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第五話:我(ワレ)ハ君(キミ)ト此処(ココ)ニ戀(コ)ヒ戀(コ)フ(四)


     ☆☆☆☆

 与謝野(よさの)・コスフィオレ・明子(あきこ)、大学二回生、師走十三日生まれ、いて座、もう少しで成人の十九歳。彼女には、もうひとつの姿があった。

 スーパーヒロイン・あきこピンク、人間の心を(ほろぼ)そうとする災い「(さは)り」を退ける戦士であった。実は明子のサークル仲間も「スーパーヒロイン」だ。五人の乙女達は、毎月晦日(つごもり)(つい)(たち)の「(はざま)」に来たる「障り」に対抗できる「(はらえ)」を宿していたのである。



 長月晦日の夜、明子は下宿先の共同風呂にじっくり浸かっていた。

島崎(しまざき)クン、昨日もキャンパスにいまセンでシタ」

 たゆたうゴムのクリオネ人形に話しかける。

「講義ト部活ヲ無断欠席っスよ? ソンなコトするタイプじゃアリまセン!」

 クリオネの胸あたりが、撫子色に激しく光った。

「反抗期なんじゃないのー?」

 明子は両手で水鉄砲を作り、クリオネに思いきり湯を飛ばした。

「ソレは中高生ノ特徴デス」

「やだ♡ 彼は万年、中学二年生だから、つい♡」

 クリオネは押さえつけられ、沈められた。

中二病(ちゅうにびょう)は誇リ高きステータスなんデス、コケにしタラ、排水口行キっスよロヸィ」

「やーん、汚いのはや・め・て♡」

 明子はクリオネを離して、(ふち)にもたれた。

 ロヸィことローザヸタは、初代アヅサユミの子であり、明子が宿す「(あい)」の祓の行使者であった。本来の体はハート形の薔薇(ローズ)水晶(クォーツ)であるが、人間や物に憑いて現代を謳歌していた。

「明子がおかしいって感じるなら、当たっているかもしれないわ」

「明子、勘ハズレ率高いっスよ。前期末テスト、ボロ負けデシたカラね」

 ローザヸタの女性人格・ローザが、鮫のように水面を盛り上げて明子の元へ泳いだ。

「教えてなかった? 『愛』の祓はね、行使者の……」

 クリオネローザの言葉は、折れ戸を叩く音で全然聞こえなかった。

「ゴルァ、与謝野ー!! ロック禁止っつったろ、ひとり風呂は三回生からの決まりだよ、バカ!!」

 先輩にどやされ、明子はクリオネをタオルにくるんで退散した。


「ガドリーヌセンパイ、声デカいんデスよー」

 ドライヤーで髪を入念に乾かしながら、明子は頬を膨らませた。

「悪役のような名前だね。カトリーヌでないのかい」

 クリオネ人形が、タオルの上で左右に寝返りをうつ。伊達男の口調は、ローザヸタの男性人格・ヸタである。

「本名、鹿取(がとり)しずナんデス。だカラ、下宿ネームは、ガドリーヌ。フランス語専攻っスよ、関取ミタイなビジュアルなんデスけド」

「キミにも悪意ある言い方をすることが、あるのだね」

 プラグを抜き、明子はヘアオイルをもみ込んだ。

「反りノ合わナイ人ノ一人ヤ二人、いマス」

malum(マールム)の香りだ……新しい物にしたのか」

 ローザヸタは櫛に憑いて、(いくさ)に赴く乙女をきれいにしてやった。

「島崎クンのスキな果物デスかラ。明日コソ、会うんデス」

「『愛』の祓は、行使者の『愛する』者がいる所を探し当てられるのさ」

 口をぽかんとさせた明子に、ローザヸタは再度言った。

「『愛する』は、恋に限らぬよ。キミの仲間に対する『愛』、教師達に対する『愛』、マキシマムザハートに対する『愛』など……『愛』は『愛』でも、中身は同じでないだろう?」

 明子は体を横に揺らした。

「なんとナク分かりマス」

「彼を多少なりとも想っているならば、居場所を突き止められるかもしれないよ」

 櫛が明子の手のひらで立って回転した。

「占いとやり方は変わらぬよ。頭の中で『誰々はどこか』と訊ねながら、『祓』を放出するのだよ。頭にvisio(ヴィージオ)が浮かぶけれども、ボクは『祓』をcrystallus(クリスタッルス)に流したね。様式美さ」

