意味などない
ここ数回、執務の時間が拍子抜けするぐらいにスムーズに進んでいく。
議題に国民の負担に関するものがないからなのか。
国を統治する国王とその国王から委任され政務を掌握する宰相とがいがみ合う状況はないにこしたことはないのだが……。
漂う平穏な空気がどことなく作り物のにおいがする。
どの道、ガリュー宰相から過日の騒乱で受けた被害の復興にかかる費用がいくらになったか再計算の報告があるはずで、その時にまた嵐のような争論が繰り広げられることは間違いなく、それまでの束の間の平穏でしかないからこその作り物のにおいなのだろう。
「議事は以上でございます。陛下から、何かございますか?」
執務の時間終了に際してガリュー宰相から儀礼的な問いかけがなされる。
普段はここでロイス四世から「大儀」の返答が行われ、解散となるのだが。
窓の外は夕暮れ時。
オレンジの西日がきれいに入り込み、執務の間を妙に明るく照らす。
「時に、宰相」
「はい?」
「今回の騒乱による被害に対する復興の費用の再計算は進んでいますか?」
ここで来たか。
今日来るか、次回は来るか、とここにいる誰もが気を揉んでいたはずだ。
避けて通れないのなら、早く済ませて緊張から解き放たれたいと思う気持ちもあった。
作り物の平穏は居心地が悪い。
一気に緊張感は高まって胸が痛いが、これで明日からはやきもきせずに済むかと思うと、グッと集中力が高まる。
俺が何をするわけではないが。
「陛下……。そうですね。あちらの方はそのぉ……鋭意取り組んでおりまして……今しばらく……」
ガリューがいつになく奥歯にものが挟まったような物言いをしている。
不意に扉の近くにいた一人の衛兵が動き、執務の間に座る誰かに小声で話しかけた。
話しかけられた重臣が驚いたように立ち上がって、早足で扉に向かい、そのまま出て行った。
それはコールマンのように見えた。
どうしたのだろう。
「時間が必要なのですね?」
レイが確認すると、ガリュー宰相は左の掌に右の拳をポンと叩きつける。
「いえ。もう済んでおります」
ガリュー宰相が恭しくお辞儀をする。
どこかにこやかな感じで、言葉を続けた。「税の特別徴収も予定通り進めておりまして、既に王命を全国民に発しております」
「え?」
この驚きの声はレイのものか、俺のものか判然としなかった。
玉座に座る二人は同じようにガリュー宰相に向かって身を乗り出した。
「どういうことですか?宰相」
レイの頬がたちまち紅潮する。「予定通りとはどういうことですか?私は何も認めていませんよ」
上ずった声、語尾の震えにレイの怒りが滲む。
「陛下の御承認は不要にございます」
ガリュー宰相は御簾に顔を向けず、少し床に視線を落としたまま淡々と受け答える。
「不要?」
「年貢の特別徴収は私の裁量で行うことができますゆえ」
「余が再考を求めたにも関わらず、ですか?」
俺は固唾を飲んで二人のやり取りに注目した。
「陛下の御要望に沿って検討を行った結果、予定通り特別徴収を行うこととしました」
「どのような、……どのような検討を行ったのですか?」
「あれやこれやと」
木で鼻を括ったようなガリュー宰相の返答にレイが奥歯を軋ませる。
「宰相。余と宰相は今回の騒乱について、その費用を誰に求めるか、議論を続けていたはずです。なのに、その議論の答えを得ないまま宰相が裁量で好き勝手やってしまっては、この執務の時間に何の意味があるのですか?」
「意味?」
ガリュー宰相は突然立ち上がると、並んで座る重臣たちの真ん中を通ってレイから遠ざかり、出入口の扉を背にする。
口元を歪めたのは笑ったのだろうか。「こんなものに意味などない!」
その言葉が合図だったように、武具を身に着けた何人もの人間がガリュー宰相の背後の扉から執務の間に乱入してきた。
何者だ!
やかましい!
扉の外で怒鳴り声が錯綜する。
何か柔らかいものを刃物で抉る音が響いた途端、「グワーッ」と断末魔が響いた。
「陛下!」




