第一章 血の雨、土の祈り
縄文時代で起こった殺人ー。これは、事故か、事件か。
――これは、まだ「罪」という言葉がなかった時代の物語。 だが、言葉がなかったからといって、罪がなかったわけではない。
風が鳴いていた。 山の端を越えて吹き下ろす風は、まるで何かを警告するかのように、集落の火を揺らしていた。
その日、空は赤かった。 太陽が沈むにはまだ早いはずなのに、空はまるで血を流したような色をしていた。 そして、彼の死体は、火焔土器のそばに転がっていた。
「……これは、神の怒りだ」
誰かがそう呟いた。 それは恐怖からか、あるいは都合のいい逃避か。 集落の者たちは、誰もが目を逸らした。 石斧で砕かれた頭蓋。 血に濡れた鹿皮の衣。 そして、彼の手に握られていたのは――砕けた土偶の欠片だった。
「事故だ。狩りの途中で、足を滑らせたのだろう」 「いや、獣に襲われたのだ。あの男は、神の掟を破ったのだ」
口々に語られる“真実”。 だが、誰もその目で“現実”を見ようとはしなかった。
その中で、ただ一人、少女は立ち尽くしていた。 名を――
「……我が名は、ミナカタ・カグヤ。 火の巫女にして、言葉を紡ぐ者。 この死は、神のものにあらず。 これは、“人の手”によるものだ」
その声は、風よりも冷たく、火よりも鋭かった。
◆
ミナカタ・カグヤ―― 十五の少女にして、火の巫女の継承者。 彼女は、火焔土器に宿る“記憶”を読み解く力を持っていた。 それは、言葉を持たぬ時代において、唯一“過去”を語る術だった。
「……この土器には、血が染みている。 それも、古いものではない。 この男の死と、何かが繋がっている」
彼女の言葉に、集落の者たちはざわめいた。 だが、誰もが口を閉ざす。 なぜなら――この集落には、ひとつの“掟”があった。
「人は、人を殺さぬ」 それが、神の掟。 それが、縄文の理。
だが、もしそれが破られたとしたら? もし、人が人を殺したとしたら? その瞬間、この集落は“神に見放された地”となる。
だから、誰もが目を逸らす。 だから、誰もが「事故」と言い張る。
だが、カグヤは知っていた。 この死は、偶然ではない。 これは、“誰かの意志”によって引き起こされたものだと。
そして、彼女は決意する。 この死の真相を暴くこと。 たとえ、それが神への冒涜であろうとも。
――それが、彼女の“宿命”だった。
第二話へ続くー