お国のために
「隊長。負けると分かっていながら、何故戦わなければならないのでしょうか」
夜明け前、凍えるように静かな暗闇で僕は問う。
僕らに鬼と呼ばれている苛烈な隊長は口を開かなかった。
聞こえなかったのだろうか。
それとも、聞いていたのに無視をしていたのだろうか。
いずれにせよ、僕は唾を一つ飲み込んで武器を抱きしめる。
腕の中に抱くのは長い棒。
少なくとも、僕にはそう思えて仕方ないものだった。
きっと、僕はこれの引き金を一度として引く事が出来ないまま死ぬだろうという奇妙な確信があった。
だって、僕は弱虫だから。
誰かを殺すくらいなら死んだ方が良いと本気で思っていたから。
いや、違う。
そんな潔癖な考えではなく、僕は考える前に死にたいのだ。
「お国のためだ。国と皆を守るためだ」
隊長の声は小さくて、風にかき消されそうなほどだった。
僕らは知っていた。
鬼と呼ばれる隊長も実際のところ僕とそう変わらない人間で、やり切れない理不尽に押しつぶされそうで半ば自暴自棄になりながら僕らを怒鳴り、殴っているのだと。
隊長に作られた傷はまだ完治していない。
だからこそ、僕らは誰一人隊長を許すつもりはないし、その心を理解する気もない。
だけど、今、この瞬間に限って言えば、僕らも隊長も同じ人間だった。
即ち、自殺に等しい無謀な特攻をする羽目になった哀れな捨て駒。
「僕らがここで死ぬことで国と皆を守れるんですか」
殴られると思った。
少なくとも、今までならば怒鳴り、殴られていただろう。
けれど。
「守れるわけねえだろ」
隊長はそう言って大きく息を吐き出した。
「何の意味もねえよ。馬鹿」
聞き間違いかと思うほどに、隊長の声は弱々しく、風の音に負けそうなほどだった。
いや、もしかしたら本当に空耳だったのかもしれない。
「おい。そろそろ行くと皆に伝えろ」
その言葉を聞いて僕はもう何かを考えるのをやめた。
最後の眠りについていた同志達を一人一人起こす。
共に無意味に散るために。
「おら、行くぞ、てめえら」
いつもと違う声が響いた。
隊長の声は怒声ではなく、震え声だった。
それが妙に、印象に残っていた。
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「にしても、本当に馬鹿だよな」
映画館から出てきた高校生のグループの一人が笑う。
彼らはつい今しがた、最近公開されたばかりの映画を見てきたばかりだった。
「国力的に絶対勝てるはずないのに、なんで挑んだんだか」
「ほんとな、当時の人間全員アホだったんじゃねえか?」
多感な年齢である彼らにとり、この映画の内容など一ヵ月後にはもう欠片も残らないほどに忘れ去ってしまうだろう。
それを知ってか知らずか、映画のポスターに描かれた兵士達は情感に訴えるキャッチコピーと共に虚ろな表情のまま彼らを見つめていた。
役者を通して、現代の様を歯がゆく思いながら。