広大な屋敷
丸二日間、移動し続けた。
昼間はコールマンの炎凰で極力目立たないように森の木々すれすれの高さを飛び、日が暮れてきたら森の中を黙々と歩いた。
こんなに歩いたのは人生で初めてで、多分、今後もないのではないか。
ほとんど飲まず食わず。
寝ているとき以外は歩き続ける。
寝ていると言っても、夜行性の獣の咆哮が気になって、睡眠と言うよりは横になっているだけ。
そんな過酷な状況だったのに、少しずつ元気になっていくコールマンの体の構造はどうなっているのだろう。
最後はふらふらで自分の体を支えることもできないような状態の俺をコールマンは背負って運んでくれた。
到底、同じ人間とは思えない。
王立学校の授業で魔法を使うことは非常に体力を消耗することだと習った。
ケースバイケースだが、戦士よりも魔法兵の方が一回の戦闘で消耗する体力は激しいこともあるという。
それなのに、目的地にたどり着いた時の、コールマンとの体力の違いに俺は愕然とする。
コールマンは執務の間で壁を割って現れたときと同じぐらいに覇気に満ち溢れ、精悍な顔つきだ。
対して俺は炎凰で運んでもらったにもかかわらず、地面に座り込んでしまって、何なら気を抜いたらこの場で眠ってしまいそうなぐらいなのに。
それにしても、目の前に現れた広大な屋敷は誰のものなのだろうか。
これだけ広ければ、二人ぐらい転がり込んでも、寝る場所には困らないだろうが。
コールマンは勝手知ったる我が家のようにずかずかと門扉を開け、石畳を歩いて玄関に近づいた。
木製の重厚な玄関扉には鉄製の太い輪っかをくわえたドラゴンの顔が付いていた。
ゴンゴン。ゴンゴン。
コールマンが輪っかをドアに打ち付ける音が重く響く。
しかし、屋敷の中から物音は全く聞こえない。
コールマンは何度も何度もノックする。
時折、扉に耳を付け、中の様子を探っている。
「立派なお屋敷ですね。お知り合いなんですか?」
「まあ、知り合いと言えば知り合いかな」
ノックを続けながら、コールマンは微妙な言い方をする。
「どういうご関係なんですか?」
「話せば長くなるんだ」
そう言われると長い話を聞いてみたくなる。
ただ、この疲労困憊の俺がどうしても訊きたいことは一点だけだ。
「私たちをかくまっていただけるんでしょうか?」
コールマンは何故かため息をついて、俺を見る。
「さあな。あの人がガリューのことは忌み嫌っているのは間違いないが、私のことも十分に嫌っている。五分五分ってとこだな」
いったい何をしたらそんなに嫌いにさせることができるのか。
しかし、コールマンが多くを語りたくないという雰囲気を出すので、足を踏み入れることができない。
五分五分では心もとないが、確率があるのなら賭けてみるしかない。
「留守でしょうか?」
だとしても待ち続けるだけだ。
コールマンはどうか分からないが、俺はもう次の場所を求めて歩く力は逆立ちしたって出てこない。
そもそも逆立ちをする気力がない。
「それはない。ただ、根気が必要なんだ」
コールマンは妙に力強く断言する。
そして、炎凰を使って飛び上がる。「俺は辺りを見てくる。ビスター卿が現れたら、コールマンが来たと伝えてくれ。」
そう言って、コールマンは俺を残してどこかへ行ってしまった。
何なんだよ、あの人。
コールマンの体力はどうなっているのか。
尊敬を通り越して、呆れからの畏怖。
もう本当に怖い。
無尽蔵の体力と精神力。
疲れていないはずがないのに、この状況で「根気」を口にする。
同じ人間とは思えないと何度となく思う。
命を狙われての逃亡生活。
広大な屋敷で居留守の主人。
何とか助かったと思ったところで、突然の一人ぼっち。
ガリュー宰相に殺されなくても、お腹が空いて死にそうだ。
気力、体力が底をついて、打撲の足が痛くて、俺はへなへなと石畳に座り込んだ。
尻を降ろしてしまうと、体の重さに耐えきれず、そのまま寝転んでしまう。
見上げる空の青さが濃い。
まさに快晴。
こんな天気の下で穏やかに死ねたら幸せかもな。
瞼が重くなってくる。
どれぐらい食べないと、人は餓死するのだろう。
疲労が瞼を重くする。
このまま安らかに眠りにつけたら、もう二度と目を覚ますことがなくても、それはそれで良いように思う。
屋敷の主人には非常に申し訳ないが、
何かが腕をツンツンする。
ハッと目を開くと“何か御用ですか?”という文字が視界いっぱいにあった。
俺は慌てて飛び起きた。




