第四話:朝陽夕陽考(おはなしと二ー二)
十番目の駅は「ふみくら」駅です。昔、この地域すべてが図書館でした。探せない本は無い、と言われるぐらいに、いろいろな本がしまってありました。図書館は、カズコさんが生まれる前に、取り壊されてしまいました。「くに」から遣わされた「まち」のえらい人が、こう言ったのです。
「文化は、人をなまけ者にする無駄なものだ」
最初は反対していた「ふみくら」駅の人々でしたが、三日経つと「まち」のえらい人が正しいと思うようになりました。
まず、若くて整った顔立ちが、新しいせかいを作る者だと人々に期待を抱かせました。期待が不安を上回った時、「まち」のえらい人は、これまでの過激な言動にひと味付け加えました。
今度は、誰の耳にも心地良い言葉を、人々に届けて信頼を手に入れました。話している内容は「無駄はいらない」「役立たずは捨てろ」「ちんたらした『くに』を壊そう」でした。チクチク、イガイガする言葉に、フワフワ、サラサラしたドレスを着せると、考えが受け入れやすくなるのです。
無駄なものとされた図書館は、たったの一晩で砂の大地に変わりました。人々に「大変なことをして申し訳ない」気持ちは起こりませんでした。「まち」に「許せない」とも思っていません。陽が昇っていても、人々は深い夜を歩いていました。
「まち」のえらい人は言葉に「夜の魔法」をかけていたのです。
図書館が残っていたのなら、世界中の黄色い物を集めた図鑑を読んでみたかったわ。カズコさんは遠ざかるホームにそっと、言いました。
電車は「みくまり」駅へ走ります。「にわ」まであと二十駅です。
小説の設定をまとめたノートを閉じて、夕陽は吊り革を見上げた。
「ゴチャゴチャしたストーリーや。今川焼き団と、回転焼き団が、たまたま境界線に足を踏み込んでもろうた黒猫さんに、あんこの入ったまんまるなおやつをどっちが正しい名前で呼んでいるか、判定してもらおうゆうんやで。佳作にも選ばれへんわぁ」
「結果がどうであれ、書き続けるのでしょう、賢友?」
珠鎖をなでて、夕陽は微笑んだ。
「せやわ。辞めたくないんやよ。ライフワークになっているんやろうなぁ。文学部で学んでいるんやったら、書くもんやろぉ、てうちが決めつけているんかもしれへん」
グレーになった窓に、夕陽とナレッジが映る。
「トンネル? 四度目やけど、内嶺線は青馬駅と岩削駅間にしか無いやんなぁ……」
水琴鈴が、激しく揺れた。
「ナレさん!?」
「失礼致しました。思いの外、座席が揺れるものでして」
「そうやったん?」
勘を取り戻しつつある夕陽に、ナレッジはこっそり歓喜していた。
「葉月なんやね。ほんまに、月日が経つんはあっという間や。アヅサユミさんのお手紙に、毎月『障り』が来るてあって、びっくりしたわぁ」
「戦われている際は、怜悧な頭脳をフルに用いていらっしゃいますがねえ」
夕陽がリュックサックのサイドポケットを広げた。入っていたのはB4サイズのノートだ。
「うち、毎回戦った後は『障り』について記録しているんやよ」
いつの「障り」か、姿、能力、言葉を用いるなら文体または口調、弱点、次の対策が簡潔に書いてあった。
「うち達が寿命を迎えた後、『障り』が来ぉへんとは限らへんやろぉ。この先『障り』に関わる人がいたら、参考になるんとちがうかなぁて」
「そのようなお方がいらっしゃった際は、ナレッジさんがノートを渡しますよ」
「おおきにぃ」
夕陽は「文月の障り」の頁に付箋を貼り直した。間の前に訪れた例外の「障り」である。その場にいなかったので、祓った唯音先輩に聞き取りをした。他の例外を挙げるなら「水無月の障り」は、厄介だった。怨念が、祓った翌月に仕返しをしてきたのだから。
「ナレさんは、知識をぎょうさん持っているんやんなぁ」
「どうかなさいましたか」
泰盤平野が見下ろせる場所へ出た。ビルや高速道路が、ジオラマのよう。創造主の心地だ。
「うちの考えは、当たっているんやろか。『障り』に正体があるとしたら……」
電車は兎眼寺駅を出る。二人のみを乗せて、ぐるぐると。どれくらい乗り換えをしそびれたか、覚えている?




