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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
派閥の葛藤

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セリカの許可

 セリカは一旦屋敷を出て、隣接している建物に向かった。

 王立学校のサラマンダー小屋よりも大きな木造の建物だ。

 窓が付いていて、そこでセリカが手招きする。


 少しずつ日が昇り、周囲の広大な畑に白い()()がかかっているのが美しい。


 セリカに駆け寄って、窓を覗き込んだ俺は思わず息を飲んだ。

 そこには真っ白なドラゴンが巨体を丸めるようにして眠っていた。


「あっ!」


 シュバルも言葉が出ないようだ。


 それもそのはず。

 世間ではドラゴンを見かけることが滅多になく、運良く見ることができたとしても、それは茶褐色が一般的で、さらに珍しいのが緑色だ。

 オッフェラン帝国に派遣された時に乗ったものも、王宮に火炎を吐いたやつも、そしてここへ来る道中で追いかけてきた三頭も茶色系統だった。

 白いドラゴンなど見たことも聞いたこともない。

 しかし、目の前で眠っているのは明らかにドラゴンだ。


「このドラゴンをどこで?」


 声がした背後を振り返ると、コールマンがいた。

 彼も食い入るように建物の中を見ている。


 俺がセリカの肩をちょんちょんとつついて、同じことを大きく口を動かして訊ねる。


“ブックローの森の中で泣いてたの”

「泣いてた?」

“仲間にいじめられたみたいで、怪我をしてて”

“それで治療をして、ご飯をあげたらついてきたの”


 俺とコールマンとシュバルはセリカが書いた文字をしげしげと見つめ、そんなことがあるのかと腕を組んだ。


「王宮に届けは出してまっか?」


 シュバルの問いにセリカは不安げに首を横に振った。


「手続きを踏んでいないドラゴンの飼育は重罪だぞ」


 本人に自覚があるのか分からないが、コールマンの声は重くて迫力がある。

 耳の聞こえないセリカにもその迫力が伝わるのか、彼女はみるみる顔を青ざめさせた。


「私が許可したんだ。それ以上、何の手続きがいる?」


 現れたのはビスター卿だった。

 今朝もショウジョウの面を被っている。

 こんな格好をしているが、この地の領主として王宮から遇されているのだ。

 詳しいことは分からないが、それなりに高位ということなのだろう。

 当然、王家との血のつながりも濃いはずだ。

 私が認める、と言えば、王宮も否定することはできないのかもしれない。


 その時、建物がミシミシッと軋んだ。


 窓から中を見ると、クゥイー、クゥイーと鳴きながら白竜が怯えた目で背後の壁に巨体を押し付けていた。

 俺たちに驚いて、後ずさりをしたようだった。

 その姿はいじめられっ子のそれだった。


「セリカをいじめてないで、さっさと荷物をまとめて出て行け。無粋者」


 ショウジョウの仮面の奥がどういう表情になっているかは見えないが、ビスター卿の声には怒りが滲んで聞こえた。


「申し訳ありません。すぐに」


 コールマンは抑揚のない返事を残して、スタスタと去って行った。

 シュバルは一人ひとりに対して頭を下げてから、コールマンの後を追って行った。


 俺はどこか取り残された感じで、心に隙間風が吹く。


「私はいつまでここにご厄介になっても良いのでしょうか?」


 恐る恐る訊ねると、ビスター卿は「そうだなぁ」と小首を傾げる。


「男手も欲しいところだったから、セリカが良いと言えば、お前はいつまで居ても良いぞ」

「え。そうなんですか?」


 コールマンが駄目なのだから、俺も近いうちに放り出されると思っていた。「じゃあ、セリカはどうかな?」


“私はスマイルが良ければ、かまいません”

「スマイルかぁ」


 もう一度窓の中を見る。


 スマイルは相変わらず、怯えた目でこちらを見ている。

 大きな図体をしているのに、と思ったが、昨晩コールマンとビスター卿が戦ったドラゴンと比べると一回りぐらい小さいようだ。


“まずは入口から見ていてください”


 そう書いて、セリカは建物の中に入って行った。

 セリカが近づいてくると、スマイルは長い首を伸ばしてセリカを迎える。

 顔を撫でられると、嬉しそうにセリカの小さな手に頬を寄せた。

 しかし、時折、そのセリカの顔ぐらいある眼に警戒心を宿して入口に立つ俺を見る。


 次にセリカは壁に立てかけてある柄付きのブラシでスマイルの体を擦り始めた。

 硬そうなブラシだが、ドラゴンの体には丁度良いようで、スマイルの表情が見る見る柔らかくなる。

 クルルル、クルルルと気持ち良さそうな鳴き声を発しながら少しずつ体勢を低くし、やがては床に寝そべってセリカのブラシに身を委ねた。


 セリカは薄く口を開き、汗を流しながらスマイルの体をブラッシングする。


 セリカ十人分ぐらいあるスマイルの巨体全体にブラシをかけるのはさぞかし骨の折れる作業だろう。

 ニ十分ほどをかけてスマイルの体を一周すると、晴れやかな笑顔でセリカは俺を見た。


“このブラッシングがスマイルのお気に入り”

“これをやらないと、体が汚れて、色んな病気になる”


 ああ、なるほど、と俺は頷く。


 セリカは満足そうに目を細め、大きな、セリカがすっぽり入れそうなぐらいに大きな木製の桶を抱えて建物の外へ出た。


 慌てて手を貸し、桶を持つと、セリカは眩しそうに俺を見て、「あ、り、が、と、う」と口を動かした。

 そして、傍にある井戸を指差す。


 俺は井戸の脇に桶を置き、井戸から水を汲んで桶を持った。


「おっと」


 肩と腰にズシリと重みがきた。

 奥歯をギリリと噛みながら、少しずつ足を運ぶ。

 中で動く水が桶全体を揺さぶり、腕の筋肉が悲鳴を上げる。

 落としてしまう前にと、俺は小走りにスマイルを目指した。


 スマイルが何事かという感じで頭をもたげ、壁に体を引く。


 俺はスマイルの顔があったところに、桶を置いた。

 ゆっくり置きたかったが、腕が限界で、落とすようになってしまい、水が飛び散った。

 おかげでズボンがずぶ濡れになり、桶の中の水が半分ぐらいに減ってしまった。


 フフフ。


 セリカが俺の無様な格好を見て笑っている。


“次はご飯です”


 セリカはまた別の大きな桶を持って、建物の中にある一室に入って行った。


 握力を使い果たしてわなわなと震える両腕をプラプラ振りながら、俺はセリカを追った。


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