尾形の手紙
高校一年生の夏頃から、四組の山下にはいわゆる一人のファンというものがつい た。その女は名を尾形綾乃という同級生で、山下とクラスは別だった。しかしながら、休み時間が訪れるたびに彼女は、セーラーのスカートをほしいままになびかせ て山下の教室を訪れては、彼の顔をちらと覗き見することを欠かさなかった。そうして、必ず彼に聞こえる声の大きさで、「山下くんかっこいい」と呟くことをも欠 かさなかった。
その彼女のあまりの訪問ぶりは、もとより鈍感な友人の平山やら渋川やらでさえ いぶかしむほどに次第に目に余るようになっていった。山下は彼ら友人に辟易を装 いこそすれ、内心では色男のレッテルの自身に貼り付けられたことに対して悦んで いた。
そんな毎日を送っていた、文化祭を目前に控えたとある秋の日のことである。授 業を終え、下校の準備をしていた山下の机に見知らぬ便箋が挟まれていた。桃色の ハートマークのシールの付された、いかにも女の子らしい便箋。そのおもてには、山下凪沙様へ、尾形綾乃よりと丁寧な丸文字で認められていた。尾形からの手紙......
山下はそれをリュックの奥底深くに隠すように仕舞い込むと、何食わぬ顔をして 部室に向かった(その実、彼の歩みはほとんどスキップに近いといっていいくらい に朗らかなものであった)。
部室に着くと、チームメイトの北谷がいた。豚の面をそのまま顔に象ったような 不細工な顔面を持っている彼は、恋愛経験こそ乏しいに決まっており、すなわち山下の恋愛の自慢をする相手にうってつけであった。山下はしたりげに、例の便箋をリュックから取り出して、彼の胸元に差し出した。 「これが何かわかるか? こうき」
北谷は不思議そうな顔のして、
「いいや、わからへん」
「これなあ、ラブレターちゅうやつや」 北谷の顔は茹でられたタコのように途端にほの赤くなった。
「そんな豪奢なもんもらったんか、誰からや」
「六組の尾形からや」
「中身みたんか?」
「いいやまだ」
「見てみようや」
「しゃあないなあ」
山下はそういうと、ハートのシールをぺりと剥がし、丁寧に折り畳まれた手紙の
一枚をひらげて、北谷と共に尾形の手紙を読んだ。
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一年四組の前で、つまらなさそうに俯いているあなたの横顔の美しさに惚れて以 来、毎夜毎夜、私は眠れぬ床で、貴方様に愛のお手紙を差し上げるか止そうか悩み の毎日を送っておりました。が、ようやく今日、恥を覚悟に送ってみる決心をいた しました。直接面と向かって話しかける勇気なぞ私にはありませんので、手紙とい う形式をとった次第でございます。
私はどうしても貴方様に叶えて欲しい一つのお願いがあったのです。というより きっと叶えてくださいね。この願いをあなた様がかなえてくださらなければ、私は どうしても私自身を持て余してしまうのですから。数ヶ月間、あなた様を四組の外からこっそり眺めていたのもこのためでした。この手紙にて上手く伝えることがで きれば何よりの幸福でございます。
さて、文字に書くのも恥ずべきことでありましょうが、早速本題に移ろうと思い ます。私をあなた様の満足いくまで好き放題に犯してやってください。 マスターベーションというのは思春期の殿方ならご存知でしょう? そうして、 隠部を愛でる際には必ず、いわゆる「お供」というものがつきものです。あなた様 のような十八の青年の場合は、大方、豊満かつ白やかな女性の乳房でも想像しなが ら致すのでしょう。そうして、この悪習に耽るのは男だけでなく、女も例外ではな いのです。
これが私のお願いの何につながるのだと申しますと、私のこの悪習不手際の責任 をあなた様にとっていただきたいということでございます。というのも、私はあなた様の横顔に見惚れて以来、自分で自分を致すことができなくなり、いわゆる「不 能」になってしまったようなのです。私の精神の集中のすべてが、あなた様の肉棒 ただ一つに注がれてしまったが故に、それ以外において「不能」になってしまった のです。ですから、私の身体という身体を愛撫して、私の「不能」を、あなた様の 肉棒により瓦解させて欲しいのです。私の生殖器はいつでも、あなた様を迎え入れる準備の済ませています。どうか後生ですから、この肌の白いだけが取り柄の女に お慈悲をお恵ください。あなた様の物を咥えろと言われれば咥えますし、ゴムが嫌 なら生でも構いません。看護師の制服の格好を御所望でしたら、姉の仕事着から 持ってきましょう。この柔らかな乳房も、あなた様に舐められることを待ちわびて おるのです。
文化祭の日の明後日、出店が畳まれて後、十六時ごろに、体育館の裏の掘立小屋 の中で裸で待っています。どうかお一人でお越しください。あなた様のそそりたっ た肉棒、心よりお待ちしております。 尾形綾乃より