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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
派閥の葛藤

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セリカとスマイルとの農作業

 その部屋は干し草がうずたかく積んであった。

 俺の腰ぐらいの高さのある大きな樽もいくつか並んでいる。


 セリカは持ってきた桶に干し草を投げ入れ、その上に樽の中にあった何かをばら撒いた。


「何を掛けたの?」


 俺は桶の中を指差して、セリカに訊ねた。


“麦と(きび)と大豆の粉”

「へぇ」


 俺は再び桶に手を伸ばした。

 水と比べれば、重さを感じないぐらいに軽い。

 腹を空かせているスマイルに早く食べさせてあげたいと思って、急いで戻ったが、スマイルは遠巻きに水を眺めているままだった。


 水の桶の隣に干し草の桶を置いても、スマイルの姿勢は変わらない。

 ムシャムシャ食べてくれることを期待していた俺は、理由を求めてセリカを見た。


“少し離れていてもらえますか”


 セリカに促されて、俺は入口まで退却した。


 俺が離れたことを確認して、セリカは桶の中に両手を差しこみ、水をすくった。

 そして、それを自分の口元に近づけ、そのまま飲み干す。

 濡れた口元を袖で拭い、スマイルを見て微笑む。次に、もう一度桶から両手で水をすくい、今度はスマイルの方へ差し出した。


 スマイルが少しずつ首を伸ばして、鼻先をセリカの両手に近づける。

 そして、口先から伸ばした赤い舌でセリカの手を舐めるようにして水を飲んだ。

 セリカが褒めるようにスマイルの鼻先を撫でると、スマイルは警戒心のない表情で干し草の桶に顔を突っ込んでワシャワシャと音を鳴らして食事を始めた。


 すぐに干し草の桶が空になり、セリカが俺を手招きする。

 お願い、という感じで合掌し、先ほどの干し草部屋を指差す。


 俺は桶を持って部屋に行き、干し草に麦と黍と大豆の粉を掛けたものをセリカのもとへ運んだ。


 スマイルは大きな口をモグモグさせながら俺が桶を持ってくるのを見ていた。

 先ほどの警戒心は感じられない。


 俺が桶を置くと、すぐさま顔を桶に突っ込む。

 ワシャワシャと咀嚼(そしゃく)する音は迫力があった。

 俺の目の前で食べてくれたことが嬉しくてセリカを見ると、セリカは俺の腕に手を伸ばした。

 俺の手首をつかんで、桶に顔を突っ込んでいるスマイルの鼻筋に誘導する。


「火を吐いたりしない?」

“何年も一緒にいるけどスマイルは火を吐かないよ。一度も見たことない”


 そんなドラゴンもいるのか。


 恐る恐る触れたドラゴンの皮膚は滑らかな体毛に覆われていて、しっとり、ひんやりしていた。


 俺に触られてもスマイルは気にする素振りなく、ワシャワシャやっている。

 歯で擦切るように干し草を食べるその動きで鼻の周りの筋肉が力強く伸縮するのが掌から伝わってくる。

 大量の干し草をぺろりと食べてしまうスマイルの豪快さが気持ち良かった。


「すげえなぁ」


 思わず言葉を漏らすと、セリカはにっこり笑って、紙片に何やら書いた。


“スマイルもOKだって”




* * * * * * * * * *




「うわっ」


 俺はバランスを崩して尻から土の上に転がった。


 スマイルはキョトンとした顔で俺を振り返る。


 セリカは俺を見て最初は笑うのを堪えていたが、堰が切れたように吹き出して笑った。


“しっかりロープを掴んで、もっと重心を前にしないと駄目だよ”

「やる前に言ってくれよ」


 俺は頬を膨らませて立ち上がった。


 ここはビスター卿の屋敷の裏手に広がっているだだっ広い農場の一画。

 二年間使っていなかったこの荒地を農地にするため、木を切り倒し、全体的に草を刈った後、スマイルの力を使って広範囲に耕そうとしているところだ。


 使う農具は横に渡した太い角材に金属の棒を垂直に何本も打ち付けた、巨大な櫛のようなもの。

 このレーキと呼ばれる農具にロープを取りつけスマイルが引っ張ると金属の棒が歯となって土を耕すという仕組みだ。

 しかし、この二年間でこの区画の地面は硬く締まっていて、そのままレーキを引いても地肌を撫でるだけになってしまう。

 そこで俺が角材の上に乗り、金属の棒を地中にめり込ませた状態でスマイルに引かせることにした。

 それでいざやってみると、バランスを崩した俺が土の上に転がったということだ。


 俺はもう一度レーキの上に飛び乗り、地面に食い込ませ、ロープをグイっと引っ張って合図を送る。

 今度はセリカに言われた通り重心を前にしてロープをしっかり掴む。


 スマイルが俺のことを思ってか、前回よりもゆっくりと動き出す。

 硬い土をもろともせず歯が地面を捕らえたまま前に進む。

 ゴリゴリと音を立てて土が掘り起こされ、辺りに二年間地中にあった湿ったカビのような匂いが微かに広がる。

 後ろを振り返ると、黒っぽい柔らかそうな土が太い直線を作っている。

 片手を離して「おーい」とセリカに手を振ると、セリカが笑顔で振り返してくれる。

 次の瞬間、レーキの歯が地中の太い根っこか何かに引っ掛かって跳ね上がり、今度は前方に体が放り出されてしまう。


 硬い地面に倒れこみ、またスマイルが「どうした?」という顔で俺を振り返る。

 それを見てセリカが大笑いする。

 俺は胡坐をかいて地面に座り、セリカとスマイルの顔を見て、何故か笑ってしまう。


 楽しかった。

 こんな辺境のだだっ広い土地でドラゴンと一緒に農作業をしていることが、どこか信じられない。

 セリカの笑顔があまりにキュートで、地味で疲れる農作業が全然苦にならない。

 こちらでは農地を耕し、あちらでは作物を収穫し、雨の日や日暮れ時は収穫した作物に手を加えて保存食にする。

 やることが一杯で飽きることがない。

 農作業は俺に合っているのかもしれない。


 昨日は農作業の休憩時間に、スマイルが曲芸飛行を見せてくれた。


 セリカが背に乗ると一気に空中高く飛び上がり、雲を突き破ってその上に出た。

 そこから優雅に辺りを大きく旋回しながら、時には宙返りをしたり、セリカを背にしたまま逆さになったりもした。

 最後にはらせんを描きながら急降下し、地上すれすれでホバリングをするという技を決めた。


 スマイルは俺を受け入れてくれたのか、曲芸飛行の後にはセリカと一緒に俺も乗せて、少しの間、遊覧飛行で楽しませてくれた。


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