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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
派閥の葛藤

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乙女心

「何か変」


 俺の部屋にやって来るなり、モンシュはずっとこれだ。

 腕組みをして小首を何度も捻る。

 ワインも一口飲んだだけで、全然減っていない。


「俺のこと?」

「違うわよ」

「じゃあ何?」


 訊ねると、モンシュは「むー」と押し黙ってしまう。「コニールさん。何なんですか、これ」


「乙女心は他人には分かりづらいものです。そっとしておいてください」


 コニールは何の解決にもつながらないことを言う。

 彼女はモンシュとは対照的に、今日も乾いた畑に水が染み込むように、スイスイとワインを摂取していく。

 いつもながら、酔っているのかどうなのか分からない人だ。


「一人で考え事をしたいんなら、自分の部屋ですれば良いのに」


 モンシュとコニールは今日も俺の部屋に来て酒を飲んでいる。

 手ぶらでやってきたから、真面目な話かと思ったのだが、いつも通り酒盛りが始まった。

 びっくりしたのは俺の部屋の収納棚の中からワインとつまみが出てきたことだ。

 昼間に掃除をしている時に運び入れたらしい。

 いちいち持ってくるのが面倒だということだろう。

 俺の部屋を酒場として認定していることに、呆れて何も言えない。


 俺はちびりちびりとワインを飲んだ。

 酒豪のコニールや、仕事をずる休みするのが得意なモンシュと同じようには飲むことはできない。


「あー。もう気にするのやめた」


 モンシュは腕組みを解いたかと思うと、ワインを一気にグビグビ飲んだ。

 そして、瓶を持ってグラスに傾ける。

 瓶は空になってしまった。


「ちょっと、ジェイ。もう一本持ってきて」

「何で俺が?」


 不機嫌な声で問い直すと、モンシュは俺の肩に両手を置いて上目遣いで見つめてくる。


「お願い」


 何が「お願い」だ。

 立つのが面倒なだけだろ、と言い合うのも面倒なので、ため息をつきながら立ち上がる。

 収納棚を開くと、中には十本ほど並んでいてがっくりする。

 どれだけ飲む気なんだよ。


 また取ってこいと言われるのが目に見えているので二本手にしてテーブルに戻る。

 一本のコルクを抜いてモンシュのグラスに注いでやると、モンシュは「ありがと」と俺の顔を見ることなく口先だけで言う。


「はいはい。どういたしまして」


 俺はモンシュの隣に腰を下ろし、皿の上のナッツを摘まんだ。


「リヴァイアスが何か変なのよ」


 モンシュはグラスの縁を撫でながら、ボソッと言う。


 変なのは本当に俺ではなかったようだ。


「どう変なの?」

「昨日からお尻を触ってこないの」


 何だよ、それ。


「良かったじゃん」

「そうなんだけど、いつも隙あらば触ろうとしてくるのに、昨日から急に私のことが見えてないような感じなの。話しかけても上の空だし。ねえ、コニールさん」


 話を振られたコニールは「そうかなぁ」と顎に指を当てて考え込む。


「私、奴のことを気にしてないから分かんない」

「私が気にしてるみたいに言わないでくださいよ」

「気にしてるじゃないの」

「どこがですか」


 モンシュがテーブルに両手をついてコニールを睨む。


「話しかけても上の空、なんでしょ。気になってる証拠じゃん。私、奴に話しかけたことなんかないもん」

「誰も喋ってあげないから、私がやってあげてるんじゃないですか。それで職場の雰囲気を良くしてるんですよ。褒めてほしいぐらいです」

「誰もそんなこと頼んでないのよ」

「じゃあ、明日から私も話しかけませんよ。良いんですね?」

「良いわよ。あんたが我慢できるんならね」

「我慢って何ですかぁ」


 えーん、とモンシュが俺の肩で泣きまねをする。


「侍従次長、昨日、何かあったのかな」


 泣きまねをするモンシュから逃れるように俺は肩をずらす。


 モンシュはつまらなさそうに「さあ」と言ってナッツを食べる。


「でも、昨日、ガリュー宰相に呼ばれて、それから心ここにあらずなのよね」

「叱られたのかな」

「そうかもね。ジェイも気を付けなさいよ」

「何に?」

「ガリュー宰相の御機嫌を損ねないように」

「何だよ、それ」


 そう言いながら、俺は少し顔が引きつるのを覚えた。

 つい先日、ガリュー宰相の不正を暴くとレイやコールマンと話し合ったところだ。

 レイは差し違えてもと言っていた。

 俺は急にワインの味が分からなくなってきた。


「そんなつまらない話なんかやめてさぁ」


 コニールが何となく不機嫌そうだ。「踊りなさいよ」


 踊る?誰が?


「分かりました。踊ります」


 モンシュは椅子から立ち上がってテーブルの横に進み、おもむろに俺の手を取る。


 は?え?


「何?」

「踊りましょ」

「何で?」

「何でって、コニールさんのご要望なのよ」

「だからって俺も?」

「一人では踊れないじゃない」


 モンシュはさも当然そうに言う。


「そういうことなんですか?」


 俺は助けを求めるようにコニールを見た。


「そういうことで、お願いします」


 コニールは優雅にグラスを掲げた。


「ほらね」


 モンシュは俺の手を引っ張って無理やり立たせようとする。「ほら。立って、立って。こういうのは男性がリードするものでしょ」


「やだよ」

「やだ、じゃないの」


 モンシュと俺は踊る、踊らないを繰り返して手を引き合ったが、結局俺が根負けして向かい合って立つことになってしまった。


 モンシュは至近距離で俺を見上げ、にんまり笑うと俺の右肩に左手を置く。


 自然と俺の右手はモンシュの腰の辺りを支えるような位置に回った。


 モンシュが小さな歩幅でステップを踏む。


 俺もそれに合わせて動く。


 モンシュのリズムが一定で、俺はそれに合わせるだけで何となくダンスらしくなった。


「いいじゃない」


 コニールは何故かご機嫌でグビグビワインを飲む。


「素敵よ、ジェイ」


 顔と顔が触れ合いそうな距離でモンシュがニッと笑う。

 モンシュの首筋からシャボンのようなほのかに漂う。


「これで踊れてるの?」

「十分よ」


 俺とモンシュは同じリズムで体を揺らした。

 これまでダンスって何が楽しいんだろうと思っていたが、食わず嫌いだったかもしれない。

 息を合わせてゆっくりステップを踏むだけで、モンシュと振れている部分が温かくて、ワインも程良く体をめぐり、何とも言えない高揚感があった。


 テーブルでコニールがどこか幸せそうにトロンとした表情でこちらを見ている。


 良く分からない状態だけど、この時間がずっと続いてほしいような気持ちがして、俺はモンシュの腰に回した手に少し力を込めた。


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