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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
派閥の葛藤

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81/165

足にしがみつく

「炎撃!」


 俺の顔の上を赤い炎の塊が飛んだ。


「ブゲェ」


 リヴァイアスがその炎の塊によって吹っ飛ばされ、壁に打ち付けられる。


「陛下……」


 橙色の光がゆらりと動いた。

 炎をまとったコールマンがゆっくりと立ち上がる。「陛下」


 コールマンは夢遊病者のような不確かな足取りで俺をまたいで、レイのそばに寄った。


 俺は少しずつ体の動きを取り戻してきた。

 ふらつく腕で体を支え、頭をもたげる。

 見れば、倒れているレイの腹部のあたりに赤い池ができている。

 その池は絶望的なスピードでその領域を広げていく。

 レイの左手首のブレスレットに光る魔法石の赤さは血の色と全く同じだった。


 コールマンが横たわるレイを仰向けにし、腹に刺さったナイフを放り投げ、血が溢れる傷口に両手を当てた。

 鉄が焦げるような匂いが立ち込める。


「おいたわしい。陛下ぁ!」


 一瞬、コールマンの炎が赤黒く変色し、天井を焦がすほどに燃え盛った。


 その炎に向かって、一本の槍が飛んできた。


 コールマンは倒れこむようにして、その槍を避ける。


「ビゼー!貴様ぁ!」


 コールマンの怒りの視線は槍が飛んできた方角に向けられた。

 そこには憤怒の形相でコールマンを睨みつける実兄がいた。

 俺の兄は戦斧を掲げてコールマンに突進する。


 コールマンは義手でその一撃を受けたが、ビゼーの太い足がコールマンを蹴り飛ばす。


 コールマンの体は宙に浮かび上がり、俺を飛び越えて壁にぶつかった。


「コールマンさん……」


 漸く上体を起こすことができた俺は倒れたコールマンに手を伸ばす。


 コールマンは意識はあるようだ。

 その震える口が「陛下」と動く。


「王の声も恐れるほどではなかったな。所詮は病弱の若君。この程度の力でこの国を守ろうとは片腹痛い」


 ガリュー宰相は執務の間の中央を悠然と歩き、レイに近づいていく。

 ガリュー宰相に従う兵士たちが俺やコールマンとレイの間に垣根を作る。

 レイの姿が見えなくなる。


 コールマンは俺の腕を取って壁にもたれさせ、自分の膝に手を当てて立ち上がった。


「そんな筋違いの言い訳で主殺しの大罪を正当化することなどできんぞ」

「笑止。お前一人で何ができる、コールマン」


 ガリューはコールマンを指差し、己を取り囲む戦士たちに「かかれ!」と大声で命じた。

 戦士たちは大剣を掲げて、コールマンに殺到する。


「お前ら、目を覚ませ!」


 コールマンは全身を覆う炎を一層激しく燃やした。

 そして、次々と炎撃を繰り出す。


 コールマンの魔法攻撃を食らった兵士は倒れていくが、それでも次から、次から現れる。

 やがて、じりじりとコールマンが後ずさりを始めた。


「ウォオラアー!」


 戦士たちの間から大きな戦斧が振り下ろされた。

 ビゼーのものだ。


 コールマンは弾き飛ばされるように、部屋の隅に転がった。

 多勢に無勢という状況は絶望的で、如何ともしがたいように見えた。

 そして、居並ぶ兵士たちの向こうでレイの体が担ぎ上げられるのが見えた。

 執務の間の奥の小部屋からどこかへ連れて行かれてしまった。

 レイは俺たちの手の届かないところへ。


「くそぉっ!」


 コールマンは両手で鳥が羽ばたくように胸の前で宙を掻いた。

 すると、炎の塊が小さな竜巻のようになり、ガリュー宰相に向かって放たれた。

 と同時に、コールマンの全身を覆っていた炎は背中に集まり、鳥の姿になった。


 俺は咄嗟にコールマンの足に向かって身を躍らせた。

