第三話:浪(なみ)の上にも水はさぶらふ(一)
一
てるてる坊主は、明日の好天を望む者たちの味方ではなかったか。
「ふひゃー、怪獣映画っスか!? 市役所ガすっポリ覆イ隠サれチャいまシタよ!」
顔の無いてるてる坊主は、この地―空満に日照りを起こした。ひらひらした裾の内に、河川からご町内の台所に置いてあるコップ一杯のお茶まで、水という水を吸い上げ、蓄えていた。
「顔を描いてへん……晴れの願いを叶えてへんゆうことやろうか? うち達の水分までもらおうとしているんやないやんなぁ」
放課後に日本文学を究め、その素晴らしさを広め、こっそり人々の平和を守るため戦っている「スーパーヒロインズ!」が、人型ロボットに搭乗する。
「作戦通り、私とキミックは、シュトルムの中で、待機する……です」
水の特性を持つ「技」の祓を行使するいおんブルーとキミックにとって、今回の相手は相性が悪かった。よって、合体ロボット・カムナギゴギョウオーでの対抗はせず、四体で撹乱させる。
「長々と戦っていたら、暑さにばてちゃうね。短めにけりをつけよう!」
隊長・ふみかレッドの声かけに、他のスーパーヒロインはお決まりの返事で答えた。
先頭に躍り出るは、翡翠の機体、「速」の祓を行使するシュトルムだ。ところどころに見られる星の意匠と駒鳥に似た形状は、誰よりも素早くどこまでも飛んで走ってゆける自信を表していた。
「奔逸絶塵っ、あたしが一番乗りに祓ってやらあ!!」
「速」のスーパーヒロイン・はなびグリーンは、自ら操縦席内で走って、シュトルムを駆る。
「今週のっ、今週の土曜はなあっ、一日千秋の思いで待ってた、初めてのデートなんだよっ!!」
仲間の頬を熱くさせる発言をし、常盤色に燃ゆるチョップを与えんとする相手とは―。
水無月の障り【水・懐き・の障り】
水を吸ひ尽くし、己が物にして、人々が命の行く末を握ることを興ず。気が短く、恨める者が慈しむ人の心もしは物を奪ひ毀す。火を厭ふ。
てるてる坊主に化けた「水無月の障り」が、衣に移った火を懸命に振り払う。
「おまえもか、爆発娘!!!」
次の攻撃をお見舞いしようとしていたグリーンが、手を……ではなく、足を止めた。彼女の専用機は、体の動きがそのまま反映されるのである。活発な性格にぴったりだった。
「あたしも、ってこたあ、他にデートするやつがいるのかよ、シュトルム」
「南無三宝!!!」
翡翠のロボットは、いつも声が大きいため、つぶやくべき言葉まで公言してしまう。
「誘ったおまえの許嫁が、そうだろうよ!!!」
そして、内緒事が苦手だ。
「うぴゃー! プロポーズっスか!? 夜景がキレイなタワーのレストランでエンゲージリングっスか!? ふわっふうー!」
「式場はエレガントに教会? クラシカルに神社? わたし/ボクも招待して♡」
あきこピンクと薔薇水晶の機体・ローザヸタが真っ先に食いついた。「愛」の祓を行使する二人は、恋愛話に自分もときめいてしまうのだ。
「赤飯を、炊く……です」
細身の健啖家が、雫を垂らすように言ったのをキミックは呆れていた。
「第三子よ、ちゃうんやろ。名前は伏せてええ、早う打ち明けい」
シュトルムの膝当てに、祓が噴き出した。
「空満大学の教師だ!!!」
「水無月の障り」の頭頂にシュトルムの蹴りが当たるやいなや、驚きの声が一斉にあがった。乙女の集まりは、噂と甘味が大好きなのだ。
「ま、まゆみ先生じゃないよね。うう、目が回る」
珊瑚のロボットに乗ったレッドが、てるてる坊主の周りに螺旋を描いていた。
「安達太良先生やったら、シュトルムさんははっきり仰るわぁ」
相手がレッドに注意を向けているところを、琥珀のロボットが黄金の鎖で縛る。操縦しているゆうひイエローが、シュトルムに質問する。
「学科はどこなんですかぁ? ヒントだけでもくださいますか」
イエローの専用機が忍び笑いをした。
「俺を嘲るんじゃねエぞ、ナレッジ!!!」
「これは申し訳ございません。空気が乾燥しておりまして、咳が出てしまったのです。決してナレッジさんより先にお生まれになった方が、偉大なる友の問いにどのような答えをなさるのか、また、いつ口を滑らせて真相を教えてくださるのか興味深いあまりに顔がほころんだのではございませんよ」
「婉曲表現やめろオ!!!」
イエローは耳をふさいだ。
「悪い!!! 学科だったな!? 一度だけだ、その教師は」
ヒロインズは固唾を呑んだ。
「日本文学国語学科だッ!!!」
通行人や車がまったく無い道路に、てるてる坊主が転倒した。鎖で拘束されてあがいたはずみに……が主な要因だが、シュトルムの返事に対するヒロインズの反応にびっくりしたこともそこに含まれた。
「まゆみじゃねえとしたら、ほぼカップル確定の二人かっ? 鴎外と松えもん」
「職場内恋愛……ですか」
ブルーの発言に、グリーンとピンクは苦い表情をした。他意がない分、かえって浪漫が感じられなくなる。
