コールマンとアロージャの口論
「あのアロージャっていう人がビスター卿だったんですね。あの口の悪いビスター卿の正体が女性だとは思いもしませんでした。しかも伝説の氷竜だなんて」
牧舎に戻り、毛布に包まって壁にもたれているコールマンに小声で話しかける。
「ああ、そうか。言ってなかったか」
コールマンはどことなく奥歯にものが挟まったような言い回しをする。「このことを知っているのはごく限られた人だけだし、説明も難しいんだが、ある時から、アロージャは魔法を使ってビスター卿に扮している。まあ、あの人に殺されたくなかったら、君もこのことについては触れない方が良い」
冗談を言わないコールマンにそんな言い方をされたら、俺は押し黙るしかできない。
スマイルはセリカの傍に伏せている。
俺も毛布を肩から被って、干し草の上に座る。
意外に干し草にクッション性があり気持ち良い。
暖かくなってきて体全体のこわばりが弛緩していく。
「しかし、まいりましたよ。夜中にいきなりドカーンで」
コールマンは俺の隣に腰を下ろし、慰めるように俺の肩を優しく叩いた。
「ドラゴンだったな。三頭いたか?」
俺は「はい」と頷く。
「あのゲーリーって人でした。奇襲で屋敷ごとコールマンさんと僕を殺してしまうつもりだったようですけど、氷竜と炎凰を相手にはできないからと、そのまま帰って行きました」
「ゲーリーが?さすがに生き延びていたのか。結果的に俺のせいで、ビスター卿を巻き込んでしまって、屋敷が破壊されてしまった。……かなり叱られそうだな」
そこへアロージャが戻ってきて、髪をほどいた。
やれやれとため息をつきながら、干し草の上にどっかり座り込む。
「お前らのせいでやっぱり、こうなった」
「申し訳ありません」
コールマンが神妙に頭を下げても、アロージャは簡単に許す気配を感じさせない。
「ガリューは『ビスター卿』のことも消そうとしている。お前の仲間と見なしたんだろうな」
「彼をかくまっていただいてますので」
コールマンに見つめられて、ドキッとする。
そうか。
俺がここにいなかったら、セリカもこんな目にあうことはなかったかもしれない。
「ごめんなさい」
俺は立ち上がって、深く頭を下げた。
すると、アロージャが近づいてきた。
月光に照らされた頬の火傷の痕が少し目立つが、目鼻立ちがキリリと整ったきれいな人だ。
きれいすぎて、少し近寄りがたい冷ややかな雰囲気がある。
そのアロージャが俺の顔に手を伸ばす。
「痛っ」
指で触れられた目尻に鋭い痛みが走った。
そうだった。
屋敷から飛び出たときに、地面に顔をぶつけて傷ができたんだった。
「私と同じ場所に傷ができたな」
微笑を浮かべたアロージャは自分の着ていたローブの袖を切り裂き、それを魔法で凍らせて、俺にくれた。「これで冷やせ。放っておくと腫れる」
「あ、ありがとうございます」
俺は何度も頭を下げる。「あの……セリカは大丈夫でしょうか」
アロージャはセリカの足元に膝をつき、その四肢に触れた。
「呼吸も脈もしっかりしている。顔色は悪くないし、骨が折れている様子もない。屋敷を脱出したとき、セリカはお前が背中から覆いかぶさっていた。あの感じだと頭ではなく、腹部を地面に打ち付けたのかもしれないな。しばらく安静にして居れば大丈夫だろう」
「そうですか。よかった」
「さて」
アロージャは元居た場所に戻って、コールマンを厳しく見つめる。「これから、どうするつもりだ?」
「ガリューを倒します」
直情的なコールマンの物言いにアロージャが「本当に馬鹿だな、お前は」と眉をひそめる。
「それをどうやってやるかを訊いてるんだ」
「今はあまりに多勢に無勢ですので、まずは仲間を増やす必要があります」
「それも前に聞いた。私を愚弄しているのか?やっぱり全然集まらないんだろ」
アロージャの言葉にコールマンが顔を引きつらせる。
「それが……まずは国境守備に就いてる軍団を回って仲間を募ろうと思ったのですが、すでに私の手配書が回付されており……、ですから、まだ一人も……。ですが、王都に行けば近衛兵団がいます。私のかつての部下ならきっと……」
「そもそも、仲間など必要なのか?王宮に忍び込んでガリューを始末することぐらい、死ぬ気になれば私一人でできるぞ」
「……そうかもしれませんが、私には私のやり方がありますので」
「お前、……今は部下から慕われてるのか?」
「自信は、ありません」
真顔で答えるコールマンにアロージャが苦笑する。
「相変わらずだな。お前がいつまで経っても近衛兵団の団長になれないのは、人付き合いの下手さがゆえだ」
「うるさい!」
俺は驚いた。
急にコールマンがアロージャにぞんざいな態度を取った。
「何だと?」
アロージャがギロッとコールマンを睨む。
俺は自分が睨まれたかのように、ドキッとして息を飲んだ。
「あ。いや。申し訳ありません。失礼いたしました」
コールマンは謝罪したが、アロージャは腕を組んでムスッと顔を背ける。「ガリューを放置しておけば王制を廃止し、自らが皇位に就こうとするかもしれません。しかし、ガリューの横暴に憤っている忠義に厚い戦士は多いはずです。私に人望がなくても、王国への忠義の心がガリュー討伐の旗印に吸い寄せられることを確信しています」
コールマンの演説的な発言も、アロージャは白々しく受け止めたようだった。
「世の中、そんなに甘くはない。忠誠心で腹は満たされんからな。ガリューは大量に金をばら撒いている。こういう時に備えてのことだ」
アロージャが苛立ちを抑えられないように足のかかとで床を叩く。「あの時、クソ鯰を屠っておけば、こんなことにはな……」
あの時とはいつのことだろう。
もしかしてローレンス公の反乱の時だろうか。そう訊ねようと口を開きかけたとき、急にコールマンが立ち上がって「私は間違ったことをしたとは思っていません!」と強い口調でアロージャを見下ろすから、俺は何も言えなくなる。
アロージャはコールマンを見ることをしない。
牧舎の中に居心地の悪い沈黙がはびこる。




