ブレスレットの行方
「アロージャさんはこれからどうされますか?」
いつまでも沈黙が続くのも息苦しいと思い、あえて俺は話を振ってみた。
未来の話をすれば、考え方が少し前向きになるかもしれない。
「それだ。屋敷を壊された責任をどう取ってくれるんだ?貧乏人め」
しまった。
俺は新たな燃料を投下してしまっただけなのかもしれない。
俺の意図など全く考慮してくれず、アロージャは引き続き喧嘩腰だ。
コールマンとしても、ゲーリーが屋敷を壊したことの責任を取らされるのは納得いかないだろう。
「近くの集落から大工を呼んで、再建します」
コールマンは大人の対応をしてくれた。
しかし、相手が低姿勢なことにつけ込むようにアロージャは攻勢を続ける。
「その間はどうするんだ?何もないこの牧舎で生活するのは無理だぞ」
「それは……」
さすがのコールマンも言いよどむ。「いっそ私と一緒に戦っていただけると、ありがたいのですが……」
俺もそうあってほしいと思っていた。
アロージャの魔法の力はかなりのはず。
炎凰と氷竜は伝説の二大魔法使いとあがめられているのだから、コールマンと甲乙つけがたいレベルなのだろう。
アロージャを仲間にすることはガリュー宰相を倒すという大願を成就するための近道となるに違いない。
「断ると言えば、どうする?」
「無理にとは言いません。ですが、屋敷を再建するのに時間がかかるのは事実。申し訳ありませんが、それまでの間はかなりご不便をおかけすることになると……」
「ったく、それも嫌だな」
アロージャは、じろっと俺を見た。「お前はどうするんだ?お前の力ではコールマンについて行っても足手まといになるだけだろ」
「私ですか?私は……」
正直、俺はここでの生活に惹かれている。
セリカとスマイルと一緒に農地を耕し、水をやり、収穫をして、体をくたびれさせ、疲れに思考能力を奪われるようにして眠りにつきたい。
だけど……。
「彼は王の声を使えます」
コールマンが俺とアロージャの間に割って入るように言う。「我々の貴重な戦力です」
「王の声を?こいつが?」
アロージャが珍しく驚いたような声を上げる。「ゲーリーがこいつを目の敵にしていたのは、王の声で竜騎隊を倒したということなのか?」
「まさに、そのとおりで」
「お前、王家の血を引いているのか?」
アロージャの真偽を見定めるような目が怖すぎて、いっそ否定したくなるが、ここはベルモンド家の名誉のためにも退けない。
「王家の血を引いているというのが、父の口癖で。本当かどうかは眉唾物だと思っていたのですが、実際、私は王の声を使ったようです」
「ようです、とは何だ?覚えていないのか?」
「はい。その時は無我夢中で……」
覚えていないことを怒られたり、なじられたりするかとビクビクしたが、意外にもアロージャは「仕方ないな」と髪を掻き上げるだけだった。
「で?どうする?」
「私も戦います。戦って、ロイス四世陛下の仇を討ちます」
そうだ。
理不尽に殺された友の無念を晴らすのが俺のやるべき事だ。
俺は無意識に左の手首を右手で探った。
しかし、感じられたのは、傷の痛みだけ。
そこにあるべきブレスレットが……ない。
あっ!
俺は弾かれたように立ち上がった。
ブレスレットはセリカにもらった箱に仕舞った。
すぐにボグスのドラゴンに屋敷を破壊された。
つまり、今、ブレスレットは廃墟となった屋敷のどこかだ。
俺は牧舎から走り出て屋敷跡に向かった。
東の空がわずかに明るくなってきた。
その心もとない陽光を頼りに自分がいた辺りの瓦礫に目を凝らす。
ところどころで白く蒸気が漂い、木材の燃えたにおいが辺りに漂っている。
壁も屋根も床も柱も全てが炭化して、真っ黒だ。
壁と柱が倒れ、屋根が崩れ落ちた瓦礫を動かそうと手を突っ込み、慌てて離れる。
木材を掴んだ手がじんじんと熱い。
鎮火はされたが、まだ人を寄せ付けない熱を帯びている。
俺は焼け跡を前にして力なく地面に膝をついた。
ドラゴンの火炎放射で破壊された屋敷から小さな木製の箱を探し出すのは不可能に思えた。
火事の熱でブレスレットも融けてしまっている可能性もある。
「レイ……」
俺はまた一つレイとの思い出を失ってしまった。
背後に誰か近づいてくる足音が聞こえた。
肩をトントンと叩かれる。
振り仰ぐと青白い顔をしたセリカが微笑んで立っていた。




