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第五話:我(ワレ)ハ君(キミ)ト此処(ココ)ニ戀(コ)ヒ戀(コ)フ(一)


     ☆


  告白


  ひび割れた鏡 端の歯が折れた櫛

  糸より細く頼りない髪が 抜け落つ

  ぼやけたチーク はげたルージュ

  深爪した指に ワインが滲み出る


  ワタシは問う 反転した乙女に

  真夜中の森で 成された秘め事

  綿毛に囁かれた 熱き二文字

  コールタールに 隠されてしまったの?


  スパンコールの星 マカロンの月

  サイダーの銀河 サテンの極光(オーロラ)

  綿毛に囁かれた 熱き二文字

  林檎の蜜と 飲んでしまいましょう



与謝野(よさの)さん」

 クラスメイトに呼ばれ、与謝野明子(あきこ)硝子(ガラス)のペンを寝かせた。

「途中だったでありますか?」

 彼の謝る癖は、優しい人柄であることを示す。知り合ったばかりの頃は、格好悪いと思っていた。

「完成しマシたヨ」

 安堵する彼に、明子は笑ってしまった。演劇部での鬼才ぶりが嘘のようで、おかしかったのだ。

「スパヒロ文集ニ詩を投稿シテ以来、イメージの芽ガいっパイ生エテくるんデスよネ。花咲カセたくナルじゃナイっスか」

 明子のサークル「日本(にほん)文学(ぶんがく)課外(かがい)研究(けんきゅう)部隊(ぶたい)」は、今度、隊員による文集を発行するのだった。スパヒロ、とは、サークルの愛称「スーパーヒロインズ!」の略である。

「今年の学祭に配るのでありますか?」

「イエス☆ 今回ハ無料デス」

「よろしければ、三冊取り置いていただきたいのでありますが」

 明子は片手で丸を作った。

「熟読用・保存用・布教用っスか!? さすが島崎クンは心得テいマスなー」

「ひいっ!」

 島崎(しまざき)は壁際まで後ずさった。クラスメイトとはいえ、男女であるがゆえ、保たなければならない距離が存在しており云々。

「布教と言いましても、部内で回覧するだけでありますよ……」

 明子の猫のような目に見つめられ、島崎は汗が吹き出た。

「立派ナ布教デスよ☆ 明子タチの文学PRをサポートしてクレてマス!」

 スカートに吊り下げていたピンク色のヨーヨーを構えて、明子はクールな決めポーズをとった。黒髪のツインテールは、狂気な凶器である。嗚呼、我を()り刻み給え、(あか)(おう)(きょ)よ。

「まゆみセンセに、どーシテもっテお願いシタんスよ。小説づくしモ、ジュエリーボックスみタイに素敵デスけド、詩をプラスしタラ、モア・ゴージャスにナりマス! センセ、OKシテくれマシた☆」

「与謝野さんは、詩のセンスがよろしいでありますからね」

 垂らした糸をつまんで、ヨーヨーを三回転させる。もしや、ピンホイールなる技ではないか。島崎は、明子に役者魂を感じた。

「『素晴らしくて、(うつつ)の境目がおぼろげになる詩をよろしくね!』デスよ。半分脅迫でシタね。センセの眼力ハ、真似できナイっス。メイクの再現シタぐらいデハ、トテもとテモ」

安達(あだ)太良(たら)先生のコスフィオレ、お似合いでしたであります。写真を拝見後、早速スケッチしたであります」

 明子が付けたミドルネーム「コスフィオレ」は、コスチュームプレイ、略してコスプレを指す。もちろん、彼女の造語だ。アニメ・コミック・ゲーム等の架空の人物に扮して、登校している。実在の人物や職業の制服もたまにする。

「衣装は全て手作りでありますよね。昨年冬より小生共演劇部に提供いただき、感謝に堪えないであります」

 深々と礼をする島崎に、明子は手を軽く振った。

「着ラレるコトがコスチュームの(さいわい)なんデスよ! 次はジャングル要塞のミュージカルっスよネ!? 資料集めてデザイン考え中デス☆ 島崎クンは、エニシダ大佐っスよネ、準主役じゃナイっスか!」

