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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活

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至宝を奪われる

「何か補足は?」


 ユリア妃に急に言葉を求められ、俺は慌てた。

 死の淵に立たされていたために、頭が全然働かない。


「あ、えっと、わ、私は……」

「ジャスパー殿」


 ユリア妃は嫣然と俺を見る。「一度、深呼吸なさい」


「は、はい」


 ユリア妃に言われた通り俺は息を深く吸って、ゆっくり吐き出した。


「落ち着きましたか?」

「どう、でしょう」


 あまり自信はない。


「良いブレスレットをお持ちですね」

「あ。これは、その、主からの頂き物で」


 俺はブレスレットの赤い宝石にレイの優しい目を見た。

 すると、急に心が凪いだ。


「では、どうぞ」


 ユリア妃は掌を見せて、もう一度発言を促した。

 スタンリー帝はすっかり目を閉じてしまっている。


 俺はユリア妃の方に向いて口を開いた。


「私は皇帝陛下を我が国にお連れするために参りました。事は急いでおりまして、失礼ながら外交儀礼を無視しドラゴンで参ったのもそのため」

「ドラゴンで陛下に貴国を訪問せよ、と?」

「ぜひ、お願い致します。急ぎ、我が国の王宮で我が主君ロイス四世に、今後も親密な同盟関係を続けたいと宣言していただきたいのです」

「貴国では、我が国が貴国との同盟関係を裏切るようなことをする可能性があると考えておられるのか?」


 これは想定していた質問だ。

 言いにくいことだが、はっきりとさせておかなければいけない。


「ファミル皇女殿下がロイス四世に、教養が備わっていない、馬鹿馬鹿しいと面と向かっておっしゃられたのは事実。皇女殿下の言動をリーズラーンへの宣戦布告ではないかと言っている者も重臣の中におります」


 俺の言葉にユリア妃が目の光をかげらせた。


「エリゼから聞きましたし、ファミル皇女からの手紙も読んで、それが事実なのだと理解しました。しかし、ファミル皇女の言動は本当に信じられません」

「事情はあったにせよ、皇女殿下の言葉は重いものです」

「それでスタンリー帝に貴国に行って同盟関係を続けたいと言わせたいと」

「我が国の体面を汚されたと感じ、既に同盟は破綻していると言う強硬派を抑えるには他に手立てを思いつきません。ロイス四世は望んではいませんが、このまま放置すれば我が国の重臣たちが貴国を敵国と認識するまで、さほど時間はかからないでしょう」

「しかし、これは事実上の謝罪となります。オッフェラン帝国の皇帝がリーズラーン王国の国王に直々に頭を下げては、まさに従属国の扱いとなってしまう」

「ですが、皇女殿下の御発言を打ち消すのは他の方法では難しいかと」


 ユリア妃は項垂れてため息をついた。


「どうすれば良いと思いますか?」


 ユリア妃はとうとういびきをかき出したスタンリー帝の向こうにいるレンブール将軍に意見を求めた。


「簡単なことです」

 レンブール将軍は急な問いかけにも表情を変えない。

 いかにも頭の切れそうなこの男が、何か決定的なことを言おうとしている。

 ゆっくり開いたレンブール将軍の口の動きに俺は意識を集中した。彼の言葉は妙にズシリと響いた。「大事なのは何でしょう。皇帝陛下のプライドですか?国の行く末ですか?」


 一瞬、スタンリー帝のいびきが止まった。

 が、すぐにそれ以前よりも大きないびきを響かせる。


 冷汗が俺の背中を伝って流れる。


 レンブール将軍は国の将来に比べれば皇帝のプライドなど取るに足らないと言った。

 確かに正論だが、それを皇帝の前で口にするとは、ものすごい胆力だ。

 皇帝が狸寝入りをしていたとしたら、レンブール将軍の命も危ういのではないか。


 ユリア妃は一つ二つ頷くと、「分かりました」と腹の据わった顔つきで俺を見た。


 俺はこの時、スタンリー帝はこの国ではすでに飾りにしかすぎず、実際はユリア妃とレンブール将軍の二人が握っていると確信した。


「リーズラーンに参りましょう」


 この一言に俺はホッとした。

 途端に関節という関節がなくなったような気がして、だらーんと骨が重く感じる。


「ありがとうございます」

「ただし……」

「はい?」

「ドラゴンには乗りません。それは我らの命を貴国に完全に委ねてしまう。乗っている間に万が一のことが起きる可能性を完全に否定はできませんし、そのような事態が起きた場合、ジャスパー殿も責任の取りようがないでしょう」


