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第八話:長月は事の始まり(四ー二)





 あなたが本学を「教える場所」に選んだ理由は何ですか?



 『スーパーヒロインズ!』再集結の翌日、教員採用最終面接で、やっと基本の質問があった。この大学に入って早々、あれやこれやと先生達に訊かれたことを思い出す。あの時、いくつか問いがあったけれど、はっきりと覚えているのは「あなたが日本文学国語学科を選んだ理由は?」だ。他の人は「『源氏(げんじ)物語(ものがたり)』を勉強したいから」「高校の古典の授業が楽しかったので」「文学系の大学でここが家から一番近かったから」「文学を知っていたらモテると思って」といった、もっともらしくて個性があるような答えだった。対して私は、できるだけ目立たない、印象に残らない回答をどうにかひねり出した。



貴学(きがく)でなら、学生ひとりひとりとのつながりを大切にできると思ったからです」



 失態をしでかした思い出を、味方につける。


「私が貴学の学生だった時、新入生対象の面接がありました。『なぜ日本文学国語学科を選んだのか?』という質問に、私は『本が読むのが好きだから』と答えました。教室中が笑いの渦でした」

 そんなつもりじゃないけれど、明るい雰囲気にさせてしまった。私は半分恨めしかった。さっさとこの場から消え去りたかった。地味な答えにしたけれど、冗談ではなかったからだ。

「笑われたくなかった。あんまり目立ちたくなかったんです。立派な図書館があって、ここならたくさん本が読める。私の答えが、軽んじられているようで、怒りを覚えました。暗い気持ちになりそうだった時、ある先生がこう仰ったんです」

 面接官を務める先生方が、関心を寄せていた。肩の力がやっと抜けた。大丈夫、私を出し切るんだ。

「『奇遇ね、私も読書が好きで文学の世界に入ったのよ』同じ心ならん先生がいらっしゃる。温かいお言葉に、私は安心しました」

 白いスーツと、弓を象ったペンダントをかけた、上品でけっこう強引な先生。私の担任、そして―。

上代(じょうだい)文学がご専門のその先生には、四年間お世話になりました。先生が立ち上げられたサークルにも入りました。赤い服を着ているから、サークル長に選ばれたんですよね」

 真ん中の席に腰かけている、黒スーツに腕章を通した学科主任が、微笑した。一緒に仕事をしていたから、人となりを知っていたんだ。

「先生は、サークルの制服を皆の好みに合わせて縫ってくださり、家族との関わりで悩んでいる学生にご自身の家庭事情を話し、浅はかな発言をしてしまった学生を心から叱り、司書と作家の夢を叶えたい学生を励まし、自分が何者なのか分からなくて困っている学生に手をさしのべました。他に、他学科の学生が出場している試合へ行かれたり、入院した学生のお見舞いに駆けつけたりされました」

 分身の術を使っていたんじゃないかな。先生はなんだってできたから。謝恩会で先生は皆に「あの時の◯◯、ありがとうございました」「◯◯でお世話になりました」などの言葉を贈られていましたね。私は先生と長く時間を積み重ねられて、幸せだったよ。

「その先生だけではなく、貴学の先生方は、学生との(えにし)を大切にされています。各学科の共同研究室から、いつも先生と学生の談笑する声が聞こえていました。少人数制だからこそ、距離が近くて、なんでも話しやすい環境が作れているのだと思います。私も仲間入りさせてください」

 簡潔に伝えるのって、なかなか難しい。でも短すぎると、不充分だったりするものなあ。わあ、立って礼までしちゃったよ。緊張しすぎて銅像みたいになるよりはましかな。

 頭をおそるおそる上げると、先生方が拍手をした。

「熱意がとても伝わりました。本学は、大和(やまと)ふみかさんを歓迎します!」

 え、主任、もう合格なの? 会議は形の上でもいるでしょ? 十二年とちょっと経っても、風変わりな学校だよ。





  

 時間が経つほど、思い出はぼかされていった。けれども、笑い飛ばせる頁の数々は、確かに私を彩った青春だった。

「……なんてね」

 詩人めいたことを考えつつ、久々に正門へ着いた。合格通知が届くまでは、ここを通らないと決めていた。幾度となく雨風にさらされ、角がとれてしまった二本の石柱がそびえ立つ。右の柱には、「空満大学 SORAMITSU UNIVERSITY」と白の洒落た字体で書かれている紫色のシートを貼った板が、しっかり打ち付けられていた。教員として帰ってきて、少しは様になった正門をくぐるんだ。


 風が背中にあたる。赤い上着が膨らむ。桜の匂いがした。世間は、卯月。一回生の担任か……早く会いたい。入学式の会場に連れて行く前に、挨拶するんだよなあ。担任の大和です、四年間よろしく。うーん、ひねりが無い。戦艦じゃないよ先生だよ、まいど! 大和です。いや、違う。柄じゃない。いい年したって、のんきに物思いにふけってしまう。


「今日も何とか、やっていけるよ」

 柱の向こうに広がる学びの世界へ一歩踏み入れた若人(わこうど)に、おはよう!




―また、二つとない一日がはじまる。







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