさせて町に入ることになってしまった。私は合せる顔がなかったこともあり、ひたすら目を瞑っていた。耳元で「無理をさせてすみません」と言われたが、どう考えても無理をしているのはニクスさんの方だと思った。しかし、私はもはや何も言わず、そのまま意識を手放した。
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次に気が付いたとき、私はベッドの上だった。そして、起きた瞬間から感じた体の怠さが、夢オチの期待を見事に裏切った。特に足の筋肉痛が二日間歩き続けたことを激しく主張していた。
頭だけを動かして部屋の様子を伺うと、その広さは私の部屋の3倍以上であるように感じた。家具はほとんどなく、私の寝ているベッドの横に黄色い花の挿してある花瓶が置いてあるくらいだった。しばらく私はその花を眺めていたが、一つ溜息をついて体を起こした。誰かに世話になった以上、今のこの現状を把握するしかない。いつまでも逃げているわけにはいかないのだ。私は重い体を動かしてドアの前まで歩き、大きく息を吸ってそのドアを開けた。