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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
派閥の葛藤

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限られた人間

 ズルズルと音がする。

 何かを地面の上で引きずっているのか。

 やがて、尻の感覚から、その音を発しているのが自分だと分かり、俺は薄らと目を開いた。


 少し首のあたりが苦しい。

 着ている服の背中を掴まれ、引きずられているのだ。


 何故?

 誰に?


 ぼやけた頭で考える。


 ここは、どうやら森の中だ。

 木々の間を縫って、俺は引きずられている。

 木の根や枯れ枝、硬い土くれがゴツゴツと尻に当たって痛い。

 痛いのは尻だけではない。

 左腕にひどい擦過傷ができている。

 左頬にも擦り傷のような痛みがある気がする。


 不意に体が止まった。


「気が付いたか?」


 頭上から降ってきた声はコールマンのものだった。


「あ、あの……」


 俺の頭の中は疑問でいっぱいだった。

 自分は何故気を失っていたのか。

 ここはどこなのか。

 俺を引きずって、コールマンはどこへ行こうとしているのか。

 コールマンの黒いローブは何故そんなにボロボロなのか。

 ……訊きたいことが多すぎて、どれから訊ねるべきか逡巡する。

 逡巡の理由は他にもあった。

 当のコールマンがとても不機嫌そうだからだ。


 コールマンの脇腹のあたりでローブが裂けていて、皮膚の抉れた腹が見える。

 血が流れていないのが不思議なほど生々しい傷だ。

 恐らく魔法で止血をしている。

 俺の擦過傷よりも随分ひどい。

 さぞかし、痛むだろう。

 それが不機嫌の原因なのか。


「何だ?」

「い、いえ。何でも」

「立てるか?」

「は、はい」


 俺は地面に手をついて、ゆっくりと立とうとした。

 その時、右膝に鈍く深い痛みが広がった。「うぅ」


 よく見ると、タイツの膝のところに赤く血が滲んでいる。


「見せてみろ」


 コールマンは俺の足元に屈み、手にしたナイフでタイツを切り裂く。

 患部を触診し、俺に屈伸をさせ、最後に何やら魔法をかけ、コールマンは満足そうに立ち上がった。


「安心しろ。骨は折れていない。私もそうだったが、貴殿も運がいい。あの高さから落ちて、打撲と切り傷、擦り傷で済んだんだからな。少し痛みを麻痺させておいた。これで歩けるだろう」


 言われた通り足を動かしてみると、痛みは半減していた。

 これなら、確かに歩ける。


 あの高さとは、どの高さだろうと、空を見上げる。

 空は黒から青へグラデーションができている。

 夕暮れ?

 いや、赤みの少ないこの空は明け方だろう。

 と言うことは、あれからかなり時間は経っている。

 あれから……。


「り、竜騎隊は?」


 俺は気を失う前の記憶を取り戻して、慌てて周囲に目を配った。

 しかし、ドラゴンらしきものは見当たらない。

 獣なのか鳥なのか良く分からない鳴き声がどこからともなく聞こえるが、ドラゴン特有の野太い唸り声ではない。


「全滅した」

「全滅?死んだってことですか?」

「確認はしていないが、あの高さから、あの巨体が墜落したら、さすがのドラゴンも相当なダメージだろう。乗っていた隊士たちも同様だ」

「どうして?」


 あの竜騎隊が。

 信じられない。

 竜騎隊はこの王国の最強部隊。

 竜騎隊の歴史はまだ十数年程度のものと聞いているが、その十数年の間で竜騎隊は一度も負けたことがないと授業で習った。

 竜騎隊の無敗神話が王国の誇りにもなってきている。

 なのに、その竜騎隊が全滅とは。


 コールマンは口の端を歪めて、「フッ」と息を漏らした。

 そして、どこかへ向かって歩き出す。


 笑ったのだろうか、呆れたのだろうか。


「覚えてないのか?貴殿自身のことだぞ」

「コールマンさん。僕のこと、貴殿と呼ぶのはやめていただけませんか。そんな大した人間じゃないんで。ジャスパーと呼んでください」

「では、ジャスパー。君が使ったのは二回目だ」

「二回目?私が何を使ったと言うのです?」

「王の声だ。今回もそれ以外に説明ができないし、二回目ともなると、もうまぐれや偶然でもない」

「王の、声……」


 それは先の騒乱で王宮がドラゴンに襲われた時に俺が知らず知らずのうちに使った魔法のことだ。

 自分は使った覚えがなく、当時の状況も意識を失ってしまったので分からないが、確かにその時に起きた現象は今回も当てはまる。


 脳裏に執務の間の光景が浮かぶ。

 レイが口元にブレスレットをあてがい、獣のように吠えた。

 その咆哮が原因なのか、急に全身に力が入らなくなり、気を失いそうになった。

 実際、数秒間気絶していたかもしれない。

 周囲を見れば、執務の間にいる人間は皆倒れていた。

 コールマンやガリュー宰相でさえ、ふらふらになっていた。

 あれが「王の声」だろう。


「いわゆるホーリーだな。白魔法や聖魔法とも言われる。そのホーリーの最上位に位置するのが王の声だ。周囲を威圧し、聞いた者を麻痺、失神させる。この魔法を使えるのは限られた人間だけだ」

「限られた人間……」


 俺がその一人だということなのか。

 レイも俺が王族の血を引いているのなら、使えるかもしれないと言っていたが。


「そう。代々の国王陛下やその血縁の方は王の声を備えていらっしゃった。その威力の強弱はあるにしても……。もう十何年も前にも、ある方の王の声を食らったことがあるが、あの時は意識を取り戻すのに数時間かかったし、丸一日、真っ直ぐ歩けないほど自分の体の感覚がおかしかった」


 ガリュー宰相がレイの王の声を「恐れるほどではなかった」と評していたのを思い出す。

 コールマンが十数年前に経験した王の声の威力に何の誇張もないのであれば、確かにレイのそれはかなり弱かった。


「それを私が使ったというのですか?」

「あの咆哮。意識の遠のき方。効果の種類と程度。……間違いない」

「私が限られた人間だと?」

「ベルモンド家は王家の血を引いているか?」

「はい。真偽は定かではありませんが、少なくとも父はそれを信じています」

「では、そういうことなのだろう。王の声を発動できる素質が君の体の中に備わっているのだ」


 俺は自分の両手を見つめた。

 自分の体に王家の血が流れていて、魔法の中でも最も高貴で強力だと言われるホーリーの、その最高位の魔法を使える力が備わっているとは。


「ん?そのブレスレットの宝石は?まさか、本物か?」


 コールマンは俺の左腕のブレスレットを指差した。


「あー、これは、陛下がブレスレットを椅子にぶつけてしまったときに、赤いルビーが一つだけ外れてしまったんです。それで、私にプレゼントしてくださって」

「だからか……」

「何がです?」

「その大ルビーは王家の秘石だ。王の声は、王家の秘石が呼応することで、その威力が何倍、何十倍にも増大し、逆に王家の秘石がなければ、威力は限定的なものになる。いくら君が王家の血をひいていたとしても、王家の秘石がなければ、あれだけの威力の王の声を発動することはできなかっただろう」

「へぇ。これが」


 俺はブレスレットの王家の秘石をしげしげと見つめた。

 赤いその宝石は心を吸い込まれそうになるほど透明感が高い。

 その先にレイの顔を見た気がして、俺は目頭が熱くなるのを感じた。


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