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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活

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象徴の反逆

 近くの農家に声を掛ける。

 急ぎ王宮に戻るため馬を借りられないかと話をすると、逆に農家の老夫婦は「何をおいても陛下をお守りくだされ」と涙ながらに訴えかけてきた。

 国民の深い忠誠心に心を打たれ、シュバルと俺は「必ず」と誓って一頭の馬に二人で乗った。


 先ほどからカンカンと激しく鳴り響いているのは緊急事態を告げる鐘の音だ。


 すっかり明るくなった空の下、離宮から王宮へ続く道で何か所も煙が上がっているのが見える。

 戦火を避け、遠回りをしながら王宮を目指すが、近づくにつれ逃げ惑う民衆でごった返していて、馬の脚は思うように進まない。

 道行く人は、「オッフェランは弔い合戦だって、怒り狂ってるみたいだぞ」、「オッフェランの皇帝を王国が騙し討ちしたって?」、「囚われた皇女を奪還するんだって息巻いてるとも聞いた」などと言い合っている。

 情報は錯そうしているが、オッフェラン側は自国に都合の良い大義名分を打ち立てているのだろう。

 この民衆の中に、オッフェラン帝国のスパイが入り込んでいる可能性もある。


 仰ぎ見ると、煙が立ち上る箇所は徐々にではあるが、着実に王宮に近づいている。

 攻め寄せるオッフェラン軍に近衛兵団が押し込まれているのか。


「苦戦していますね」

「相手は実戦慣れしてますから」


 シュバルの声にいつもの陽気さはない。


 何度も内紛を抑え込んできた経験がここで生きているのか。

 片やリーズラーンにはこの十七年、大きな争いごとはない。


「各地の地方軍と竜騎隊はいつ、やって来るのでしょう?」

「地方軍は明日には。竜騎隊は王都では動きにくいでっしゃろ」


 確かにドラゴンがここで暴れれば、暴風と猛火で自国側にも大きな被害が出るだろう。

 丸一日耐えれば国内に駐屯している方面軍がやってくる。

 それまで近衛兵団が王宮を、レイを守り切れるか。

 レイがオッフェランの手に落ちれば、リーズラーン軍は容易にオッフェラン軍に手出しできなくなる。


 王宮に近づけば近づくほど、人の群れが多い。

 戦火を逃れて逃げ惑う人、人、人。

 皆、恐怖を顔に貼り付けて、オッフェラン軍とは反対の方向へ我先にと王都脱出を試みる。


「おい!あれは……」


 民衆の一人が北東の空を指差す。


 振り返ったそこには大きな茶色の獣が二頭、飛行してくる。


「ドラゴンだ!」

「竜騎隊だ!」

「やっちまえ!」


 民衆の歓喜の声が高らかに響く。

 竜騎隊が来ればもう大丈夫だ。

 誰もが期待と安堵の眼差しで王国の象徴を見守る。


 シュバルは馬を止めて、近づいてくるドラゴンに目を凝らす。


「確かに、ドラゴンですね」

「しかし、二頭とは、どないや」

「竜騎隊の基本編成は三頭ですもんね」


 二頭のドラゴンが王宮の手前までやってきて、上空で並んでホバリングする。

 ドラゴンの大翼で巻き起こる風が周囲の建物を軋ませる。


「やっぱ、変やな」


 シュバルは何かを察知したようで、馬を下り、王宮に向かって駆け出した。

 人の波をかきわけて、どんどん進んで行く。


「シュバルさん!」


 俺もドラゴンの様子に違和感を覚え、シュバルに倣って馬を下りたとき、「グゥオオ」と獣の咆哮を聞いた。


「え?」


 この声は誰のものだったろうか。

 俺だったかもしれないし、周りにいた誰かかもしれない。

 皆が一様に同じような声を出していた。


 少し距離があるので確かなことは分からないが、ドラゴンが王宮の外門に向かって火炎を吐いたように見えた。

 それは王国の象徴であるドラゴンが、国王が暮らす王宮を攻撃したということになる。

