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運命なんてなかった

運命なんてなかった

作者: まつか

許せなかった話


「僕は絶対に運命の番を好きになんてならない。」



あの日、あの人は私にそう言いました。

私の初恋の人、大好きだった人、私の



運命の番。






この世界には『運命の番』と言うモノがあります。

神様が一つの魂を二つに別けそれが二人の人として産まれる、それが『運命の番』。

この世界全てが人間への試練であり、二人が出会い結ばれると本当の意味で人間として完成するのだそうです。

完成した人間は神様に認められて死ぬまで幸せを約束され、死後は神のみもとで別れた魂が一つに戻りもう一つの完成した人間の為の世界で存在が擦り切れてなくなるまで更なる幸福の中で暮らすのだとか。

そして、運命の番に出会えなかった人は何度も転生を繰り返し、約束された幸福といつか神様のみもとに還る事を夢見るのです。




運命の番は匂いで分かります。

これまで嗅いだ事のない、それでいて懐かしい、お日様がポカポカしている時の心地良さのような、なんとも幸福な気分になる香りなのです。

私がソレに気付いたのは初潮を迎えて直ぐでした。

過保護気味の母親に心配されながらも初めての初潮が終わり、なんだか気恥ずかしい気持ちを隠しながら2つ隣に住む大好きな幼馴染と顔を合わせた時です。

彼と目が合った瞬間、その香りを感じました。

そして『理解』したのです。

「あぁ、この人が私の運命なんだ。」と。


それからの数年は幸せでした。

男の人は、運命の番に気付けるようになるのが女の人よりだいぶ遅いそうです。

ですので私は、自分達が運命の番である事に気付いていない彼の気持ちを無視してそれを押し付ける形になるのが嫌で、コッソリとその日が来るのを彼の側で心待ちにしていました。


私の住む小さな町の外れのみんなの憩いの場として使われている広場へ、学校からの帰り道に時々二人で寄ってベンチに座って話すのが親やご近所さんに邪魔されず彼と二人きりで過ごせる一番の楽しみだったのでした。

そんなある日、彼が私に言ったのです。

「運命の番なんて、野生動物がフェロモンに群がるのと同じだ。そんなモノで夫婦になって神様の力で幸せに暮らしました、なんておかしいと思わないか?僕達は自分で考える頭を持っているんだ。番に頼らず、自分の幸せは自分で見つけるべきだ。」

私は突然の彼の話をただぼんやりと聞きます。

彼は昔から時々、自分の持論をこうして聞かせてくれる事がありました。

そして私の頭が段々と話を理解してくると動揺してか僅かに体が震え出し、手には汗がじっとりとにじみます。

そんな私に構わず彼は続けました。

「僕は運命の番と出会っても絶対に他の人達のように周りが見えなくなったりしない。そんな野生的な生き方が完璧な人間だなんて認めたくない。だから、僕は絶対に運命の番を好きになんてならない。もし、番である事を理由に言い寄ってくるような相手であればむしろ軽蔑するね。」

きっとその時の私は、血の気が引いて酷い表情になっていた事でしょう。


大好きな人、大切な番に「好きになんてならない」と言われたのです。

「軽蔑する」とも。


それからも彼が何か言っていたような気もしますが気が動転して覚えていません。

気付いたら自分の部屋の布団に丸まって泣いていました。

そのままグズグズとしていると、しばらくして母が心配して様子を見に来てくれました。

母にこれ以上心配をかけたくはありません。

でも、この今のどうしようもなくグチャグチャにかき乱された気持ちを直ぐに整理する事も出来ません。

私は、母の腕の中で泣きながら言いました。


「どこか遠くへ行ってしまいたい。」と。




あれから10年が経ちました。

窓辺で椅子に座りながらあの日を思い出す夕焼けを眺めて感傷に浸っていると、後ろから優しく温かな腕に抱きしめられます。

「私の可愛い奥さんは、誰の事を考えているのかな?」

そうして低音で落ち着く大好きになった声と、つむじへのキスが何度も降ってきました。


あの日、あの後、母は様子の明らかにおかしい私の為に父へ掛け合ってくれ、ちょうど大きな街での仕事の話が来ていた父がそのまま家族みんなで移住する事を決めてくれました。

突然の引っ越しだったのをいい事に私は彼を引っ越すまでの数日間避け続け、何も話す事なくお別れもおざなりに逃げるように両親に着いて今の街へ来ました。

そして新しい学校で今の夫となる人と出会い、在学中の猛アプローチと卒業式での熱烈なプロポーズに絆され卒業して2年の婚約期間を経て結婚したのです。



他の人から見たら、私のやった事は酷い事なのでしょう。

一度でも片方が番以外の人の伴侶になると、今世での番として神様に認められる権利を失います。

それでいて、番である事は匂いで分かるのです。

権利を失った番達は、番の匂いに惹かれなくなります。

しかしそこには確かに魂の繋がりを感じるのです。

時には発狂する者もいるそうです。

そんな運命の番を、自分がこれ以上心無い言葉で傷付きたくないと言う理由で何も言わず見捨てたのですから。


『自分の幸せは自分で見つけるべき』


彼の言葉は決して間違っていなかったと思います。

私が傷付く事を恐れず番の事も心の内も彼に全て打ち明けていれば、きっと違う幸せもあったのだと思います。

もしかしたら、彼に好きになってもらえる未来もあったかもしれません。



それでも、運命の番特有の魂が惹かれるあの熱はなくとも、傷付いた私の心を理由を問いただすような事はせずしかし大きな愛で包んでくれた夫を、私は確かに愛しています。


「あなたの事よ、」


そう言って振り返ると、私は愛しい夫に口付けるのでした。

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