プロローグ
違う世界に行きたい―――誰でも一度は思ったことがあるだろう。私自身も21年生きてきて、何度もそう思った。初めて友達と喧嘩をした12歳の時、両親とどうしようもなくぶつかった15歳の時、大学受験の18歳の時…。挙げればきりがないかもしれない。
そして大学3年の今、私は何故か切実に願うのだ。違う世界に行きたい、と。何かやらなければならないことに追われているわけではなく、自分のやりたいことをできるモラトリアムの期間に置かれているにも関わらず。ただ時間が過ぎるのを待っているような生活に疑問を持つ。果たして私は何を待っているのだろうかと。
そんなことを考えては溜息をつく。どうせ答えなんて出ないことだ。もはや何を考えれば良いかすらもわからなくなり、何も考えないことに決めた。それにも関わらず、やはりふとした瞬間に胸が締め付けられる。
そして思うのだ。こんな私の世界から抜け出したい、と。
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10月、後期の授業が始まって数週間が経つ。夏休み気分もいつの間にか抜け、目前に迫る就活を考えては憂鬱な気分になる。しかし、それは自分に限ったことではないだろう。周りの友人たちにもどことなく、影があるように思う。
大講堂で教授が何やら芳香族性について語っている中、私は性懲りもなく、またそんなことを考えていた。講義後に何かしたいことがあるわけでもないのに、この時間が少しでも速く過ぎ去ることを願っていたのだ。そんな自分に吐き気のような何とも言いがたい感覚が押し寄せてきて、小さく溜息をついた。結局私は現実から目を背けているだけなのだ。
何か自分に言葉をかけようとしてうつむいて言葉を探す。本気で。ありきたりで中途半端なことを言えば、かえって虚しくなってしまうだけだから。しかしそんな私の努力は無駄に終わり、納得のいく言葉を見つけることはできなかった。いつものことである。さっきより少し大きめのため息をついて私は顔を上げた。
―――え?
この一瞬に何が起こったのだろうか。今の状況に全くついていけない。意味のないことですら考えることができなくなり、私は息をのんだ。
顔を上げたら、私はひとり、森の中に立っていたのだ。