 明子はキルトのケースから、メルヘンな杖「共感(きょうかん)のシグナルシグナレス」を出した。

()electio(エレッツィオ)だ」

 杖の頭部にはまった(タン)()(ナイト)に、明子は撫子色の「祓」を注いだ。

「ところで、キミの下宿ネームは?」

「アッコ、デス。集中サセてクだサイ」

 笑って許してくれなさそうな雰囲気に、ローザヸタは「ハッ!」と吠えた。



 星ひとつ瞬かない夜空か、蔵の中か。はたまた、泥のように眠っているのか。

 病気にかかっていないだろうか。もしもそうだったら、助けに行こう。家はどこ? 食べられない物はある? ワタシ、島崎クンのこと、全然詳しくなかった。


 「障り」を祓ったら、お返事する。だから―。




 冷たくて乾いた地面に、スーパーヒロイン・あきこピンクは両の膝をついた。

「みどりん、レッド隊長、黄色センパイ、青センパイ、まゆみセンセ……」 

 共に戦っていたスーパーヒロインと司令官が、クリア素材の缶にひとりずつ収められた。

(もり)センセ、(ちか)ちゃんセンセ、ときとき、ひろポン、ツッチー、ついでにマブチン……」

 (はざま)に招かれていた(にち)(ぶん)の教員達も、缶の中で眠らされていた。演劇部と、日文二回生の缶詰めまで見かけた。

「オカしいデス、ピンクの知っテル人バッかしっス」

「ソレハワタシノアイガンドウブツガ、イラナイトオモッタヒトタチナンデスヨ」

 ヒロイン缶四個の間隙を縫って、黒髪がピンクの方へ近づいてくる。まったく切っていないのか、髪は足を越していた。

「『神無月(かんなづき)(さは)り』デスか!?」

「ソウデスガ、ワタシガシタンジャアリマセン」

「アイガンドウブツ……愛玩動物っテ言いマシたよネ、何カを操ッテるんデスか」

 不気味な声をあげた「神無月の障り」は、髪をかきわけて、飼っている生き物を紹介した。

「!!」

 髪の向こうも髪だったことは、どうだって良かった。

「人ヲ飼うトカ、鬼畜デスか!! しカモ、島崎クンを!!」

 黒く長い物に(うず)もれて、虚ろな目をしているクラスメイトに、ピンクは涙をこぼした。

「返シテくだサイ!!」

 「共感のシグナルシグナレス」で殴りかかろうとしたピンクを、ステンドグラスの窓が遮った。

durum(硬派の) sacrifici(犠牲)um!」

「クールダウンするの! 怒りに傾いたら『神無月の障り』のペット二号にされちゃうわ」

 ローザヸタのバリアを叩き、ピンクは唇を噛んだ。

「あの『障り』は、(おのれ)で物事を決められぬのだよ。ゆえに、人間を手懐けて、缶に詰める者を選ばせるのさ」

「ペットは、誰でもってわけじゃないの♡ 物事に夢中になっているとか、ある考えに傾いちゃっているとか、心のバランスがとれていない人間が欲しいみたい」

 「障り」は島崎を抱いて、缶を観にいった。

「カレハキョクタンナンデスヨ、アキコイガイハイラナインデス」

「わたしとヸタは例外なの?」

 歩みを止めた「障り」は、髪に唾らしき液を伝わせた。ゆうひイエローから聞いたが、本当に、昔は人間だったのか。

「アナタハアキコノミニツケテイルモノニクッツイテイル、アキコノイチブデス」

「そうか。彼女の帽子を寄りましにしたおかげで、醜い棺を免れたのだね」

「ヒツギジャアリマセン」

 「愛」のスーパーヒロインがかぶっている帽子が、つばをぴんと立てて笑い出した。

「おバカね♡ 缶と棺、どちらも『カン』と読むじゃない。中に物を入れるのも、共通しているの♡」

 縒り合わされた毛の槍が、撫子色のステンドグラスを突いたものの、全然割れなかった。

「ははは、戦は苦手だったかね」

「ヸタの守りが段違いなのよ♡ amissa(失われた)passion(情熱)♡」

 ハート形の光弾が、槍を焦がした。

「バッサリ切っちゃったら? 好感度上がるんじゃない?」

「ローザは美への意識が高いんだ。参考にしたまえ」

 千年も修練を積んだだけあって「神無月の障り」を翻弄している。ローザヸタと決闘した春、一緒に強くなろう、と呼びかけたのは、かなり生意気だった。使い物にならないワタシの代わりに、戦ってくれている。ピンクは悔しくてしょうがなかった。

「ローザの他は、全部醜く見えたボクが、あきこピンクと暮らしている。どうしてだろうね?」

「考えなくたって! 居心地が良くて、楽しいの♡ あきこピンクを悲しませたこと、世界中の草木が絶えても許さないわ」

 聖人ローザヸタの奇蹟を描いたステンドグラスを、光のハートが割って「障り」を切るはさみとした。

「ヤメテ、ワタシノワタシデアルアカシガ、ナクナッテシマウ!!」

 毛束が地をマーブル模様にする。島崎の首筋と肩があらわになった。

「もうクヨクヨしていない? 王子様を起こすのよ!!」

 ローザヸタの「祓」が、ピンクの手足を包む。ダイスキな人達が襲われたショックでうまく出せなくなったピンクの「祓」を補ってくれた。

「ロヸィ……来月マデに、パワーアップしテきマス!」

 羽衣の明るさを最大にさせ、「愛」のスーパーヒロインが島崎へと(かけ)る!

