ウィルトス
「……で、ここが宿舎。」
初めの廊下に戻り今度は別の道を進むと、扉がたくさんある廊下へとつながっていた。どうやら、ここは戦闘ギアなどを持つ人が住まう場所らしく、救出任務やモンスターの討伐任務に当たるウィルトスの戦闘員が寝泊まりしているらしい。
「他にも一応施設は色々とあるんだけど一度に教えても覚えきれないだろうし、ひとまず今日は食堂と宿舎だけ覚えてくれたらいいから。任務についてはトレーニングが終わってから説明するね!」
「ありがとう。」と、お礼を彼女に伝えると、ソフィアは空き部屋を俺に案内してくれた。
「じゃあ、カイくんはこの部屋自由に使ってね。必要な備品は大体あると思うけど…。何か欲しいものがあればヒナに頼めばいいから!」
「えっ、ヒナギクってそんな便利なギアを持ってるの?」
「…そうね〜、生活するならかなり便利なんじゃないかな。ヒナの能力は………、」
と、ソフィアが説明しようとしてくれたその時。
「……………ねぇ、邪魔。」
いかにも不機嫌そうな声が後ろから聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには赤毛の少女が立っていた。
狼のような大きな三角形の耳が頭から生えていて、それをピンと尖らせて目を萎ませて、ジーッとこちらを睨んでいる。
フサフサで大きな尻尾を左右に揺らしているその様子はまるで獲物を狩る前の狼のようだ。
……ラルクに続いてすごく怖そうな子だな。
「あ、リン。通せんぼしちゃったね。ごめんね。」
「……いいよ。それより、」
「えっ、えっ、何!?」
突如、リンと呼ばれたその少女は俺の胸元に寄ってきて、スンスンと匂いを嗅いだ。何!?怖い!?
「…………新しい人?…外の匂いがする。」
「そう!新人のカイ。仲良くしてあげてね。」
「……カイ?………はぁ、嫌な名前。」
俺の名前を聞いた途端、リンは露骨にもっと嫌そうな顔をして、ため息をついた。
「えっ…。」
一体なんなんだ。というか、この子狼っていうよりは猫……。
「こらぁ〜、そんなこと言わないの!アレンに言いつけるわよ?」
ずっと不躾な態度をとるリンにソフィアはお説教をかます。さっきのラルクへの反応といい、なんとなくウィルトスにいるソフィアの立ち位置がわかってきた気がする…。
ソフィアに叱られたリンは立てていた耳を垂らして、揺れていた尻尾も地面にペタリとつけた。
「………あいつ怒るとうるさいんだよ。ソフィア、言わないでね。」
「じゃあカイくんを困らせないこと!」
「…………わかったよ。じゃ、リンご飯食べてくるから。」
リンはそう言うと、俺とソフィアの間を抜けた。ソフィアが今日はカレーだよ〜!と叫ぶと、ゆらゆらと赤茶の尻尾が左右に揺れていて心なしかリンの後ろ姿が嬉しそうに見えた。
怖そうな子だと思っていたけど、ラルクと違って耳と尻尾が全部教えてくれるから案外そうでもないのかも?
「もう、リンってばなんでも口に出しちゃうんだから。」
「あはは…。」
きっと自由気ままなんだろうな、なんて俺は笑うしかできなかった。それにしても"カイ"って名前に何かトラウマでもあるのかな?相当嫌がってたけど…。
「明日からは早速トレーニングを始めるから、今日はゆっくり休んでね。」
ソフィアと解散した後、自室に入った俺はベッドで考えに耽った。
俺の肩にずっと居座っていた小鳥は早速、枕でスヤスヤと寝息を立て始める。
流れでそのまま連れて来ちゃったけど、こいつの寝る場所も作ってやらないとな。それから名前も決めないと。
それにしても、色々あったな。
世界が突然変貌して、それが実は並行世界が関係してるだの非現実的なことばっかりで。…それに、母さんも………。
血塗られた母さんの服を握るゴブリンの姿が今も脳裏によぎる。
………母さん。
知らない場所、知らない世界で突然訪れた出来事に丸ごと変わった環境。まるでひとりぼっちになったかのような感覚に襲われる。
小鳥の立てる寝息だけがこの部屋に響く。
ウィルトス、ギア、トップ、アムネジア。
今日、ソフィアから教えられた言葉を一つずつ順番に思い返す。頭の中でソフィアの説明の声を再生していく。
"大抵はギアに覚醒するとトップの記憶が戻るの。それと同時に姿もトップの姿になるんだけど…。"
「……!!」
ウィルトスに着いたばかりの頃のソフィアの言葉だ。…この小鳥は、母さんだったりしないだろうか?
いやまさか、そんな都合のいいことあるわけがないか。希望を抱けば抱くほど、現実が悲惨だった時の絶望は大きいのだから。
俺は小鳥が眠る枕をそっとベッド脇に置くと、天井を仰ぎながら瞼を閉じた。