 コールマンが飛び立とうとする瞬間に、その足を両手で捕まえる。


 コールマンは窓に向かって飛んだ。

 ガラス窓を突き破り、王宮の外へ出る。


 俺はガラスの破片を全身に浴びながらも王宮から飛び去るコールマンの足に必死にしがみついた。





* * * * * * * * * *





「どうするつもりだ?」


 大きな炎凰を背中で羽ばたかせ、王都を後にするコールマンは膝のあたりにしがみついている俺に問いかけてきた。


 コールマンの魔法により作られた炎の鳳凰は俺という重荷を感じさせない、まさに鳥のような速度で飛行する。

 俺は振り落とされないようにするだけで必死だ。


「どうする、つもりって?」


 風を裂いて飛んでいるので、声を発するのもかなり苦しい。


「この先、貴殿は身の振り方を決めているのか、ということだ」

「身の振り方って言われても……」


 突然クーデターが起きた。

 命からがら王宮から逃げ出した。

 ずっと王宮で異腹の双子としてレイのそばで生きていくつもりだったのに、そのレイが殺められ、こんな風にコールマンの足にしがみつきながら空中を移動して、身の振り方など思いもよらない。「レイ……」


 命を懸けて守ると誓ったレイはもうこの世にはいないのだろうか。

 影武者としてしか生きる価値がないと親から見放され、影武者として支えるべき相手が亡くなったとすれば……。

 いよいよ本当に自分など生きている価値はなくなったと、ここで手を離して地面に自分自身を叩きつけたくなる衝動に駆られる。


「降りたいなら、この辺りで降ろしてやるが?」

「この辺りって……」


 俺は地上を見下ろした。「ここ、どこなんですか?」


 日の暮れかかった世界は薄暗くて良く見えないが、こんもりとした森が広がっているのは分かる。

 人家の灯りは近くには見当たらない。

 時折、聞こえてくるのは鳥や獣の鳴き声だけだ。


「ここはブックローの森だ。王都からかなり西にいる」


 ブックローの森。

 名前は知っているが、もちろん来たことはない。

 獣の楽園と言われている未開の地で詳しいことは王立学校の研究者でも分からないことが多いようだ。

 こんなところで降ろされたら、猛獣に食い殺されるか、さまよい歩いて飢え死にするか。

 生き延びられる確率はほとんどないような気がする。

 コールマンも俺には生きる価値がないと思っているのか。


「やはり、死んでお詫びすべきでしょうか?」


 俺の問いかけに、コールマンは少し押し黙った。


「貴殿は異腹の双子の任務は果たせなかったが、死んで詫びるべきはガリューだ。あいつの謀略が張り巡らされた執務の間では貴殿が命を捨てて陛下をお守りしても、陛下は逃げ延びることはできなかっただろう。今日の顛末は貴殿の責任ではない」


 コールマンが許してくれた。

 そのことが、俺に辛うじて生きる気力を保たせてくれる。


「生きていても良いのなら、コールマンさんが向かうところへ一緒に連れて行ってほしいんですけど」

「貴殿は勘違いしているぞ」

「え?」


 ドキッとする。

 勘違い?

 やはり自分は死ぬべきなのか。


「私と一緒に来ることが生き延びることになるとは限らない。ここで降りた方が、身のためかもしれん」

「どういうことですか?」

「私は炎凰と呼ばれるほど、火炎魔法を得意としている。それが今は仇となる」

「仇?」

「宵の空を炎の塊が飛んでいれば、目立って仕方ない。そして、ドラゴンはスピードの面でも傷ついた炎凰を凌駕している」

「ドラゴン……」


 全身に謎の震えが走って、俺は背後を振り返った。


 最初に目に映ったのは空に浮かぶ三つの火の玉だ。

 それがどんどん大きくなってくる。

 時間が経つにつれ、火の玉の正体がはっきりしてきた。

 それはドラゴンが吐く火炎だった。


「竜騎隊が私を殺しにやってくる」

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