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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
派閥の葛藤

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92/165

長い黒髪の女性

 夜。

 何をするでもなくベッドに寝転がってぼんやりしていると、セリカがやって来た。

 持ってきた麻の袋から、布きれ、軟膏、はさみなどを取り出す。

 俺の左手を取り、袖をめくる。

 そこにブレスレットを見つけて、やっぱり、という感じで息をつく。


“手当てをするから、外して”

「いいよ。これぐらいの傷」

「だえっ!」

「え?」

「だえ!」


 セリカは怒っていた。

 「駄目!」と言っているようだ。


“菌が入って高熱が出るかもしれない”

“傷口が腐って腕を切り落とさないといけないこともある”

“親友さんはそんなこと望んでない!”


 セリカがまた紙片に書きなぐって詰め寄ってくるので、俺は渋々ブレスレットを外した。


 それを見たセリカは満足そうに傷口に軟膏を塗り、布で覆ってさらに包帯を巻いた。


「何だか、大げさじゃない?」

“ジャスパーが傷を作るからいけないの”

「はい、はい」


 俺は手首の包帯の上からブレスレットをはめようとしたが、包帯のせいでゴワゴワしてブレスレットがはまらない。


 セリカは麻の袋から、木製の艶やかな箱を取り出した。

 銀製の金具で縁に装飾が施してある、可愛らしい箱だ。


“あげる”

「これを?」

“ブレスレットはここに仕舞って”

「いや。だから、俺は……」

“親友さんはジャスパーの腕に傷を作るためにブレスレットをくれたんじゃないよ”

「そうだけど……」

“せめて寝るときはここに仕舞って、毎日祈ろう”

「祈る?」

“そう。忘れずに祈ろう。親友さんのために”


 そうか。

 毎日、祈るのか。

 俺は傷を作り、その痛みを感じることで自分の非を償っている気になっていた。

 しかし、セリカが言うように、ブレスレットで傷を作ることをレイが望んでいるはずがない。

 祈ることが正しいことのように思えた。

 レイの幸せを。


「ありがとう」


 俺は箱の蓋を開き、赤い毛氈で覆われた内部にブレスレットを置いた。




 ドッゴーン!




「え?」

「ヒャッ」


 屋敷全体がグラグラと揺らぎ、柱に壊滅的な亀裂が入る音を聞いた。


 何だ?

 またドラゴン?


 俺は反射的にセリカに覆いかぶさった。


 壁が割れる。

 梁が落ちてくる。

 建物が崩れる。

 死ぬ。


 やばい、と思った瞬間、襟をグッと掴まれ、抗いようのない力で体が引っ張られる。

 咄嗟に俺はセリカを離すまいと腕に全力を注いだ。


 バキバキと木製の何かが割れる音が耳元で聞こえ、自分の体が空中を飛んでいる感触があった。

 俺はセリカを抱えながら、地面を転がった。

 懸命に守ろうとしたセリカの体が腕からどこかへ飛び出して行った。

 受け身が取れず、頬が抉られるような熱い痛みが走る。


 何だ?

 何が起こったんだ?


「大丈夫か?」


 頭上から聞こえてきたのは聞き慣れない女性の声だった。


「うぅ……」


 全身の痛みに呻きながら俺は辺りを見回した。


 セリカは五メートルほど離れたところに倒れていた。

 ゆっくりではあるが、どこかに向かって手を伸ばしている。


 セリカが手を向けた先に揺らぐ赤黒い炎に言葉が出ない。

 原形をとどめていない廃墟が燃えている。

 あれが先ほどまでいた屋敷か。

 助け出してもらえなかったら、今頃は死んでいたと思うと全身に鳥肌が立つ。


 上空に何かが羽ばたいているような風の動きを感じた。

 空を見上げると、三つの赤い炎が闇の中に浮かんでいる。

 やはりドラゴンだ。


 竜騎隊?


 また、ガリュー宰相の追手が俺を狙ってやって来たのか。

 屋敷は見るも無残に壊されてしまった。ビスター卿に叱られる。


「問答無用というわけか」


 先ほどの女性の声が闇夜に凛と響く。


 声の主を見上げると、一人の女性が長い黒髪を風になびかせ、ドラゴンを睨みつけて立っていた。


 誰?


「ん?女?誰だ、お前。……まさか……」


 ドラゴンに乗った隊士が怪訝な声を出す。


「久しぶりだな、ゲーリー。聞いたぞ。お前も今や隊長さんらしいじゃないか。出世したものだな、あんなに泣き虫だったのに」


 ゲーリー?

 竜騎隊第三方面隊隊長か。

 こないだのブックローの森上空での戦闘でも死んでいなかったようだ。


「ア、アロージャ様。まさか、生きていらっしゃったとは。……なるほど、それで合点がいきました。先日、私の部下をドラゴンもろとも倒したのはコールマンとアロージャ様だったと。今でもコールマンとそういう……」


 アロージャ?

 誰なんだ、この女性は。

 指のサファイアリングに見覚えがあるが。


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