(さは)りに渡す 想いの橋! 薔薇(ローズ)水晶(クォーツ)(アン)華集(ソロジー)!」

 撫子色の「祓」は木の性質を有する。あきこピンクは連想して、花を開かせた。撫子・椿・露草・松・蒲公英(たんぽぽ)・藤が幾つもの缶を囲んで舞い、人々を逃してゆく。

「島崎クン!」

 ピンクは、花々に飾られたクラスメイトの手をつないだ。



 島崎(かい)クン


 遅クナってスミまセン。月曜ハ、ありがとう。ドキドキしチャいマシたよネ。


 ワタシは、勉強ガ全然デキまセン。詩ト近現代文学がダイスキなノニ、テストになルト、頭ガ働キまセン。アニメとマンガで得たマニアックな知識ノ使い時ガ分カラなクテ、成績ハ低空飛行デス。デモ、単位ハ落トシてまセン。へへ!


 たまニ遅刻しマス。録画シテいテモ、オンタイムで見タい深夜アニメがアルんデスよ。コスフィオレ製作ト、自作同人誌ノ執筆ガ止まらナクなッテ、徹夜したコトはフツーにアりマス。冬ノ布団ハ、オアシス、シャングリラっスね。机ト椅子ハやメテ、教室ニ布団を敷クとベリーグッドだト思イまセンカ。


 ワタシの短所ハ、人ノ三倍はアりマス。長所がコンビニで売ッテいタラ、即買いマス。無理やりヒトツ挙げるナラ、ダイスキにナッたらトコとんやりコムとこデス。


 ワタシは、島崎クンのコトを、たくさん知リタいデス。お互イのダイスキなキャラの誕生日は覚エテるノニ、ワタシ達ノ誕生日ハまだ聞いてナイっスよネ。


 島崎クンは、ワタシの短所も愛シテくれマスか。ワタシは島崎クンの短所ヲ「カワいスギる」と思エル自信アりマス。誠意ヲ見セルためニ、マキシマムザハート百日断ちヲ耐エラれマス。


 明日、お返事しマス。昼休み食堂デハどーデスか。ワタシに甘い物、食べサセてくだサイ。半分コしまショウ☆



 神無月朔日、明子はシンプルな服装で登校した。

「やはり、ボク達も行くべきだったかな?」

「お邪魔虫はいらないの♡ スキップして帰ってくるのを待ちましょう」

 ローザヸタは、明子のぬいぐるみコレクションを憑き比べしていた。

「『神無月の障り』は、女の子だったのね」

「明子みたいな子は、どの時代にもいるのだね。村雲(むらくも)神社に預けて()かったのか分からぬが」

「まゆみがドンと胸を叩いたんだから、いいんじゃない? 二代目アヅサユミは懐が大きいわ♡」

「『障り』でなくなった者は、人間でなく、人間でない存在でもない。静かに住めるlocus(ローカス)が要るのさ」

「ヸタは優しいわね♡」

「いや……キミほどでないよ」

 猫のぬいぐるみはしっぽを巻いた。

「明子にこれ以上強くなられちゃ、わたし達が霞んじゃう。『障り』を無くしたんだもの♡」

「『葉月(はづき)(さは)り』と『神無月の障り』か……。彼女達はボク達が考えつかなかったことを、軽々としてくれるよ」

「この調子で、あと(じゅう)の『障り』をやっちゃえば、千年バカンスができるわ♡」

 苔の妖精(うさぎに近い)のぬいぐるみが、手に縫い付けられているタオルを振った。

「わたしとヸタがやってあげた三つ編み、彼なら真っ先に気づいてくれるわよね♡」

 骨ばっている大きな手を握って、malum(マールム)のように赤い顔をしている明子を想像して、ローザヸタはまどろんだのだった。

 











  神無月(かんなづき)(さは)り【(かん)・懐(なつ(づ))きの障り】

  ()らぬ人を(きよ)げなる缶に収め、渇きを覚えた折に開け、心を余さず飲み干すなり。

 偏りたる(おも)ひを抱く人に寄りて、要らぬ人を選ばするなり。







〈次回予告!〉

 「ついに来てしまったのだね……」

 「近松(ちかまつ)先生、恍惚として、どうかされたのだろうか」

 「……やっと君への想いが遂げられるのだよ。食指が動くでないか!」

 「(すこぶ)る暴走されているとうかがえる……」

―次回、第六話「舞姫と好色男」

 「もう待ちきれぬ。(もり)(くん)、今宵こそ語らおうではないか。恋の手本を一からじっくりと教えてあげよう」

「断固として、拒否する」 

「なに、恥ずかしがる事はないさ。ほら、私の胸へ飛び込んでおいで!」

「自分は速やかに退避する、この、好色男! ド変態!」


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