「デートしたッテ、イイじゃナイっスかー!!」
「ピンク、泣くことないんやよ。森先生と近松先生は法律に背いてへんし、倫理に反しているんやないんやから」
「近松先生は女性に関して、倫理にかなり反していると思うんですけど」
レッドはため息をついて、「障り」に緋色の「祓」を固めた岩をいくつも落とした。イエローのように気遣いが上手くなりたいのに、毒舌が勝ってしまう。
「シュトルムが胸を撫でおろしています。どうやら、別の人のようです」
珊瑚の機体・ビブーリオが穏やかに述べた。
「時進は空満神道文法大教会長でもあります。大学の仕事以外は、出かけないようにしています」
「ハイ☆ 困っテル人、迷っタ人がいつ訪ネテも迎エラれるよウニ、基本、教会は年中オープンしてマス」
補足したピンクは、するが大教会長の娘である。
「ならば、誰だというのかね?」
ローザヸタは、深く考えることが不得手だった。証拠に機体の頭部より湯気が立っていた。
「土御門さんの、配偶者は、鬼嫁……」
「それは、謙遜しはったんやないでしょうかぁ」
「ほんまやで、黄色の。わたいは会うておるさかいのう」
キミックは以前、土御門教授の体を借りていた。ロボットになっている四体 (キミックのきょうだいだ)も、日本文学国語学科の専任教員に各々取り憑いていた。
「稼ぎは全部家に入れられ、嫁より先に起き後に寝るなどの掟を強いられ、餓鬼だに辞ぶけったいな料理を食べさせられ……よう長年連れ添うてきたもんや。わたいやったら、二日で里に帰すわ」
てるてる坊主が左右に転がって、鎖をほどこうとしている。引っ張られてバランスを崩しかけるナレッジを、ローザヸタとビブーリオが支えた。
「消去法デいってマスけド、非常勤のセンセを忘れチャいケまセン! 隠れマッチョの三島センセとか書道の小野センセとか」
異常なまでに教員通のピンクに、レッドは気圧されていた。
「あ、あれ? まだ専任の先生って残っているんじゃない?」
偶然、イエロー、ブルー、ピンク、答えが知りたくてうずうずしていたローザヸタの小さな叫びが重なった。
「ふええ、真淵先生なん!?」
「すけこまし……ですね」
「マブチンなら十二人同時デート可能デスよ、惚れさセテ能力封印っスか!?」
真淵准教授は、好色なおじさま近松教授に負けず劣らず女子学生に人気であった。
「ゆうひイエロー、彼ではございませんよ。つかみどころが無い人間ですが、浮気者ではないことは、寄りましにしていたナレッジさんが保証いたします」
イエローは両手で顔を覆って、首を横に振った。
「クス、僕の誠実さを信じてくださりませんか?」
「あかん、あかんてぇ! ナレさん、反則やわぁ」
ナレッジ達は今でも、乗り移っていた教員達の声を使っている。真淵に想いを寄せているイエローは、ナレッジの冗談にドギマギさせられてきた。
「あついっ!!」
イエローとナレッジのやりとりに、グリーンは叫んだのではない。
「暑いっ、クーラーが全然きかねえっ!」
「我慢しろ!!! 動力源となっている俺の水分が吸われているんだよ!!!」
レッドが操縦席からすべり落ちそうになり、ブルーが持ち歩いていたメモの表紙をめくった。神と人間の子は、謎がいっぱいだ。
「速戦即決つったよな!? だーっ、限界がきちまうっ! 迅速果敢っ、シュトルム、あたしらで祓うぞっ!」
木綿の裾をでこぼこさせる「水無月の障り」の真上に、シュトルムが急降下する!
『障りを焼べよ! 翡翠の走り書き!』
踵にまとうは、常盤色の炎すなわち「速」の祓。まっさらな「障り」の顔に、熱き「火」の字を書く。
「晴れはたくさんだッ、往生しろ!!!」
「水、返してもらうぞっ!!」
字の一画一画に星形の火花が散り、次の瞬間にはてるてる坊主が炎に包まれた。独り占めしていた水は颶風に導かれ、もとある場所に返還された。
皐月晦日と水無月朔日の間を越えて、平らかな朝になった。
「部屋のカレンダー、うっかりして二枚めくっちまったっ!」
ポニーテールの女子大生が、半開きのスポーツバッグに話しかける。
「五日まで待てねエんだな!? 楽しみにしている証左だ!!!」
バッグの中で、星形の翡翠が緑の光を点滅させていた。
「そうだな……買い物とか旅行たあ別の手舞足踏っ、なんだ」
「結婚の約束をした男とだから、余計にだろうよ!!!」
「……まあ、なっ」
女子大生は、鼻の下をこすってみせた。
「おまえの時代は、将来を選択できてありがたい!!! 嫁ぐも、独り身で生きようと、誰も咎めねエ!!! 悔いのない生涯を駆け抜けろ!!!」
「あんがとなっ、シュトルム!!」
キャンパスにさしかかると、見知った四人がおしゃべりしていた。女子大生はスニーカーの紐を結びなおして、走る。
「おはようっ! 姉ちゃん、あきこ、ふみか、ゆうひ!」