1. スタート直後に人生が詰みかける
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2023年7月6日、晴れ。
一週間ほど前までこの日は雨予報だった。
しかし雨雲が前倒しで東海地方に訪れてくれたおかげで、奇麗に晴れとなってくれた。梅雨の合間の貴重な晴れ日である。
愛機トレック・エモンダをアパートの外に出す。
時刻は7:50、この日も気温は30℃に届きそうな気配である。
家の最寄りのコンビニに入って補給とドリンクを用意すると、早速のスタートである……と意気込んだのは良いのだが、早速トラブルにあった。近所にある高校の学生たち、その通学にカチ合ってスタート早々押し歩きである。
そうだよね、午前8時なんてそりゃ通勤通学の時間だよね。
十代学生の集団と並んで歩く。
狭い歩道を歩く制服姿の学生たちの間に、一人ロードバイクの押し歩き。
心なしか周囲の視線と話題を搔っ攫ってしまっているような気がする。
もしかしなくても: 不審者
と言う言葉が脳裏に過る。うん。通報案件ではなかろうか。
ロードバイク用のウェアは、ピタッとした体の線が出るものが多い。空気抵抗を抑えるためにそうなっている。
上半身はもちろん、それは下半身も変わらない。つまり、多くは語らないが……、その、股間のあたりとかも、ね(察して)。
そういうの抜きにしても白い夏服の男女高校生たちに交じって、一人ロードバイク用の姿をしたおっさんが一人混じっているというこの異物感。
たった一言、「こんにちわ」と知らない児童に声を掛けたが最後、事案として周辺地域に周知される昨今である。
こうしてロードバイクウェアを着て高校生に交じって歩いているというこの事実だけで、正直私は裁判に勝てる気がしなかった。
何にもしていないのに冷や汗ダラダラ。
始まる前から終わりを覚悟する不測の事態。
帰って来てから岐阜県警HPを確認し、不審者情報に掲載されていなかったことに安堵したのはここだけの話。
さておきスタートです。
先ずは可児市に向かって舵を切るのだが、国道248号線へと合流する。
多治見を含む東濃地域から、西濃方面へと続く大動脈である国道248号は一部片側三車線化もされている道路だ。それだけに交通量も多いため車道ではなく歩道を走ることを選択する。
登り気味に走っていくと、ある工事現場の出入り口に行き当たった。看板には、「中央新幹線トンネル工事」の文字がある。
前回の「富士山 おっさん ロードバイク」でも軽く触れたがリニア新幹線は本当に岐阜を通るのだ。このまま多治見に駅を作って欲しいものである――そうすれば関東、関西方面のアクセスで名古屋まで出なくて済む。すごく助かる。
でも後々調べたら、中央新幹線駅が作られるのは中津川と名古屋なので、多治見からのアクセス具合はあんまり変わらないのだ。
国道248号線は自動車専用道ではないものの、可児方面に向かう比較的新しく整備された道路だ。
そして郊外に向かうとあって歩道にも人がいない。この歩道は自転車用路を兼ねているのでグイグイ走ることができる――のだが、いかんせん季節は夏。雑草が繁茂するエリアもあって、走りにくい場所もあった。
前作でもちらりと書いたが、ロードバイク/自転車は道路交通法上、車輛である。なので基本的に車道を走らなければならない。
しかし車道の状況によっては運転者の判断により歩道を走っても良いということになっている。
以上の二点により、本来であれば自転車は可能な限り車道を走るべきだ、と言うのが道交法上のルールである。
しかし一方で、車道を走るのが危険という状態が連続する場合も多い。例えば交通量が多いとか、大型トラックが沢山走っているとか。こうなると無理に車道を走って、事故に遭う可能性を増やすことになってしまう。
かといって歩道は歩道で、自転車が走る用には作ってないので、砂利だったり石だったり、夏の時期には雑草でまともに通れない程だったりと非常に環境がよろしくなかったりすることもある。交差点や迂回路に添って歩道が続くと真っ直ぐに進めないこともあるし。
ロードバイクという、非常に速度の出る自転車に乗る以上車道を走りたいのが運転者としての本音だ。
それ以上に歩道はロードバイクでは走りたくないのもまた本音である。
主要な国道は全て自転車専用レーンが出来てくれればいいのになぁ、と思いながら可児を目指して走っていく。
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多治見からは登り坂の国道248号線だったが、可児市に入ったあたりで一気に下り坂になる。
軽快に進んでいくと、大きな道路が交差する市街地に入った。そのまま国道248号線を北上していくと、大きな川に行き当たる。
木曽川。
言わずと知れた大河川。
長野県木曽郡を水源として、岐阜南部を大きく横断して南下。やがて長良川、揖斐川と並走するように流れて伊勢湾へと続く一級河川である。またこの三つの川を合わせて木曽三川ともいう。
岐阜県多治見市に異動する前は三重県四日市に住んでいたので、木曽三川は非常に馴染みのある川だ。四日市からだと木曽三川公園ってところが、ちょうどロードバイクで走る目標に丁度いい位置にあったのでよく目指していたものだ。
揖斐川と長良川は河口付近で一つになるのだけど、木曽川だけは長良川とほんの10メートル幅の陸地を挟んでギリギリ合流はしない場所を流れる。その僅かな陸地は河口の方で広がって長島と呼ばれる土地になる。
長島は日本史にも登場する長島一揆の舞台だ。
九州からこちら東海地方に越してきて驚いたことの一つに、そこら中に教科書レベルの史跡が転がっている事がある。
中世以前は京都を中心とした近畿地方、戦国時代は東海地方、近世以降は江戸を中心として歴史が動いていた……というのはちょっと過言かもしれないが、織田信長を始め有名な戦国武将は東海・甲信越に固まっているわけで、有名ということはそれだけ日本史に与える影響が大きいわけで、となると日本史の戦国期に有名な出来事はやっぱり東海地方でたくさん起きているわけだ。
そんな長島も、今や普通に住宅と田畑で埋め尽くされている。なんなら有名な遊園地やアウトレットパークもある。
歴史は過去で浪漫だが、現実を見つめてみれば浪漫では生きてはいけないのだ。世知辛いことだね。
さて。
歴史浪漫溢れる長島のはるか上流へと意識を戻して。
下流の方ではかなり川幅も広くなっているので水量は多いものの、あまり流れが激しい……みたいな印象ではなかったこの木曽川も、この可児の辺りでは些か違う趣を見せている。
川幅のせいか、或いは大きな自然岩が転がっているせいかどうにもワイルドなのだ。
そんな木曽川を渡って直ぐに右折し、国道248号線を離れる。その辺りで、木曽川に流れ込むまた別の川沿いを上流に向かって走り出す。県道371号線、そして国道41号線――木曽川の支流となる、飛騨川だ。
この国道41号線は飛騨川、そしてJR高山本線と互いに絡み合うように北へと伸びている。その途上に、今回の目的地である下呂温泉が待っている、と言うわけである。
県道371号線はじきに国道41号へと接続した。
時刻は九時を回ったところ。ようやく本番の開始である。
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抱腹絶倒の富士山一周記です。
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