木こりのマクロム
「おい!」
突然、野太く非難の色を帯びた男の声が辺りに響いて、スマイルがビクッと首をすぼめた。
声がした方へ顔を向けると、筋肉隆々で斧を肩に担いだ髭面の男が立っていた。
無造作にもじゃもじゃとウエーブした長めの髪の奥から不審そうな目がこちらを見ている。
年齢は俺とコールマンの間ぐらいか。
集落の方へ向かっていたシュバルが慌てて駆け戻ってくる。
「何です?どないされました?」
斧男に向かい合ったシュバルは低姿勢で対応した。
「何です、じゃない。このロッジはお前さんたちのものか?」
「え、ええ。そうですけど、それが何か……」
「そうか、そうか。お前さんたちのものか。てっきりここはおいらの父親のものだと思っていた。小さい頃から長年使ってきたんだが、まさかおいらの父親が不法侵入していたとはなぁ。ちょいと訊ねるが、お前さんたちは、いつからここを使ってるんだ?」
まずい。
男はこの小屋の持ち主だ。
屋根や壁が穴だらけの空き家だから誰にも迷惑はかからないだろうと油断していた。
「いつからって、そりゃ、ねぇ……」
シュバルは愛想笑いを浮かべてチラチラとコールマンを見るが、コールマンもどうしたものかという感じで腕組みしている。
と、シュバルはその場に座って地面に手をついた。「申し訳ありません。てっきり持ち主のいない廃屋だと思って、勝手に使わせていただいておりました!」
「やっぱりな」
男は力任せに斧を地面に突き刺した。
ザクッと斧が地面深く食い込む。「あんたら何者だい?パッと見、怪しさが爆発してるぞ。でっかいドラゴンはいるわ、ふざけた仮面の老人はいるわ。あんたら、芝居の一座か、サーカス団か?それともまさか……ドラゴンの闇商人じゃねえだろうな」
「闇商人とは心外だ」
アロージャがつかつかと男に向かって歩き、目の前で仮面を取る。
留めてあった髪が広がって肩に流れる。
声も途中から女性のものに変わった。
身長が伸び、小さく.丸めていた背中がスッと伸びる。「我々は竜騎隊だ」
「「え?」」
シュバルと俺は同じ声を発していた。
まさか自分たちの命を狙っている竜騎隊を騙るとは思いもよらなかった。
「我々のこの行動は竜騎隊の中でも限られた人間しか知らない秘密作戦でね。そういうわけで申し訳ないが、その内容も目的もあなたには伝えられないんだ。そして、この小屋をしばらくの間貸してはもらえないだろうか。もちろん、相応の金は払う」
アロージャが喋っている間に男の顔が見る見る紅潮していくのが分かる。
「本当に……竜騎隊?」
声を震わせるその男に向かってアロージャは妖艶に微笑み、ローブの胸元に手を差し込んだ。
手繰り出したのはペンダントのようだ。
「見てくれ。これはキングオブキングス、ロイス三世から直接頂戴した恩賜の金貨だ。この重さ、質感、そして賢者の杖とドラゴンの羽の模様。言うまでもないが、これが偽物だとしたら、王室を貶めた罪で私の命はない」
男は素早くその場に膝をつき、アロージャを見上げてブルブルと首を横に振った。
「もちろん、貸しますぜ。こんなぼろ小屋でお金なんていただけねえや。竜騎隊の方とお話ができるなんて、おいら、感激だ。どんな作戦であれ、王国のためです。好きなだけ、ここを使ってくだせえ」
竜騎隊と聞いて男の態度が急変した。
粗末な小屋で恥ずかしい、と恐縮しきりだ。
「良いのか?」
アロージャが笑った。
この表情はなかなか見られるものではない。
「こんな間近でドラゴンを見られるなんて、それだけでおいらは幸せ者だ。ぼろ小屋だけでなく、何なりと申し付けてくだせえ。竜騎隊の方にはどんなことでもお役に立ちてぇもんだ」
「恩に着る。恩に着るよ」
アロージャは感激した顔で男の毛むくじゃらの手を取って立たせる。「ところで、その斧は木を伐るためのものかな?」
「ああ。そうですぜ。おいらは木こりをやってましてね。他は何もできねぇが、斧を振ることに関しては、誰にも負けねぇ」
「おお、それは素晴らしい。実は先ほど言った秘密の作戦で、あのドラゴンは空から見えにくいところに隠したいんだ。あの辺りの大きな木を何本か伐れば、良いスペースになると思うんだが、そんなことをしても良いものだろうか?」
「ブックローの森は王宮直轄地だが、その世話は俺たち登録木こりに任せられてるんだ。あのあたりで何本か伐り倒しても、問題ねえ。何なら、おいらが伐ってやろうか?」
「頼めるかい?」
「おいらの名はマクロム。お安い御用だ」
マクロムは嬉々として斧を担いで森に分け入り、木々を物色し始めた。




