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第2話 追放

ーーこんな逆境くらい跳ね返してみせる。

とはいえ、現実は厳しかった。


 あの夜から数日後、クレストール家は「魔女の汚名」を理由に俺を追放した。父親の冷ややかな目と、継母の薄笑いが忘れられない。屋敷の使用人たちも、かつては恭しく頭を下げていたのに、最後には誰も目を合わせてくれなかった。


 荷物一つで王都の外へ放り出され、俺が向かった先は「魔女の森」と呼ばれる禁足地だった。そこなら、誰も俺を追ってこないだろうと思ったからだ。


 森は昼なお暗く、苔むした巨木が空を覆い、足元には湿った落ち葉が積もっている。時折、遠くで獣の咆哮が響き、風が枝を揺らすたびに不気味な音がした。レティシアのドレスはもう泥と棘でボロボロだ。銀髪は枝に引っかかって乱れ、頬には細かい傷ができている。それでも、俺は歩みを止めなかった。この体が持つ魔法の力を信じていたからだ。


「火よ、灯れ」 


 掌をかざすと、淡いオレンジ色の炎がふわりと浮かんだ。暖かな光が周囲を照らし、冷えた体を少しだけ温めてくれる。前回の転生で磨いた魔法の感覚が、今も体に染みついている。レティシアの魔法は繊細で、火や風を意のままに操れる。この力があるなら、森でだって生きていけるさ。


 そう思っていた矢先、近くでかすかなうめき声が聞こえた。炎を掲げてそちらへ近づくと、木の根元にうずくまる人影が見えた。小さな女の子だ。歳は10歳くらいだろうか。ぼろぼろの服に、膝には血が滲んだ傷。顔は土で汚れ、震える手で小さな木の棒を握りしめている。


「お、お前、誰だ! 近づくな!」


 女の子が声を上げ、棒を構えた。でも、その目には恐怖と疲れが滲んでいる。俺はゆっくり手を上げて敵意がないことを示した。


「大丈夫、俺…いや、私、レティシアって言うんだ。怪我してるみたいだけど、どうしたの?」


女の子はしばらく俺を睨んでいたが、やがて力が抜けたように棒を下ろした。


「…リナ。村から逃げてきたの。追っ手が…盗賊が村を襲って、みんな…」


 言葉を詰まらせ、リナの目から涙がこぼれた。俺の胸が締め付けられる。魔王を倒した時、こんな風に怯える子供たちを何人も見てきた。あの時は剣を振るって敵を倒せたけど、今は状況が違う。それでも、放っておくなんて選択肢はなかった。


「リナ、ちょっとだけ我慢してて。傷、手当てするから」


 俺はドレスの裾をちぎり、近くの小川で濡らしてリナの膝を拭いた。彼女が小さくうめくたび、慎重に手を動かした。レティシアの記憶には、貴族の令嬢らしい刺繍や舞踏の知識ばかりで、こんな場面の経験はなかった。でも、俺自身の記憶――ミオとして生きてきた中で、友達の怪我を手当てしたことなら何度かある。それを頼りに、なんとか応急処置を終えた。


「次は…これで少し楽になるはず」


 俺は掌に小さな風を呼び起こした。柔らかなそよ風がリナの傷口を撫で、汚れをそっと吹き飛ばす。彼女の顔から少しだけ痛みが引いたように見えた。


「すごい…魔法?」

「まぁね」


 本当は内心ドキドキだ。レティシアの魔法は繊細すぎて、ちょっと気を抜くと火が暴走したり風が強すぎたりする。でも、リナの驚いた顔を見たら、なんだか自信が湧いてきた。


「リナ、追っ手ってまだ近くにいるの?」


 彼女がこくんと頷く。遠くで枝が折れる音がして、俺の背筋に冷たいものが走った。盗賊か。魔王の軍勢に比べりゃ可愛いもんだろうけど、この体じゃ剣も持てない。頭をフル回転させる。魔法でどうにかするしかない。


「リナ、隠れてて。すぐ戻るから」


 俺はリナを木の陰に隠し、炎を消して暗闇に身を潜めた。足音が近づいてくる。男たちの荒々しい声が聞こえる。


「あのガキ、どこ行きやがった! 金になるんだから見逃すなよ!」


 盗賊は三人。剣と斧を持った、ガタイのいい男たちだ。俺は深呼吸して、レティシアの魔法を呼び起こした。掌に小さな火球を浮かべ、そっと風を絡ませる。火は風に乗ってふわりと宙を舞い、盗賊たちの足元へ。


「な、なんだこりゃ!?」


 火球が地面に落ちた瞬間、風が一気に巻き起こり、炎が爆ぜた。爆発ってほどじゃないけど、派手な光と煙が広がり、盗賊たちが慌てて後ずさる。俺はすかさず次の魔法を準備。木の枝を風で揺らし、まるで獣が飛び出すような音を立てた。


「くそっ、魔物か!? 撤退だ!」


 盗賊たちは泡を食って逃げ出した。俺はほっと息をつき、リナの隠れている場所へ戻った。


「もう大丈夫だよ、リナ。出ておいでで」


 リナが恐る恐る顔を出し、俺の手をぎゅっと握ってきた。その小さな手はまだ震えていたけど、目はさっきよりずっと明るかった。


「レティシア、ありがとう…魔法、すっごくかっこよかった!」

「さ、リナ。とりあえず腹ごしらえしようぜ。森の果物、探してみるか」


俺はリナの手を引き、森の奥へと歩き出した。星明かりが木々の隙間から差し込み、俺たちの道をほのかに照らしていた。

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