第四話:朝陽夕陽考(四)
四
真淵は、蒲公英色のスーパーヒロインにひざまずいた。
「大変申し訳ございませんでした。僕が寄りましになり、あなたの代わりに『障り』を祓って差し上げられましたら、長旅をされることなどなかったのです」
イエローが首を横に振るやいなや、黄金の鈴がやかましく鳴った。
「あなたが、ゆうひイエローの代役ですか……。たった数ヶ月お会いしていないうちに、立派になられたものですねえ。いいえ、ナレッジさんは称賛しているのです。邪道の正述陳呪を行使される身ながら、『葉月の障り』のトラップに亀裂を入れられたのですから」
ナレッジの皮肉にも、真淵の笑顔は剥がれなかった。
「電車の窓にモールス信号を打つとは、なかなか賢明でしたよ。日本語に慣れきってしまった『葉月の障り』の虚をつきました。驚くべきは賢友がモールス信号をヒントにトンネルを通過した回数を思い出されたことですね。知は蓄えて害にならないのです」
イエローとナレッジを軟禁していた葉が、駅の構内を回遊する。こすれあって、間に選ばれた者達にボソボソ話す。
まだ生きていたんだ悪運が強いな戦うつもりでいるのか部屋でちまちまつまんないお話書いているくせにそのわりには作品が世の中に認められてないじゃんお勉強だけのやつ真面目で優しい人はどこにでもいるんだよあなたがいなくても社会は成り立つ泣けよブス優等生ぶって消えてしまえ現実見ろ
「おやおや、句読点がございませんね。どなたに伝えるおつもりです? 慣れていらっしゃるのでしょう? 指導した方のお顔を、できるものなら拝見したいですねえ」
文章を作っていた葉が、真淵に切りつけようとした。イエローが髪のリボンを数本伸ばして鋼より堅固な壁を織り、防いだ。
「僕のような取るに足らない者のために、お手間をとらせてしまいまして、深くお詫び申し上げます」
「手間やありません。先生を、傷つけさせたくなかったんですよ」
真淵は、イエローと目を合わせた。
「ゆうひイエローさん、あなたのご意見を、聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
蒲公英色の気が、金の砦を築いた。ナレッジが気を利かせたのだ。イエローは会話に専念できる。
「『庭の七竈』の続編を書いているのですが、あなたが作者でしたら、大人になったカズコさんと、ナナカマドを再会させますか」
真淵はこちらの考えていることを聞ける。だが、イエローは、空気を震わせて、思いを表した。
「会えないです。なんでや、て納得いかない読者が多いかもしれません。ナナカマドさんがいる所が分からなくなって、カズコさんは途方に暮れていると、そこに泣いている子を見つけるのです」
イエローは自分の手を合わせた。
「ナナカマドさんが笑顔にしてくれたように、今度はカズコさんが、その子をにこにこさせようと決めるのです。カズコさんが、ナナカマドさんになる結末に、うちはします」
「あなたは、僕の前を常に進むお方です」
真淵がそっとイエローの手を取り、ブローチを握らせた。
「僕があなたのナナカマドです。幾久しく」
「いただけませんよ、先生の大切にしてはる物やないですか……!」
「ここに『他述陳呪』の行使方法が記してあります。必ずゆうひイエローさんのお役に立ちますから、お受け取りください」
おろおろするイエローに、ささやいた。
「あなたでなければ、ならないのです。それに」
真淵は頭に指を当ててみせた。
「方法は皆、ここに収まっておりますから」
「さて、ゆうひイエローさん。実践ですよ」
左胸に蒼いブローチを付けて、イエローは表情を引き締めた。
「『他述陳呪』には、他者の思考を書き換えられる効果がございます。お望みのままに行使を」
真淵に送り出され、スーパーヒロインは砦を出た。
「ナレさん、フィナーレや」
「新しい技を披露致しましょう」
ナレッジは鈴とひとまず別れて、人型の巨大なロボットに姿を変えた。「知」の祓を表す、下弦の三日月があちこちに配してある。眼鏡をかけた賢者のデザインが、イエローにぴったりだった。
「鏗ちて障りを 正しましょう! 琥珀の添削!」
惑う言の葉をナレッジが誘って、縦二十字、横二十行に整列させる。イエローは「祓」を集めてできた黄金のペンを持ち「葉月の障り」を直した。
葉月の報せ【(言の)葉・付きの報せ】
人を言の葉の電車に乗せ、ひとときの旅をさす。言の葉は厚く重く、人の望む涼しき景色を真のやうに見せる。
「来年の間に、涼を運んで参ります」
大きくて厚みのある葉が一枚、丁寧な挨拶をして空へ上がっていった。
「理想を現実にしましたね、賢友。ナレッジさんは、久々に、晴々としております」
イエローは、身体中が炭酸のようにパチパチ弾けている感じを覚えた。
「『障り』を、無くせたんや……! 明日の朝、皆に連絡せなぁ」
真淵が静かに、イエローの隣まで歩いてきた。
「『祓』と『他述陳呪』の複合術ですか、素敵な出来栄えですよ。僕からは何も教えることはございません」
「ゆうひイエローのお慈悲に感謝していただかなければなりませんよ、真淵。あえて第三位の『呪い』を混ぜたのですからねえ」
ナレッジをさしおき、イエローの前に回り込んだ。
「お疲れではございませんか」
正しい後継者にブローチを渡せたものの、懸念が残っていた。聞こえる他者の本心につらくなったり、親しい人達に距離をおいたりしないだろうか。
「先生は、いつでもうちを心配してくださっているんですね」
イエローは、ブローチに指を乗せた。
「ごめんなさい、練習で先生のお気持ちを聞いてしまいました。当分は使うのをやめます」
父親になろうと努力してきた教師は、娘に潜んだ芯の強さを目の当たりにする。
「思っていることだけで、決めつけたくないのです。直接、話し合って、理解したいです。周りの人、それから『障り』も」
朝陽の娘だが、朝陽と同じ生き方をたどっていない。今になって、当然のことを教師は知らされた。
「明日、空満図書館にてお待ちしておりますよ。例の文集に寄せる短編小説も添削しましょう」
「『庭の七竈』の続編、冒頭のみで構いませんから、読ませてくださいますかぁ?」
間の空に差す光を浴びて、真淵は朗らかに答えた。
「あなたが最初の読者ですよ、夕陽さん」
《草案》
葉月の障り【(言の)葉・吐きの障り】
すさびに人を言の葉の伏籠に籠め、疲れさす。痴れものゆゑ、言の葉は薄く軽く、外より働きかければ出られる。
〈次回予告!〉
「日本文学国語学科二回生の島崎戒であります。 小生、同級生に懸想しているであります。その人とは趣味が合うのであります。明るくて、物事に全力で取り組んでいて、芯が強くて麗しいのであります。小生はその人に釣り合うのか、不安なのであります……」
―次回、第五話「我ハ君ト此処ニ戀ヒ戀フ」
「うじうじと悩んでいても何も進展がないであります。小生、決めましたであります。 ここは男を見せて、告白するであります! 待っていてください、与謝野さん!」