「おかげさまで、であります」

「台本読ンダんデスけド、大佐はドラセナ二等兵がスキなんスよネ。役ノ説明デハ、二等兵ハ美少年トありマスが……実ハー?」

「ネタバレはさせないであります」

 明子が肩をすくめて背中を向けた。

「厚かまシイ望みヲ話しテモいーデスか?」

 島崎は真顔で答える。

「どうぞ、であります」

「明子ノ詩、音楽ヲ付ケルんデス。歌うノハ、明子なんデス。アニソンがベストっスな」

 たなびく昆布のような黒髪と、むきたてのゆで卵みたいな肌とのコントラストに、島崎は魅せられた。

「第一歩としテハ、島崎クンのシナリオに使ッテもらいマス☆」

 明子が右足を上げ、両手を丸めてハートを作ってみせる。永遠の二次元ヒロイン「絶対(ぜったい)天使(てんし) ☆ マキシマムザハート」の「爆誕(ばくたん)きゅんきゅん」である。主人公がマキシマムザハートに変身した直後、浄化すべき「(あい)()(もの)」に誇示するのだ。

「マーベラスな一篇デ、満員御礼ハ確定デスよ☆」

 風が強まり、演劇部部室を駆け巡る。机の原稿用紙が、一枚、一枚めくられ、束を離れて、飛ぶ自由を得た。

「ひぎゃー! 明子ノできたてポエムがハリケーン!!」

「先に窓を閉めるであります!」

 急ぎ島崎は、風の経路をふさいだ。これでゆっくり作品を拾い集められる。

「サンキューっス」

 爪先に乗りかかった一枚をつまもうとしたが、十四時を知らせる音楽が流れた。この町発祥の宗教、(そら)満神道(みつしんとう)の教祖がこの世を出直された時刻である。信者の二人は、黙祷する。たとえ講義、雑用、アルバイトの最中でも、十四時から一分間は手を止めるのだ。さすがに命に関わる場合はそちらを優先する(この世を明るく生きてもらうことが、神と教祖の願いなのだから)。

 音楽が終わり、二人は三回拍手して一礼した。

「廊下にも落ちているでありますね。小生が取りに行くであります」

 島崎の後ろ姿に、明子は瞬きを繰り返した。つまようじだった体型が、鉛筆になっている。部活動で鍛えられて、がっしりしたのだろうか?

「ウエストは明子と同ジくライっスけド」

 夜中のスイーツを減らすのは、厳しい。マキシマムザハート、コスフィオレ、サークル、アニメ、漫画、サークル、執筆、文学の勉強に全力を注いでくたびれた心身を、何で回復しようというのだ。