 それは仕方がない。

 ドラゴンを一頭帰した時には、ドラゴンでのスタンリー帝の移動は諦めていた。


「承知しました。幸いにもこのように国境のすぐそばでお会いできましたので、リーズラーンの王宮までの行程が短縮できます」


 ユリア妃とは建設的なやり取りができて、俺は大いに手ごたえを感じていた。

 ただ、一つ、疑問があった。「しかし、陛下はこのような大軍でどこへ向かわれるご予定でしたでしょうか?」


「何?」


 レンブール将軍が怜悧な目で俺を睨む。「我が国内での我らが皇帝陛下の行動に口を挟まれるつもりか?」


 俺はドキッとして気が遠くなりかけた。

 顔からスッと血の気が引く。

 迂闊な質問だったか。


「将軍。良いではありませんか。こんな国境そばで軍を移動させていたのです。ジャスパー殿が気にされるのも仕方のないこと」


 ユリア妃は柔和な笑顔を浮かべ、口元を鮮やかな朱色の扇子で隠す。「ここから少し北に行ったところにある集落がオッフェラン家のそもそもの地盤なのです。しかし、そこで飢饉が起き、不穏な動きもありましてね。他の地ならこんな大げさなことはしませんが、今回は皇帝自ら姿を見せることで民を安心させることを狙っているのです。恥ずかしい話ですが」


「なるほど」


 そういうことか。

 レンブール将軍が隠そうとするのも無理はない。「しかし、それでは陛下がリーズラーンに向かわれるのは難しいのでは」


「いえいえ。先ほども将軍が申しましたでしょう。大事なのはオッフェラン帝国の行く末です。その集落には帰路に寄るとしますので、ご心配なく」

「そうですか。それでは早速にも……」

「ですが……」


 ユリア妃が俺の緩んだ頬を叩くように大きく声を張った。「ドラゴンと騎手の身柄はこちらで確保させていただきます」


「え?」


 急にユリア妃の存在を遠くに感じた。「今、何と?」


「人質と言っては何ですが、事が済むまで、あの残っているドラゴンと騎手にこちらの支配下で大人しくしていただくということです」

「駄目です。そんなこと……」


 俺は反射的に立ち上がった。

 リオンに伝えなければ。

 早くドラゴンとともに飛び去るようにと。


「陛下の御前で無礼であろう」


 レンブール将軍が俺と胸を突き合わせるように立って見下ろす。

 この眉目秀麗な青年軍人は顔一つ分ぐらい俺よりも背が高い。「座れ」


「無礼はそっちだろう」


 俺たちは、オッフェランのために必死に動いているのだ。

 それが分かっているのか。「俺たちが何のために……」


「勘違いしてはいけませんよ、ジャスパー殿」


 カッと頭に血が昇っている俺とは対照的にユリア妃は涼しい顔だ。


「勘違い?」

「ここはオッフェランの国内。私が何をするにも、貴国の、ましてやあなたの許可は求めません」


 ユリア妃は優しい言葉遣いながら、俺への譲歩は一寸も見せない。「既に騎手に自由はありません。ドラゴンも眠りの中。何なら、あなたを拘束することも簡単なこと」


「そんな……」


 俺はグラグラと滾る怒りに声のボリュームが抑えられない。「ドラゴンはリーズラーンの至宝。その乗り手も同じです。それを勝手に捕らえるとは、我が国への挑戦に他なりません」


「おかしなことを言う」


 ユリア妃は泰然と自分の顔を扇いだ。「リーズラーンは我が国の皇帝を領内に呼びつけている。皇帝とは我が国を統べる者。至宝どころの話ではありませんよ」


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