 まさか、と思った。

 信じたくない光景だった。

 しかし、王宮を守るべきドラゴンがいつまでも王宮と向き合う格好になっているのが違和感の源泉だ。


「ドラゴンが王宮を攻撃したぞ!」

「竜騎隊の反逆だ!」

「何てことだ!」

「終わった……」


 歓声は悲嘆と悲鳴に変わり、人の波が一層激しく動き出す。


 俺はそれに抗って、王宮を目指す。


 オッフェラン軍の侵攻と竜騎隊の謀反。

 偶然?なはずがない。

 これは周到に計画された軍事作戦だ。

 レイを守らなくては。

 レイの盾とならなくては。


 俺は人波をかきわけ、もみくちゃにされながら懸命に前進した。


 しかし、それをあざ笑うかのようにドラゴンの一頭が大きく息を吸い、王宮に向かって火炎を吐きだす様をスローモーションのように見た。

 レイがいる建物に、俺がレイの代役として立った三階のテラスに炎の塊が襲いかかる。


 俺は建物が吹き飛び、レイが押しつぶされる様子を思い描いて、「やめろー!」と半狂乱に叫んだ。


 ドラゴンの火炎が何かにぶつかり、赤く光る飛沫が無数に飛び散り、もうもうと白煙が上がる。


 熱い空気の波が周囲に拡散し、俺の髪を煽る。


 煙が立ち消えても、王宮は依然としてそこにあった。


 白煙の中から一筋の赤い矢のようなものがドラゴンに向かって飛び出した。


 矢ではなく、鳥?


 よく見ると、それは炎凰コールマン、その人だった。


 ドラゴンと戦う気なのか。

 いくら炎凰でもそれは無茶ではないのか。

 ドラゴンを前にしては、炎凰と言えど、ひ弱な小鳥に見える。


「ボグス隊長。これはどういうつもりだ?貴公、陛下から竜騎隊を預かる身でありながら、王国を裏切り、オッフェランの手先となったか!」


 コールマンの声が辺りに響く。


 ボグス隊長?

 目を凝らして見れば、ドラゴンの乗り手の一人は確かに黒ひげが印象的なあの竜騎隊第一方面隊隊長だ。

 ユリア妃が言っていた「あいつ」とはボグス隊長のことだったのか。


「見ての通りだ。私は同志とともに今のリーズラーン王国の誤りを正し、失った名誉を取り戻す」


 ボグスは「放て!」とドラゴンに命じる。

 ドラゴンは大きく息を吸い込み、コールマンに向かって火炎の弾を連発した。

 もう一頭のドラゴンも「グロロロォ」と吠えながらコールマンの側面に太い火の渦を吐きかける。


 コールマンは手をボグスに向かって突き出し、自分の正面に赤い巨大な壁を作り出した。

 リフレクトと呼ばれる魔法盾だ。

 炎弾は盾に衝突しドゴン、ドゴンと轟音を響かせるが、壁を崩すことはできない。

 そして、コールマンは空中で背後にバク転をするように回転しながら移動し、横からのドラゴンの火炎をすんでのところでかわした。

 ドラゴン二頭との位置関係、炎弾と火炎の速度や威力などを的確に判断しての行動だ。


 二頭のドラゴンを相手にしても、全く怯まず対峙するコールマンの実力は俺の想像をはるかに超えていた。


 俺は再び走り出した。

 王宮の敷地を囲う外壁が見える。

 門から近衛兵団の一隊が出陣する。

 その門に向かって「陛下の異腹の双子、ジャスパー・ベルモンドです」と叫びながら走る。


 門の内側にいたシュバルが俺に向かって、「ジャスパーはん、早う」と大きく手を振る。


 王宮の敷地内では、近衛兵団の魔法兵が至る所でドラゴンに向かって掌を向けている。

 いつでも魔法を発動できる体制だ。

 ドラゴンの火炎を魔法攻撃で迎撃するのか、それとも、リフレクトを構築して被害を防ごうとしているのか。


「失った名誉だと?どういう意味だ?」


 再びコールマンがボグスを詰問する。


「私はローレンス公の無念を晴らすために立ち上がった。竜騎隊創始者として現在のリーズラーン王国の繁栄を支えられたローレンス公の功績を忘れたとは言わさんぞ」


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