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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活
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スケープゴート

「お前が新しい山羊か?」

「はい?」


 山羊?


「いや。お前が影武者だな?」


 そう言うことか。王宮内でも異腹の双子はスケープゴート(身代わりの山羊)と蔑まれているのだろう。


「はい」

「その頭は……」


 ガリュー宰相は俺とマッコリーの頭を交互に見て、首を左右に振る。「まぁ、良い。さぁ、早く行ってこい」


 ガリューは壁にもたれたまま親指でテラスの外を示した。


「ハッ」


 俺は立ち上がって、チラッとテラスを見た。王宮の塀を十重二十重と無数の蜂のように観衆が取り囲んでいる。

 誰も彼もがこちらを熱気のこもった眼で見ている。「こ、これは……」


「まさに王家への敬慕そのものさ。陛下が右を向けとおっしゃれば、何も考えず右を向く。税を差し出せと言われれば、食うものに困っても差し出す。それがこの国の成り立ちだ」

「こんなところに出られません」


 思わず、声が震える。

 この何千、何万もの視線にさらされても立っていられるのは嘘偽りのない本物のこの国の王だけだ。


「気にするな。観衆の中に陛下の御尊顔を知ってる奴はいない。誰が出て行っても、頭が不自然なお前でも、あいつらは陛下のお姿を見られたと涙を流して喜ぶさ」

「しかし……」

「しかし、何だ」

「これは、騙すことになるのでは……」


 自分がこの格好でテラスに出れば、確かに観衆はガリューの言う通り陛下が現れたと喜ぶだろう。

 しかし、それは彼ら無辜の民を騙すことになるのではないか。

 そして、ここにいない陛下を嘘つきにしてしまうことになるのではないか。


「ガリュー様に口ごたえするな!」


 膝をついたままのキュエルに厳しい口調で叱られる。


「嫌なら辞めてもいいんだぞ。お前の代わりなどいくらでもいる」


 ガリューが面倒くさそうに片方の耳の穴に指を突っ込みながら俺を見る。


「代わり?」

「王立学校に次の山羊を出させるだけ、ということだ。そうなっても、お前を元の暮らしに戻すことはできないがな」


 マッコリーの半笑いの説明に俺はどこか吹っ切れた気がした。

 そうか。

 やはり俺は王立学校の教師陣に無能の烙印を押されて、ここへ送り込まれたわけか。

 ここで歯向かえば、俺は闇に消され、別の身代わりの山羊が王立学校に指名されることになる。

 それこそ馬鹿馬鹿しい。

 無駄な犠牲が増えるだけだ。


「そもそも、お前は人を騙すための存在だ。それに、先代の時も、お披露目は影武者の役割だったようだ。国王陛下自らが庶民の前に姿をさらすなんざ、無防備に過ぎるんだよ。青臭いこと言ってねぇで、さっさと行ってこい。それで、あいつら庶民はやっと満足して家に帰れる。あいつらのためでもあるんだ」


 ガリューは俺の襟首をガシッと掴んで、放り投げるようにテラスに突き出した。


 その瞬間、王宮の塀を囲んだ民衆から割れんばかりの歓声が立ち上がる。

 ある者は激しく手を叩き、ある者は千切れそうなほどに手を振り、ある者は目元を手で押さえ跪く。


 俺はその様子に呆然とした。

 風を巻き起こすような熱気に、もう後には退けないことを悟った。


「何とかなるさ」


 そう小さく呟いた俺は顔の横に手を挙げて、民衆に応えた。


 すると、歓声は一際高くなった。

 民衆のその反応に応えるために、辺りを見渡しながら俺は左に向けた体をゆっくり右の方へ回転させた。

 そこにある人の姿を見つけて、不意に金縛りにあったように動けなくなる。


「母さん……」


 あれは母さんだ。

 民衆の中に紛れ込んでいても、俺には分かる。

 目元をハンカチで拭いながら、小さくこちらに手を振っている。

 変なかつらをかぶっていても、自分の息子は見分けがついたのだろう。

 遠くに行ってしまった息子の姿を、もう二度と見ることができないかもしれない我が子の姿を心に焼き付けるようにこちらを見ている。


 俺はテラスの柵を飛び越え、駆け寄って母さんに抱きつきたくなった。

 が、体が言うことを聞かない。


「おしまいだ。帰ってこい」


 背後のマッコリーにマントの裾を引っ張られている。


 俺は母さんをジッと見つめ、「大丈夫だよ」と小さく一つ頷いてから王宮内に戻った。


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