第二幕の第1話:魔族の陰謀
異世界エテルニア大陸、魔界の中心――黒曜石で築かれた「影の城」。夜の闇が濃く、天空には星一つ見えない。城の最上階、大広間では、ヴォルドランが玉座に腰を下ろし、重傷の体を癒やしていた。黒い翼は片方を折れ、左胸には深い裂傷が残っている。赤い瞳は疲労を帯びながらも、鋭く臣下たちを睥睨する。
「報告せよ。人間軍の損害は?」
参謀の老魔族が震える声で答えた。「人間軍は三千のうち約八百を失いましたが……我が軍は千二百を超える死傷者です。特に、反乱分子の魔将が裏切った影響が大きく……」
ヴォルドランは低く唸った。峡谷の戦いで、魔将が自分を襲った瞬間が脳裏に蘇る。あの時、エリシアが光と影を融合させた剣で魔将を叩き落としてくれたおかげで、命は繋いだ。だが、傷は深く、魔力の回復も遅れている。「あの魔将……生きているのか?」
「はい。峡谷の底から脱出し、現在、地下の反乱派閥と連絡を取っているようです。『魔王は人間の女に心を奪われ、魔界を滅ぼす』と、兵士たちを扇動しております。」
広間の隅で、若い魔族の将校が声を荒げた。「陛下! 噂はすでに軍内に広がっています。勇者エリシアと陛下が……密会を繰り返しているという話まで。もしこれが事実なら、魔族の士気は崩壊します!」
ヴォルドランは静かに目を閉じた。事実だ。エリシアと自分は恋に落ち、子までもうけた。だが、それを認めるわけにはいかない。「……我は魔界の王だ。人間の勇者など、討つべき敵に過ぎん。」 言葉とは裏腹に、心の中ではエリシアの黄金の髪と青い瞳が浮かぶ。「アレン……我の子よ。お前を守るためなら、この身を犠牲にしても構わぬ。」
一方、人間界の王都アルティア。王宮の奥深く、秘密の会議室では、王と重臣たちが密談を交わしていた。テーブルの上には、峡谷の戦いの報告書と、怪しい影の絵が描かれた羊皮紙が広げられている。
王は厳しい顔で言った。「勇者エリシアの影の力……あれは明らかに魔王の力だ。女神の加護が魔に染まっている可能性がある。ガルド、リリア、二人ともエリシアを監視せよ。特に、最近の体調不良と長期の『偵察任務』について、詳しく調べるのだ。」
ガルドは腕を組み、渋い顔をした。「わかりました。でも、エリシアは俺たちの仲間です。魔王のスパイだなんて……信じられねえ。」 リリアは不安げに指を絡め、「でも、仮面舞踏会の夜から様子がおかしいんです。あの時、怪しい男と踊ってた気がして……」
王は冷たく笑った。「疑う必要はない。疑うべきは事実だ。もしエリシアが魔王と通じているなら、彼女を処分し、新たな勇者を立てるまでだ。」
その頃、エリシアは王宮の自室で一人、窓辺に立っていた。黄金の髪を夜風に揺らし、遠く魔界の方角を見つめる。産後一ヶ月半。アレンを隠れ里に預けてから、毎夜のように胸が痛む。「アレン……元気にしてるかしら。ミリアおばぁ…ちゃんと面倒見てくれてるよね。」 彼女は剣の柄に触れ、影の加護をそっと呼び起こした。黒い影が剣身に浮かび上がり、ヴォルドランの声が響く。
「エリシア、無事か?」
「ヴォルドラン……! 傷はどう? 峡谷の戦い、ひどかったわ。」
「我は大丈夫だ。お前こそ、体は? アレンは?」
エリシアの声が震えた。「アレンは元気よ。でも、王宮で監視されてる気がする。リリアとガルドの目が、最近冷たいの。妊娠のことは、まだ隠せてるけど……この子が生まれた痕跡が、体に残ってる。」
ヴォルドランは低く息を吐いた。「反乱分子が動き出した。我の弱みを狙っている。お前も気をつけろ。人間の王が、お前の力を疑っているはずだ。」
二人は影を通じて、短い会話を交わす。言葉の端々に、互いへの愛情と不安が滲む。ヴォルドランは最後に囁いた。「また、霧の森で会おう。三日後の夜明け前だ。アレンのことを、直接話したい。」
「ええ……必ず行くわ。」
影が消えた後、エリシアはベッドに崩れ落ち、枕に顔を埋めた。涙がこぼれる。「どうしてこんなことに……愛してるのに、敵同士でいなきゃいけないなんて。」
その夜、魔界の地下洞窟では、反乱分子が密会を開いていた。魔将は傷ついた体を癒やしながら、集まった魔族たちに熱く語る。
「諸君! 魔王ヴォルドランはすでに堕ちた。人間の勇者エリシアと密会を繰り返し、子までもうけたという情報が入った。あの女は今も王宮に潜み、我々の情報を魔王に流しているに違いない!」
魔族たちがざわめく。「本当か?」「魔王が人間の女に……」「魔界は滅ぶぞ!」
魔将は斧を掲げ、声を張り上げた。「我々が魔王を倒し、新たな支配者となる! まずは、エリシアとその子を殺す。魔王の弱みを断ち切るのだ!」
スパイの一人が人間界へ向かう準備を始めた。「隠れ里とやらを探し出す。勇者のガキを先に始末すれば、魔王は動揺するはずだ。」
一方、隠れ里では、ミリアがアレンを抱いて外の気配に耳を澄ませていた。アレンはまだ赤ん坊だが、時折、瞳が赤く光り、小さな影が指先から揺らめく。「この子……魔の血が強いわね。でも、絶対に守る。」 ミリアは古い護符を握り、祈りを捧げた。
第二幕の幕開けは、魔族の陰謀と人間界の疑念が同時に動き出す予感に満ちていた。
エリシアとヴォルドランの禁断の恋は、種族の壁を越えようとするたび、より大きな影に飲み込まれていく――。




