第二章 言葉を持たぬ者たち
第二章
――言葉がなければ、嘘もない。 だが、言葉がなければ、真実もまた、語られない。
夜が来た。 火の粉が空に舞い、星々がそれを見下ろしていた。 集落の中央にある“祈りの環”では、巫女たちが静かに火を囲んでいた。 死者を弔う儀式――のはずだった。
だが、そこに“祈り”はなかった。 あるのは、沈黙と、恐れと、疑念。
「……なぜ、誰も彼の名を呼ばぬのですか」 ミナカタ・カグヤの声が、火の音を裂いた。
「名を呼べば、魂が戻ってくる。 それが、我らの掟ではなかったのですか」
誰も答えなかった。 巫女長すら、目を伏せたままだった。
そのときだった。 火の外から、ひとつの影が現れた。
「……名を呼ぶ価値がある者だけが、名を残す」 低く、乾いた声だった。 振り返ると、そこに立っていたのは――
「……カグツチ・レイ」 カグヤが呟いた。
異端の狩人。 かつて“言葉を持ちすぎた”がゆえに、集落を追放された男。 彼は、火の巫女の禁忌を破り、「神の声」を“言葉”に変えようとした。
「……お前が、なぜここに」 巫女長が声を震わせる。
「死が出た。 ならば、俺の出番だろう」 レイは、火を見つめたまま言った。
「この死は、神のものではない。 これは、“人の罪”だ。 ……そうだろう、火の巫女」
カグヤは、静かに頷いた。
◆
その夜、ふたりは“禁の地”へ向かった。 集落の外れ、誰も近づかぬ“忘れられた洞”―― そこには、かつてレイが封じた“言葉の記録”が眠っていた。
「……これは?」 カグヤが手に取ったのは、焼き固められた土板。 そこには、火焔土器の模様に似た“記号”が刻まれていた。
「言葉だよ。 まだ誰にも読めない、未来の言葉だ」 レイは笑った。
「俺は、神の声を“記録”しようとした。 だが、それは“神を閉じ込める行為”だとされ、追放された」
「……でも、あなたは戻ってきた」 「そうだ。 “神”が殺されたからな」
その言葉に、カグヤは息を呑んだ。
「……あの男は、“神”だったのか」 「いや。 “神の器”だった。 だが、器が壊れれば、神は怒る。 そして、神の怒りは――人を狂わせる」
カグヤは、火焔土器を見つめた。 その模様が、まるで“泣いている顔”に見えた。
「……私たちは、まだ“言葉”を持たない。 でも、だからこそ、 “沈黙の中にある真実”を見つけなければならない」
レイは、静かに頷いた。
「始めよう。 これは、“最初の裁き”だ」
そして、ふたりは歩き出す。 まだ誰も知らぬ“真実”の森へ。 火と血と、嘘にまみれた縄文の闇へ――
第三章に続く