「5、6、7……島崎クン、8(ページ)目持ッてマスか?」

「小生が集めた分には、見当たらないであります」

「モシかシテ、下に落チタっスかネ!? 恥ズかしMAX!!」

 広く読まれたいけれど、急に注目を浴びるのはちょっと。明子は、窓に身を乗り出した。

「階段ダト回リ道ニナりマスかラ、二階っスよネ……ココは、まゆみセンセ流デ」

 軽やかに両足を額縁に乗っけた明子を、島崎がつかまえた。

「待つであります! 飛び降りたら危ないでありますよ!」

「ドントウォーリーっス☆ アクションにハ自信ト定評アリっスよ。センセの移動手段ハ余裕でコピーできマス。明子、行きマース!」

「出撃は禁止であります!!」

 島崎に抱き上げられ、床に座らされた。

「迅速に回収するでありますから、与謝野さんは艦内で待機であります……」

 肩で息をして、島崎はふらふらと部室を出た。

「力持ちデスな…………」

 羽衣をかけて蝶の気分を味わってみたかったが、降参だ。

「実ハ、押しガ強イんデスよネ」

 詩を書いていた机に寄りかかり、明子は紙の束をヨーヨーで押さえた。

「チラリとデモ、読んジャってマスよネきット」

 恋の抒情詩に、クラスメイトはどんな心境になるのだろう。

「ただいまであります……」

 島崎が、ゆっくりと歩いてきた。

「これで全部でありますか?」

「ハイ☆ ホントにサンキューっス!」

 残暑に走っていたせいで、島崎の顔がほてっていた。

「コレ飲ンデくだサイ、未開栓デス」

「ヨーグレア! よろしいのでありますか、入手が困難を極めている代物でありますよ」

「明子ノ兄ツインズが、段ボール単位で購入スル暴挙ニ出タんデス。送リつけラレて、部屋ガ狭くナッてイルんスよ。ヘルプっス」

「ありがたくいただきますであります」

 失敬、と椅子を引き、島崎はひと息に半分飲んだ。

「甘酸っぱい!」

「デスよネー! 理想のヨーグルト味っスよネ。駄菓子ニモこンなカンジのタブレットありマシたヨね!?」

「濃い青の箱でありますね。小学校の遠足では大半が持ってきていたであります」

「おやつデスな、三〇〇円ルールでシタか?」

「三五〇円だったであります。与謝野さんは、(そら)(みつ)小学校に通っていたでありますね」

 当大学と同じ学校法人が運営している。明子は幼稚園から世話になってきた。

「私立なノニ、ケチっスよネー。全国一律五〇〇円ニシてくだサイ」

 明子は机のヨーグレアを手にした。飲みさしのペットボトルが、とぷとぷするり、空になった。

「ぬるクナっチャいマシたガ、デリシャスっスよネ。レギュラー化求むっス、ガチで」

 平凡だけれど貴重な日々を、彼女が喜劇にしてしまう。特別な女性であると、島崎は確信する。

「与謝野さん」

「ほに?」

 町の人々にかわいがられる猫のような顔と正面同士になった。島崎は胸に拳を持っていった。

「小生は、あなたを―」



 まぶたの腫れが治らないまま、夜の帳が下りた。明子は枕にあごを乗せて、携帯電話のメッセージアプリを開いた。

第九ノ天使(がぶりえる)第九ノ悪魔(りりす)ガ危険ヲ顧みズ、ユーとミーに雷ノ糸ヲ渡スとハ、混沌ノふぇすたハ近いゼ……★」

 電話をかけた相手は、必然(ミニマムジ・)悪魔(インパルス)契約者(コントラクター)だった。

「とよりーぬ……」

「あきぴー!? どーシタ? ユーが泣くトハ、余程ノ嫌なコトがアッたンだナ!?」

 山川(やまかわ)・フィギアルノ・豊子(とよこ)、必然悪魔の契約者を名乗る他校の学生、明子とは「好敵手と書いて、ともと呼ぶ」間柄だ。

「…………なるホド、恐レテいたコトが、現実にナッたカ」

 明子は弱々しく携帯電話ごしにうなずいた。

「ハイ……。サヨナラの時ガ、訪レタんデス」

「返事ハ、したノカ?」

「まだデス。明子、サイテーっス。号泣シテ、エスケープしてシマいまシタ」

 長いため息が聞こえた。

「ふぃーる・そう・ばっど★ 彼に誤解サレてるゼ」

「ソウっスよネ……」

「めっせーじ送レ。さっきは動揺してました、ごめんなさい、返事は、ソウだナ……来週にします、ッてナ」

「イエス……明子、ハートが蔦まみれデスよ」

 本棚へと這って、文庫本を抜いた。『恋する日本語』を再読するちょうど良い機会だ。

「あきぴーハ、どーしタイんダ?」

 新しいふたりに、hello? それとも、ひとりとひとりに、hello?

「気持ちヲ聞イタんデス、今マデの島崎クンと明子に戻れまセン……」

「ふれんどナかっぷるナラ、吐イテ捨テルほどイるゼ。極端ニ考えルナ。島崎氏ト今後、何ヲしタイのカ挙ゲテみロ。メモに書ク、携帯カぱそこんニ打ツなどシテ、整理スルと、見エテくるゼ。ミーとの通話後すぐスベきハ、島崎氏ヘめっせーじダ!」

 明子は、携帯電話と文庫本を敷き布団に放って、体を丸くした。







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