第四話:朝陽夕陽考(三ー二)
「『障り』は、人やったんやないやろうか」
霧が晴れて、電車は夕陽の自宅が近い駅に止まる。
「その考えに至ったプロセスを、聞かせていただけませんか」
夕陽は「障り」ノートの表紙を再びめくった。
「『障り』の能力が、それぞれの名前の由来にちなんでいるんや。例えば『卯月の障り』は『疼く』、うち達の存在が無かったことにされて、うち達の心を『疼か』せた。『皐月の障り』は『察・忌』、相手が『忌み』恐れる物を『察し』て変化した。何かに似ているて思たんや」
「文月の障り」の対策欄に、夕陽はメカニカルペンシルで「殊なる力」と書き足した。
「この世には『人を外れた行い』があって、それをしてもうたら、償いとして『殊なる力』を宿されて、人と人やないものとの間におかれた存在になるんやった。安達太良先生は、お父様を蘇らせたため、なんでも『引く』力を科せられた」
「殊なる力」の隣に、担任でありサークル顧問の姓名を書く。
「力を宿された十二年前、先生のお名前は偶然にも、陸奥の安達太良山にある檀で作られた弓『安達太良真弓』と同じやった。弓の縁語『引く』が力になっているんやよ。お名前と関係がある、失礼やけど、『障り』もそうやな、て」
「『障り』が、『人を外れた行い』をした方の、成れの果てだと仰るのですか……」
「安達太良先生は、最近まで力を持っていたことを知ってはれへんかった。もし、当時から知ってはったら……力に負けていたかもしれへんわ」
「せっかく蘇らせた親が、生きることを拒み、黄泉へ旅立たったのでしたねえ。精神の支えを失った人間ほど、脆いものはございませんよ」
ラグビーの町で有名な市の役所がある駅に着く。この地域は一人で行ってはならないと、心配性の父に教えられた。
「今の先生は、孤独やないから、力を律してはる。素敵なご主人様が、先生を慕っている人達が周りにいるて、幸せやで」
「安達太良先生が『障り』になり得た可能性があるとお考えなのです?」
夕陽は神妙な顔つきになった。
「不安定な状態やんか。宙ぶらりな存在なんやもん。先生は神様を継ぎはって抜け出せた、ラッキーやったんや」
「夕陽、友ですから時に厳しく申しますが『障り』に改心してもらおうなどと思ってはなりませんよ。理想に留めておいてくださいませ。努力を積まれましても、成せないことがございます」
ナレッジの硬くも温かい音が、頭にまとわりついていたどろりとしたものを拭い去ってくれた。
「肝に銘じておくわぁ。ナレさん、うちの考えは合っているんやね」
「あなたがそう信じていらっしゃるのなら」
ストレートにいかない友に、柔らかく笑った。
「ナレさんも見過ごされへんかったんやろぉ。あとあと『障り』が無くなって、戦わへんですむんやもんね」
黄金の鈴に手を当て、さらにゆっくり言った。
「アヅサユミさんに会いたくないんは、それもあるんやったね。アヅサユミさんが全て分かっているとしたら、人間を好きやのに、『障り』は受け入れへんのは、なんでや。問い詰めたいけれど、えらい緊張するやんなぁ」
五度目のトンネルだ、耳詰まりは平気だった。
「ナレさん、ほんまにごめん。文月晦日に同じ話をしていたんやね。うち達がいるんは、葉月朔日やなかった。文月晦日と葉月朔日の間や」
腰を上げて、夕陽は指を組んだ。彼女の周りに蒲公英色の硬質な気流が噴く。
「兎眼寺駅まで来たら出発地点に繰り返すんは、『葉月の障り』の力がかかっているからや。えぇかげん、出ていかなあかん」
気流が夕陽をすみずみまで覆い、衣服を更めた。穢れなき白の着物、膝より下をしっかり隠した黄色い袴、最後に蛋白石の護符が、ベルベットのリボンで胸元に結ばれた。
「言草の すずろにたまる 玉勝間、スーパーヒロイン・ゆうひイエロー!」
これから演奏するは、反撃の二重奏。ゆうひイエローは、ピアノを弾き始めるように両手を高くした。
「ナレさん!」
「車庫に下がっていただきましょう、永久に」
水琴鈴は、捉えどころの無い「祓」を扱いやすくする「呪いの具」。名を「玉の小櫛」、第四の神代の戦士・ナレッジが取り憑けば、黄金の曲が舞い降りる。
「思ひくづをれて止めたらあかん! ゆうひブレスィング・鎖の裁き!!」
珠の鎖を車内に張り巡らせ、ちりり、ちりちり鈴の音と共に対象を砕いてゆく。
「『呪い』やない力も、破るんは、えらいしんどいんやなぁ……! 長距離走を、しているみたいや……」
息を切らして、顧問の姿を頭に浮かべる。顧問の父は「呪い」を解く方法を編み出した。『萬葉集』巻第十六を土台にした「安達太良解法」は、顧問が使いこなしている。
「反動を受けずに解除する新アヅサユミが、スペシャルなのです。あなたは、大層頑張っていらっしゃいますよ。力を借りている相手が良かったのですから」
アルミニウム合金だったかけらは、薄くて小さい葉に変わり、イエローとナレッジを避けるように散らばっていった。
「クス。今回の間は、電車と非常に縁のある場所でしたか」
登下校に利用している、畿内鉄道の空満駅が、イエローとナレッジを待っていた。
「電車に乗せられていたゆうことは……」
イエローの足に敷いてあった葉が、あちらこちらへ逃げてしまった。真下は線路だ。「障り」は電車をどこに置くのか分かっていたらしい。
「ひやああ!」
羽衣で体を浮かせなければ! 念じたがさっき「障り」に抗って疲れたせいで次の行動に早く移れない。仲間に教えてもらった受け身をとるか……。
「僕は、間に感謝しなければなりません。なぜなら、この賤しい手でも、あなたにけがを負わせずにホームへ引き上げられるのですから」
その人にふれられたのに、鼓動は激しくならなかった。頬も熱くない。吊り橋に揺られている感覚が、なぜか、山を後ろにして楽しくどんどこ歩いている感覚に差し替えられた。
「真淵先生…………」
全然似ていないけれど、愛しき師匠が、父親のように思えたのだった。




