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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活
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王宮初日

 使い古された質素な馬車に揺られ、煌びやかな正門を避けるように手前で曲がり、誰も見ていない裏口からコソコソと忍び込むように王宮に入り込んだ。


細くて暗い階段を上がり、廊下に出ると急に世界が変わった。

天井には等間隔に豪華なシャンデリア。

廊下は端から端まで赤い絨毯が敷かれ、窓からは色とりどりの花が咲く庭園が見える。


 案内役に通された部屋に父親と同年輩ぐらいの男性と、それよりは少し若い中年の女性が並んで立っていた。

 二人ともモーニング姿だ。


 男性の方は銀髪が耳の上のあたりで見事にカールしている。

 胸に付けた大きな勲章が重々しく揺れていた。

 その勲章から来る自信と器の大きさを感じさせようとするような作った笑顔。


「ようこそ。私は王室のお世話とこの王宮の雑事を管理する侍従長のマッコリーだ」


 マッコリーは口髭の端を指で撫でながら部屋を見渡した。

 いかにも高級そうな調度品で部屋は気品高く整えられている。「今日から君も一応は侍従部署の一員となるので、組織上は私の部下ということだ」


「よろしくお願いします」


 俺は頭を下げた。

 社会のことは右も左も分からないが、上司に気に入られることは大事だということは本能的に悟った。


「これからここが君の部屋だ。ここで寝起きし、食事もする。全てはこの部屋の中で事足りる」


 全てはこの部屋の中で事足りる。

 それが、この部屋から出ることは許さない、と言われたように俺には聞こえた。

 広い部屋の中にはベッド、ソファ、テーブル、タンスなどの家具が備え付けられてあり、壁についている小さなドアを開けると、浴室とトイレ、洗面台があった。

 確かに、寝起きするだけの人生なら一歩も外に出る必要はない。


「食事は自分で作るということですか?」


 自炊などしたことがないが。


「心配ない」


 急にマッコリーの隣に立っていた女性が喋り出した。

 無表情のまま口だけを動かす、まるで人形のような人だ。「食事は侍女がこちらに届ける。このベルを鳴らせば、すぐに誰かがやってくる。何でも用意できるわけではないが、贅沢を言わなければ食後のデザートまでそれなりのものにありつける」


「彼女は侍従次長のキュエルだ」


 名乗らない彼女の代わりにマッコリーが名前を教えてくれた。

 そして、テーブル上の小さな銀色のハンドベルをチリンと鳴らしてみせる。

 するとすぐに黒のワンピースにエプロンをした俺と同じぐらいの年齢の可愛い女性が現れて、「ご用でしょうか?」と訊ねる。

 マッコリーは俺を見て、ほらね、という感じに片眉をあげた。


「へぇ。便利ですね」


 俺はマッコリーとメイドのご機嫌を取るように笑顔を浮かべて、テーブルの上のハンドベルに手を伸ばす。


「無暗に呼ばないように。彼女たちは国王陛下に仕える侍女だ」


 キュエルにピシッと言われ、俺は慌てて手を引っ込めた。


 侍女は笑いを噛み殺そうとするように、ほんの少し頬を歪め、それを隠すように一礼を残してそそくさと部屋から出て行ってしまう。


「それで、私は何を……」


 俺の質問に、マッコリーは一つ咳払いをしてから答えた。


「新国王陛下のお部屋はそこの廊下を出て階段を挟んだ向こう側にある。君は異腹の双子として、新国王陛下がお部屋を出られている間はずっと付き従う。そして、万が一、陛下に危害を加えようとする者が現れたときには一命を賭してお守りせよ。それが君の任務だ。しかし、難しく考えなくても良い。この平和な王国で陛下に害をなすことを考える者などおらん。陛下が部屋に戻られたら、君もこの部屋に戻って好きなように過ごせば良い。優雅な王宮暮らしの始まりだ」


 マッコリーが両手を広げて「ハハハ」と笑う。


「ハ、ハハハハ」


 俺は何も面白くはないけれど、マッコリーに合わせて声を上げて笑った。

 しかし、キュエルの視線が凍てつくほど冷ややかで、すぐに口を閉じる。


 二人がようやく出て行くと、俺はまずソファにどっかりと腰を下ろして、座り心地を確認してみた。


 革張りのつやつやしたソファは張りが強く、実家の深く沈みこむような柔らかさはなかった。

 何となくくつろげない感じがあって、すぐに立ち上がる。


 次に部屋の奥にあるカーテンのような天蓋がついたベッドを目指す。

 思い切り飛び込むと、これはしっくりきた。味わったことのない、全身をフワッと支えるような弾力のマットに思わず嘆息が漏れる。


「こりゃあ、いい」


 ちょっと雰囲気だけ、というつもりで、広いベッドの端から枕を引き寄せて、頭にあてがった。

 この枕がまた硬すぎず柔らかすぎずの絶妙の塩梅で、自分の頭が、鍵穴に鍵が収まるように、奇跡的にすっぽりとフィットした感じがある。

 緊張感が脳から溶け出して、一気にまどろみがやってくる。

 眠ってはいけないと思いながらも、眠りに抗おうとする自分を意識できたのは数秒だった。

 そう言えば、昨日はあまり眠れなかったんだった……。


「起きろ!」


 体を揺すられて、俺はハッと目を開いた。目の前には天井からぶら下がっている布。

 何だ、ここは。


「ん?えっと……」


 布の隙間から煌びやかな衣装が投げ込まれる。


「寝ている場合ではないぞ。急いで、これに着替えろ」


 キュエルの冷たく突き放すような声が耳に鋭く響く。


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