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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

おもちゃ

作者: 壱原 一

最初はバースデーカードでした。


はがきサイズに2つ折りされた厚紙を開くと、畳み込まれていた紙細工のバースデーケーキが立ち上がります。


しかもケーキの正面に配されたボタンを押下すれば、チープな電子音ながらハッピーバースデー・トゥー・ユーが奏でられる豪華仕様です。


取り回しが容易でシンプルかつ即応性が高く特別感あふれる上に、紙質やデザイン等も感性に合致したのでしょう。


娘はそれはもう夢中に、ややもするとおもちゃ屋さんで厳選に厳選を重ねたおもちゃよりも夢中になりました。


曲の途中でボタンを押すたび再生が仕切り直され、曲の冒頭を滑稽な具合に反復させられる点もツボを捉えたようです。


ソーソ ソーソ ソーソ ソーソラー ソーソ ソー ソーソラー ソー ドーシー…


小さな背を丸めて、床の上へ置いたカードのボタンを軽妙に押す。これで大満足。星五つです。


熱狂ゆえの酷使によりボタン電池が消耗し電子回路の接続が怪しくなり出すまで直ぐでした。


甲高く陽気な電子音がひび割れて勢いを失くし、半音ずつ下がってテンポが遅く途切れがちになってゆきます。


その耳障りな音の隙間にどうも具合の良くない何者かが酸素を求めて深く息衝く苦しげな呼吸音が紛れているのです。


弱って狭まった気管に勢いを付けて空気を取り込む細く掠れた息の音。


ぜいぜいひゅうひゅうと今にも詰まって途絶えてしまいそうな呼吸を繰り返す干乾びた口が、段々と形を変え、横から縦に開いて、娘の名前を呼ぼうとしているようでした。


踏んで壊してしまい「ごめんね」と謝りました。壊れかけていたこともあって、娘はあっさり許してくれました。


*


次はアニメヒロインの変身道具を模したコンパクト型の鏡でした。煌びやかな装飾が施され、内部に小物を収納できるごく淡白なおもちゃです。


バースデーカードと同じように甚く琴線に触れたようで、まだ筋力の覚束ないふくふくした手足を精一杯ふり回し凛々しくポーズを取って変身してくれます。


コンパクトは作中で仲間達との通信機器を兼ねています。これに倣って変身前後は架空の仲間達と想像上の出動要請を受けたり作戦会議をしたりするまでがセットです。


暮れ掛けの居間の窓際で電気も点けずに座り込み正義の通信に勤しんでいます。微笑ましい後ろ姿に歩み寄り、カーテンを閉めて電気を点けようと何気なく娘を見下ろして硬く身構えました。


鏡に誰か映っています。見慣れた居間に蹲る娘の背後、ソファの陰から顔の半分を覗かせて朗らかに笑う大きな目と口が視野へ飛び込んできました。


娘と喋っていました。


取り上げる。振り返る。激しい動揺下で相反するタスクが同時発生して一瞬スタックし、全身が熱く焦燥したのを覚えています。


快活な笑顔で澱みなく口を開閉させている何者かは、とても厭な馴れ馴れしさを放っていました。


慈しみや労わりとは程遠い、好奇や興味ゆえのおもねり。目的に添うよう誑かし取り入ろうとする利己的な意図が滲み出ています。


親しい相手へ向けられるなんておよそ許容し得ない、増して我が子へなら殺意すら覚える非常に疎ましい笑みです。


鏡越しに目が合うなり一層のしたり顔で笑われ、言葉もなく鬼の形相で突然おもちゃを取り上げられた娘には可哀想なことをしました。


戸惑いの表情でこちらを振り仰ぐ顔に心から安堵して抱き上げ電気を点けます。


室内の無人を確認し、カーテンを閉めようと向き合った窓に映る自身の後ろに笑顔の人影を見て大声を上げ泣かせてしまい、ただただ抱き締め慰められもせず震えて家を出るほか出来ませんでした。


*


24時間営業のファミリーレストランで夜を明かす間に「誰と何を話していたの」と訊くと、全く心当たりのない呼び名の人物と一緒にお出掛けする約束をしていたと答えました。


必死に調べて駆け込んだ先で「それらはどなたから」と訊ねられた際の戦慄をどう筆舌したものでしょう。


いくら忙しいとは言えあまりに不甲斐なく、なりふり構わず取り乱しかけるところでした。


覚えていません。カードもコンパクトも、知らないうちに何処かで拾ったり誰かから渡されたりする隙は無かった筈です。


思い付く限りを虱潰しに訊ね回りましたが、出処はついに分かりませんでした。


お祓いを受け、お札やお守りを頂いて塩も盛りましたが気が済まず、早々に敢行した転居は大袈裟でないと思っています。


先年ひとり暮らしを始めた娘は殆ど記憶にないらしく、飽きて聞き流されがちなものの、次が無いとは限りません。


不審物は厳に警戒し、無闇に鏡や窓を見るなとしつこく言い聞かせています。



終.

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