明らかな敵視
オッフェラン帝国の皇帝が何故自ら軍を率いてリーズラーン王国との国境方面に向かっているのか。
しかも、これはかなりの兵力だ。
数千人はいるだろう。
オッフェラン帝国内の軍事力をここに集結させているのではないか。
とすれば、この行軍はオッフェラン帝国にとって相当大きな意味があるはずだ。
隊列を眺め、その意味を考えていた俺にリオンが引き締まった声で話しかけてくる。
「降下してよろしいですか?」
「え?こうか?何ですか?」
「地上に降りてもよろしいですか?」
「降りるんですか?どうなんでしょう?」
こんなにも早く、まだ帝都から離れているところでスタンリー帝に遭遇するとは思っていなかった。
心の準備がまだ全くできていない。
「こちらの姿は既に発見されています。そして、我々は紛れもなくオッフェラン帝国の領空を侵犯しています。早く戦闘意思のないことを伝えないと、射かけられても文句は言えません。そうなると地上に降り立つことは不可能です。速やかにご判断を」
リオンの厳しい口ぶりは即断即決を求めていた。
「わ、分かりました。降下しましょう」
「了解」
ドラゴンは隊列の脇に向かって降下を始めた。
俺とエリゼは大きな白布を握りしめ、はためかせる。
戦闘するつもりはないという意思表示だ。
相手がこちらの気持ちを理解してくれるかどうか分からないが。
オッフェラン側はドラゴンが二頭近づいてきたことを受けて、急速に部隊を展開し出した。
着地点のあたりに向けて盾を並べ、遠巻きに囲むような陣形を築く。
至る所で白刃が陽光を跳ね返してキラキラと煌めいている。
「リオンさん。私たちって明らかに敵視されてますよね」
何千もの人に刃を向けられている状況に全身の皮膚がゾワゾワと引きつっている。
身の毛がよだつ、とはこのことか。
俺は自分がとんでもないことの中心にいることに気が遠くなりそうだった。
口の中が渇いて仕方ない。
「いくら口を縛っているとは言え、ドラゴンは大翼の暴風だけでも十分脅威ですからね」
さすがに緊張が隠せないようで、リオンの声もかすれ気味だ。「着地したら、すぐに外套を脱ぎ、両手を挙げて武具を装備していないことを示してください」
「分かりました」
合わせた唇がカサカサだ。
心臓が飛び出てしまいそうなぐらいに大きく拍動している。
初めて王宮に入ったときも緊張したが、今はその比ではない。
やがてズーンと地響きとともに二頭のドラゴンは着陸した。
巻き上がる激しい気流によって白布が手から上空に飛ばされてしまう。
波紋を描くように土埃が周囲に広がり、身構えているオッフェランの兵士に向かって襲い掛かる。
ガツン、ガツンと聞こえる音は暴風に弾け飛んだ石礫がオッフェランの並べた盾にぶつかっているのだろう。
俺は絶望的な気分でドラゴンの背から滑り落ちた。
言われたとおりに外套を脱ぎ捨て、両手を挙げて害をなす気がないことをアピールするが、オッフェラン軍の関心はドラゴンに集まっていて、俺のことなど誰も見ていないような気がする。
俺は一歩、二歩とオッフェラン側に近づき、「リーズラーン王国からの急使です」と声を張り上げた。
するとオッフェランの陣内から何か鋭いものがいくつもこちらに飛んできた。
周囲の地面にグサグサと突き刺さったものを見て、腰が抜けそうになる。
それは無数の矢だった。
「ヒッ!エリゼさん!」
助けを求めてエリゼを振り返ると、エリゼは鞍の上で激しく咳き込んでいた。
リオンともう一人の隊士が介抱している。「エリゼさん!エリゼさん!」
「すいま……せ……ん。気流で息が……息ができなくなって」
エリゼは少しずつ呼吸を整え、リオンの腕にすがって地上に降りた。
「どうやら、我々は歓迎されていないようです」
突き刺さった矢を示すと、エリゼは険しい顔でオッフェランの軍勢を見つめた。
深呼吸をして、胸を反らす。
「私は、オッフェラン帝国ファミル皇女付きの侍女、エリゼでございます。火急の用件にてリーズラーン王国から戻ってまいりました。皇帝陛下に直々にお伝えしたいことがございます。どうか、お目通りを」
エリゼがこんなに大きな声を出せるとは思ってもみなかった。
隣で聞いていると耳が痛いぐらいだ。
それでもオッフェランの隊列は微動だにしない。
「聞こえてないのかな」
俺が首をかしげると、エリゼは二歩、三歩と前に出て、身をよじって同じことを叫ぶ。
すると、軽く武装した将校らしき人が馬に乗って隊列の隙間からこちらに向かって出てきた。
「貴公ら、何ゆえドラゴンで我が領内に入った?」
将校の疑問はもっともだ。
俺はエリゼの横に並んで弁明した。
「私はリーズラーン王国国王ロイス四世により遣わされたジャスパー・ベルモンドと申します。事は一刻を争うため、我が国で最も速く移動できるドラゴンを用いました。時間はございません。ファミル皇女の、ひいては、オッフェラン帝国の将来に関する重要な問題です。皇帝陛下へのお目通りをお願いします」
「重要な問題?そう言えば我々が怯むとでも思ったか」
将校の声は冷たく突き放すように響いた。
「いえ。そんな……」
想像していた展開とは違う。
俺は足元を炙られているような焦燥感に落ち着かない。「私は貴国と我が国の友好を損ないたくない一心で……」
「友好?ドラゴンはリーズラーンの力の象徴であり、周辺国にとっては脅威の存在。しかもそれが今、四頭もいる」
四頭?
俺は思わず背後を振り返り、そこにいるドラゴンが二頭であることを再確認した。
何をどう見たら四なのか。
「ジャスパーさん。あそこ」
険しい顔をしたリオンが空を指差す。
見上げた空高くにホバリングしている巨大な動物が二頭。
目を凝らさなくても、そんな動物はドラゴンしかいない。




