【超短編小説】修学旅行の朝
いつより早く目を覚ますこもなく、かと言って寝坊もしない。
朝だ。
ただいつもと違うのは、学ランじゃなくて私服に着替えたこと。少しワクワクしていること。
今日から修学旅行だ。
リビングで朝メシのトーストを食べ終わり、マグカップの牛乳を飲み干したあたりで廊下にある電話が鳴った。
こんな朝早くに誰だろうか?
学校の連絡網にしては何とも微妙だ。既に家を出た生徒も少なくない。
廊下の電話に向かった母親を尻目に、俺は皿とマグカップをシンクに置いてから冷蔵庫を覗いてチーズかハムでもちょろまかそうとしていた。
すると母親が
「ちょっと、サイトーくんから電話よ」
と俺を呼んだのでソーセージに伸ばしかけた手をひっこめた。
「サイトー?」
厭な予感がする。
サイトーは連絡網の順番として俺に関係していない。
あるとしたら、あの事しかない。
確信に変わりつつある厭な予感を覚えがら受話器を受け取った。
「もしもし?どうしよう、親にプレステ持って行くのバレちゃったよ」
サイトーは情けない声でそう言った。
それは修学旅行の班が決まった段階で持ち上がった計画だった。
修学旅行にプレステを持っていく。
麻雀も酒も煙草もやらない俺たちが、修学旅行の夜を最大限に楽しむならプレステが必要だ。
そして俺たちの班はじゃんけんで何を持つか決めた。
その結果、負け続けたサイトーが本体を担当する事になったのだ。
勝ち抜けた俺は電源ケーブルと3色ケーブルの担当。ミヤサカはコントローラ、イノウエはソフトの担当だった。
そのサイトーがプレステ本体を持ち出し損ねた、と言うのだ。この土壇場で。
「ばかやろう、今さら何を言ってやがるんだ」
俺は怒鳴りそうになるのを堪えてそう絞り出した。
「ごめんよ、でもバレちゃって、どうしよう」
どうしよう、では無い。
もう修学旅行は今日から始まるのだ。
今からミヤサカとイノウエに相談する余裕は無い。
そもそもどうしようと言うより代打を頼むと言ってるに他ならない。
ミヤサカとイノウエに電話をしたのか、その確認さえ無駄に思われた。
どうせ俺が最初に電話をした相手だ。
その確認だのをしている余裕なんてない。
俺は舌打ちをして
「どうしようもねぇだろう、俺が持つわ」
と言って返事を書く前に受話器を置いた。
ウンザリしながら荷物を開いて、詰め込んだ衣類の中ほどにゲーム機を押し込む。
あの野郎、なんかオゴらせなきゃ気が済まない。
教科書の詰まったリュックより重いドラムバッグを背負い、校庭に停められたバスに乗り込むと、先に座っていたサイトーが媚びる様な笑顔を向けた。
「ごめんよ」
と手を合わせている。
「バーロー」
遠慮なく中指を立てながら、俺はサイトーの手際の悪さだとか、まず俺に電話をした事だとか、何から説教をくれてやろうかと考えていた。
するとサイトーはその媚びた様な笑顔のまま
「実はあの後、隙をついてプレステ持ち出せたんだ」
と言った。
修学旅行の間中、俺はサイトーのおごりでコーラを飲み続けた。
ポテチとアイス付きだ。
コーラは夜の様な色で、いつもより甘く美味しい味がした。
そのほかの修学旅行のことは、ほとんど覚えていない。




