濡れ衣
「竜騎隊が私を殺しにやってくる」
「そんな……」
「一頭だけなら何とか戦えるだろうが、さすがに三頭に囲まれたら勝ち目はない。私を捕らえるのに、ここまでするとは、ガリューは余程俺のことが気に入らないようだ」
コールマンのこんな弱気な声は初めて聞いた。「それにしても、こんなにも早く竜騎隊が動くとはな。どこの隊かは分からないが、隊長の誰かがガリューに通じ、謀略に加担しているとしか思えん」
竜騎隊は当然、ドラゴンがいなければ成り立たず、従って、訓練場所や基地には広い敷地が必要となるので、それらは王都から離れたところに造られている。
その竜騎隊が今、王宮を逃げ出して間もない俺たちを追っている。
となると、王宮での異変の前から竜騎隊は戦闘準備を行っていたことになる。
「もう、追いつかれますよ!」
俺は焦りで声を上ずらせた。
茶褐色のドラゴンの姿がどんどん近くなる。
ドラゴンは翼のひと掻きでまさに風のように推進する。
竜騎隊の進行速度は驚異的だ。
ユリア妃が巻き起こした騒乱で王宮に向かって強大な力を見せつけたドラゴン。
あの時でもコールマンはドラゴン二頭に苦戦していた。
今、彼は傷つき、そして相手のドラゴンは三頭。
「だから降りたいかどうか訊いたんだ」
「コールマンさんも降りましょうよ。このまま飛んでても、追いつかれるのは時間の問題です。いっそ森の木々に隠れながら逃げた方がいいのではありませんか?」
「それがそうでもない」
「え?何で?」
「先の騒乱でドラゴンの吐く火炎を見ただろう。あれだけの数のドラゴンが火炎を吐きながら暴れたら、この辺りはすぐに火の海だ。木に隠れたところで、意味がない」
「じゃあ、私も森に降りたって、同じことじゃないですか」
「いや。貴殿だけなら逃げられるかもしれん。あいつらの狙いはきっと私だからな」
コールマンは俺を降ろし、自分は囮として竜騎隊と戦うことを考えていたようだ。「今となっては、もう、遅いが」
「コールマン!」
指呼の間に近づいてきた竜騎隊の先頭のドラゴンから野太い声が届いた。「さっきはよくもやってくれたな」
声の主はリヴァイアスだった。
国王殺しの張本人。
侍従次長という国王を身近で支える立場でありながら、何のためらいもなく、微笑さえ浮かべて主人に刃を突き立てた極悪非道の男だ。
左頬にあざができて腫れているのは、コールマンの炎撃を食らって壁に打ち付けられたからだろう。
コールマンはリヴァイアスを振り返り、空中にとどまった。
追いついた竜騎隊はドラゴンを散開させ、コールマンと俺はあっという間に四方を囲まれた。
「でかい……」
間近で見るドラゴンの大きさは圧倒的だった。
全長は五メートル程だろうか。
家が飛んでいるのかと思うぐらいに大きい。
騎馬隊が槍を構えたところで、ドラゴンが火炎を吐きながら突進してきたら戦いようがない気がする。
今も周囲を囲むドラゴンのゴフォウ、ゴフォウと腹に響く重い唸り声を聞いているだけで生きた心地がしない。
「ゲーリー」
コールマンはリヴァイアスを無視するように、そのドラゴンを操る騎士に向かって声を張り上げた。「反逆者の手先になるとは、貴様、それでも王軍至宝の竜騎隊第三方面隊隊長か。見損なったぞ!」
上空を高速で移動する竜騎隊隊士の防備は軽さと保温が主目的だ。
従って、鎧や兜などは使われず、綿を詰めたモコモコとした独特な防寒着で全身を覆っている。
頭も保温のための頭巾を被り、ゴーグルをしているので、顔で見えているのは口元だけだ。
コールマンは隊士が誰か看破したが、俺にはここにいる三人の隊士が全て同じに見える。
「反逆者?それはこっちの台詞だ。あんた、陛下に魔法攻撃を仕掛けるとは、近衛兵団の風上にも置けねえぞ。あんたの下で働いていたなんて反吐が出る」
「な……」
コールマンは絶句した。
国王を守るために懸命に戦ったというのに、逆に国王殺しの汚名を着せられるとは思いもよらなかったのだろう。
王都では今頃、コールマンが国王殺しの犯人と喧伝されているのか。「ちょっと待て……」
「うるせえ!放てっ!」
ゲーリーの命令で三頭のドラゴンが息を吸いこみながら首をもたげる。
「嘘っ!」
いきなり火炎放射?死の一文字が俺の目の前に浮かぶ。
「チッ」
コールマンは頭上に両手を掲げ、地面に向かって振り下ろした。「炎撃!」
巨大な炎がコールマンの掌から足元に向かって爆発的に放出され、その勢いで俺の体ごとコールマンが天空に舞い上がる。
次の瞬間に三頭のドラゴンがゴーっと火炎放射を一斉に繰り出し、コールマンと俺がいた辺りに炎の海が広がった。
「わっ!」
ドラゴンの火炎はかすりもしていないが、その炎に作り出された熱風が喉を焦がしそうなほどに熱い。
しかも、作り出された上昇気流でコールマンと俺の体はつむじ風に舞い上がる枯葉のように暴力的に跳ね上げられる。
手を離したら死ぬ。
手を離さなくても、体が熱で炭化しそうだ。
顔の肌がチリチリと焦げる音がする。
不用意に息を吸えば、気管が火傷する。
「ムゥ!」
コールマンはドラゴンの炎に向かってさらに炎撃を放つ。
二人の体はさらに上空に舞い上がった。
が、それでやっと火炎の影響から逃れ、生ぬるい空気を肺に取り込むことができた。
「はぁはぁ」
耳に響く呼吸音が俺のものなのか、コールマンのものなのか分からない。
一気に消耗した俺たちの前に現れたのは、ドラゴンの顔だった。
「侍従次長さんよ。あいつで間違いねえんだよなぁ」
ゲーリーが俺を指差して、背後のリヴァイアスに訊ねる。
その声は怒りに満ち溢れているように聞こえる。「畏れ多くも、陛下に手を掛けた頭のいかれたクソガキってのはよ!」
「は?」
陛下に手を掛けた?
「そうだ。あいつが、畏れ多くも陛下のお腹に短刀を突き刺したんだ!」
ゲーリーの肩越しに見えるリヴァイアスのほんの少し緩んだ口元に俺は怒りで一気に脳みそが沸点に達した。
「嘘だ!お前が、お前がぁ!」
執務の間でのリヴァイアスの姿が鮮明に思い起こされる。
あいつは躊躇なく、レイの腹に短剣を突き立てた。
この国で最も敬愛される人間を笑みまで浮かべて刺すことができるなんて、鬼畜でもできない悪魔の所業だ。
そして、俺は今、この最低な男に国王殺しの罪をなすりつけられた。
怒りで頭がおかしくなりそうだ。
リヴァイアスしか見えず、リヴァイアスを殺したい衝動だけが体を支配する。「グゥウオウガガァアアー!」
目の前が真っ白になった。
世界が崩れ、自分の体がどこかへ落ちていく感覚がある。
ドスン、ドスンと重いものが地面に落ちる音を何度も聞いた。
そして……。




