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第八話:長月は事の始まり(二ー一)


     二

 


  撫子色の宵の口にときめいた春

  十八歳だったあなたは

  憧れの絶対(マキシマムザ)天使(ハート)を再現していた

  パフスリーブが似合う娘は

  あなたの他にはいないと確信した



 桃色の帽子をかぶっている女性は、物思いにふけりながらアーケードの下を歩いていた。(そら)(みつ)本通り、女性が信仰する(そら)満神道(みつしんとう)の教会本部まで伸びる、県で最も長い商店街だ。

「明日ノAM十時にマキハのラストオーディション、PM三時半に両家顔合わせ、ハードっス」

 女性は、作詞と歌もこなせる声優(の端くれ)だった。脅威の四十代美魔女プロコスプレイヤー、が本業かもしれない。とにかく、夢を人々に贈る仕事をしている女性は、神様に話をせずにいられなかった。

「二代目マキシマムザハートになレル、ビッグチャンス」

 女性が子どもの時よりダイスキなアニメ「絶対天使 ☆ マキシマムザハート」、略してマキハの声優オーディションは、倍率がありえないほど高かった。主人公の(ほう)あきこ/マキシマムザハート役をこれまで演じてきた、アイドル声優の草分け・明宵夕(あけよいゆう)(づつ)が引退発表と同時に後継者を自ら選考すると宣言したのだ。世界的アニメに携われる。マキシマムザハートの椅子をめぐる苛烈な争いを、女性は生き残ってきたのだった。

「ハートとおばあチャン、ドッちモ本気デスよ!」

 ラッパーとして海外を飛び回る十七歳の長男が、緊急帰国した。パートナーがみごもったのだ。現在七ヶ月、あちらのご両親は無邪気に祝福している。来年、二人は法律上、婚姻可能の年齢に達するので、諸々のことを含めて相談しようというわけだ。

「完全ニ喜べナイっテ、お母サン失格ナンでショウか」

 順序を誤っていると思うのは、女性だけだった。夫は頭が柔軟過ぎていて「なるようになるでありますよ」が口癖だった。長男の独り立ちに際しても、そうだった。一男三女の親をやってこられるのが不思議だ。

「マダまだ、ワタシが何者ナノか分カリまセン……」

 大学に通って、「スーパーヒロインズ!」で充実した毎日を送っていた時は「分かった」はずだったのに。


  「ホントウノワタシは、簡単に知ることはできないものよ。私もね、いい年なのに、

  自分が何者なのか、未だにわからないの」


 元ネタがすぐに出てこないが、とても刺さる言葉だ。胸に矢が通ったような感じがする。

「この世ヲ出直す寸前デモ、知れナイんデスかネ……?」

 百回、千回、一万回、人の生を楽しんでいたって、見えてこないとしたら?

「ワタシは、奥サン、お母サン、声優、歌手、コスプレイヤー、詩人、スーパーヒロインetc(エトセトラ)

 数多のワタシ、どれもワタシ。全て取り去ったワタシをも、愛してくれる人がいる。考え込まなくてもいい真実を、いまだに断言できなくて、晴れない。

「たまニハ、助ケテもらいマスね」

 桃色の帽子を脱ぎ、女性は教会本部に一礼して神殿に上がった。



  常盤色の日盛(ひざか)りに突き動かされた夏

  十七歳だったあなたは

  火よりも赤い駒鳥と

  駆け(くら)べしていた

  汗が玻璃(はり)のようだった



 公園のランニングコースを三周し終わって、腕時計に目を移した。明日のこの時間、教え子が手術を受ける。

 緑のジャージを着た女性は、この町の私立校・(そら)(みつ)高校で国語を教えている。五年前に担当した学級の女子生徒が、難病を克服するために一歩踏み出した。

「いっぱいいろんな場所を走り回ることが夢でしたからねっ」

 車椅子の車輪を懸命に動かして、体育祭のリレーで優勝に導いた女子生徒が、ありありと目に浮かぶ。

「私も、小さい頃に苦しい思いをしておりました」

 高校教師は、幼い時、長い熱を患った。六年も寝たきりの生活を送っていて、外でくたくたになるほど遊ぶことが願いであった。

「今では精明強(せいめいきょう)(かん)、質実剛健な不惑(ふわく)ですっ!」

 三人の息子に恐れられる強靭な体と、総理大臣の夫にも引けを取らない図太い心を持った。最近は生徒の間で「不死鳥(ふしちょう)の」なる枕詞を付けられている。

「帰りに病気平癒の祈願に、村雲(むらくも)神社へ(まい)りましょう」

 赤ちゃんをおんぶしていたお年寄りが通り過ぎていって、高校教師は声を上げた。

「祈願といえば、明子(あきこ)お姉さんです!」

 長い付き合いの友達に、初孫が生まれる。一緒にお願いしておこう。

「皆で、集まりたいです……」

 日本文学の魅力を共にPRし、この世の平和を共に守ってきた「スーパーヒロインズ!」の仲間達が恋しくなった。

「明子お姉さんが卒業した後、形の上では解散しましたから」

 最年少だった高校教師は、活動に使用していた二〇三教室がわびしくなってゆく様に耐えかねた。

「顧問は学科の先生方が代わる代わるされていましたよね」

 (そら)(みつ)大学文学部日本文学国語学科の教員は、個性派揃いだった。扇をぱたぱたさせて「わたしは、『(みやび)』そのものですからな。そちらは、下﨟(げらふ)や」と言い放つテカテカ頭の(おきな)、あらゆる女性を虜にする好色戯曲家おじさん、お人形のような容姿なのにスパルタな女帝、常時ニコニコしていて講義では饒舌な神出鬼没テレパシスト、(ページ)の多い本を絶対に持ち歩いている貧血ちょびひげおじいさん、腕章とメガネの学級委員長タイプだけれど意外と体育会系でロマンチストな女史。

「実は『(まじな)い』を行使できたり、武術の達人だったりする、スーパーティーチャーズでした。特に、宇治(うじ)先生は、私が理想とする(かた)でした……いいえ、現在進行形ですっ!」

 あの女子生徒は、同大学の外国語学科露国(ロシア)語コースを専攻していた。そこにも独特な教員がいらっしゃるのだろう。

「空満は、一風変わった学びの園ですもの」

 靴紐を結び直して、緑のジャージを着た女性は神社へ地を蹴った。

「……もうひとり、(にち)(ぶん)に先生がいらっしゃったような。気のせいですよねっ!」


 


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